2012.4.8
『桜井戸』を 後にし、もう1つの目的地、 『銭壷山(ぜにつぼやま)』を 目指します!
“ツーリングマップル様
”には『桜の名所である 山頂からの眺望は素晴らしい』と書いてある!
そう!『素晴らしい』!と!!
行くっきゃないよなあо(ж>▽<)y ☆
ちなみに眺望とは?
「遠くを見わたすこと。また、見わたしたながめ。見晴らし。」 ← なおさら行かなければw
ここは国道188号線からは一旦それて、住宅団地を通り抜けて行くようになる。
住宅団地の上の方にある桜がキレイに咲いていた。
き、期待できるんじゃあないのおぉおおおおε=ε=(/*~▽)/キャー
途中細くなったりする所もあるけど、基本山を登っていくので、・・・おーっほっほっほ♪( ̄▽+ ̄*)
おもろいのよ!!"а( ̄▽ ̄*) チョイチョイ...
とちゅう危なげな、じいちゃんの運転する車とすれ違いながら登ってやりました!登ってやったさ!
エッ( ̄ ̄ ̄ ̄^ ̄ ̄ ̄ ̄)ヘン
相棒Ninja1000から降りてまず、 『山頂からの眺望は素晴らしい!』 と言わせるほどのなにかがあるに違いない(-ω☆)キラリ
さあ、見せておくれ!銭壷山よ(* ̄Oノ ̄*)
まずは銭壷山(ぜにつぼやま)から右手を見ると、 (・-・)・・・ん? あれ!周防大島じゃねえ!?
デケエなあ(・ロ・)ホ('ロ')ホ--ッッ!!!
左手をみると大きいほうの島が前島で、右手前のちっちゃい島が福島。
なるほど “ツーリングマップル様
” が言うだけのことはある
レ( ̄ー ̄)ナットク!!( ̄^ ̄/)
しかし,もうひとつ声を大にして言っておられたこともあろう?
・・・・・なんじゃこりゃあぁああ<(T◇T)>うぉぉぉぉ!!!ー
つぼみだらけじゃねえかあ!!ウガー( ̄□||||!!
さ、寒いのねえぇーーー。空はこんなに青いのにぃいい(T^T)
ひゅうるりぃ~ひゅうるりぃららあぁ~ききわけのいいーぶらりですぅ~![]()
(越冬つばめ 唄:森昌子にケイレイ!)
※銭壷山(ぜにつぼやま)
東は安芸灘に面し、北西は由宇川沿いの平地、南は大畠・滝川の山すそに囲まれた山塊の最高峯で、高さは540.1mです。古くから由宇、神代、日積の協会点となり、昭和30年(1955)神代村神東地区との合併で柳井市との境界点となりました。
山名については、付近に不審火が見られるので調べてみると銭壷が出てきたとか、海賊の埋めた銭壷があったなど由来は明確ではありません。
十楽寺縁起によると、平安時代前期の弘仁年間、山上に鳩子山峯の坊という一宇があって、弘法大師が、書かれたといわれる三尊の絵像があり、平安時代後期の長徳年間に恵心という人が木像を刻み安置しました。その後、鎌倉時代宝治年間、一体は神代光明寺は、一体は日積十楽寺は、一体は由宇明楽寺へと降ろされ堂を建立したとあります。
また、慶応元年(1865)四境戦争の時に岩国藩由宇組民兵(忠果団、のちに銭山保と改める)の駐屯地となり、明治3年(1870)までこの地で警備につきました。
山頂より北西へ少し下りたあたりに権坊藪という所があり、江戸時代末期まで修行僧が住んでいたということです。井戸や礎石の跡、数墓の墓石などが残っています。
また山の名を別名「目舞いヶ岡」とも言い、よく晴れた日には遠く四国の石鎚山を望むことができます。
・・・・・ながーーいっ!!ノ ̄□ ̄)ノ (笑)
銭壷山(ぜにつぼやま)を うしろ髪ひかれながら後にしますぉw
おおー橋が見えて来ましたよお!イエイ
周防大島っ
と思いながらしばし走っていくと「玖珂」と看板の文字が!
ぶらりもお金に余裕があれば、そっち方面から出てきたけどね。┐( ̄ヘ ̄)┌
昔は時間を金でかったもんだ!← かっちょいい( ̄ー ̄)ニヤリッ
と負け惜しみ全開、アクセルは少開!
山陽自動車道、玖珂インターチェンジ方面への右折レーンでまっっているバイクをヨダレたらしながらガン見!
・・・・・世の中銭やあぁあああ!Ψ(`∀´)Ψヶヶヶ← 悪い人の例ですよお!
よい子のみなさん!お金で全ては解決しないのよ(*v.v)。
大橋渡りながら、結構バイクとすれ違う(帰ってる?)なあと、ぶらり思ふw
まあ15時スギですからねえ。
家路に向かう人も多かろうて!ぶらりはこれからですけど!何かあ(笑)
そんな事を一人思いながら、島は基本!左周りでしょ!海見ながら走れるからあ![]()
しかし車が多くSTOP&GOを繰り返しながらふと、頭をヨギル!“ツーリングマップル様
” の文字。
『オレンジロード』!!
しかーし、広域道路で海は・・・ほとんど見れない(ー'`ー;)ムムッ
もう少しで分岐点!真っ直ぐ行けば海岸線!右折すればオレンジロード!
ぶらり!理性は海岸線!本能はオレンジロードですぅ![]()
「うおぉりゃあぁああ!」と言いながら右折です( ´艸`)
オレンジロードを『こりゃあ、ええ!ええぞぉ!』といいながらも安全運転!
こうかな?あーかな?と無い脳みそ使いながら、「考える」走りを実行中してると
『うおっ!!
』
ミラーにバイクの姿!$%#”$)*+?¥!”%っ!!!
ギャー!ビックリ!! したあ!!(*゜ロ゜)ノミ☆(;>_<) バシバシ(〇バイかと思った
)
心臓止まるかと思ったわ(笑)
kawasaki ダエグ!(多分!?)スゥと、左に寄せると手を挙げながら抜いていきます。
1,2秒遅れて・・・・むかあぁああヾ(▼ヘ▼;)遅ればせながらアクセルを クイッと捻る!
でもジリジリと離されて行く・・・・ジリジリと・・・・・離され・・・・い・・・く・・・。
そして、奴(ダエグ?)は見えなくなったぁ。
ぬうおおおお!ショックっうー(iДi)
ぶらり、腕もなければ何もかも足らずぅ。゚(T^T)゚。
また練習がんばろ(/ω\)
マイペースに戻して走ってると 『延命の滝』 と言う看板が現れます。
マイナスイオンでも浴びながら、州´ー`州 マッタリするかねえw
駐車場に入るまで『ここであってるぅ?』と思える道を少し通りますが、この季節は『桜』というお迎えがありますよ![]()
『延命の滝 200m』の看板あらわる。ちょっとあるねえ(;^_^A アセアセ・・・
まあ行きましょう!
先ほどのストレス(まだ言うかw)を発散せねばo(炎_炎)o ウォオオオッッ!!
この先の曲がり角を曲がると
『・・・・・燃え尽きたい
(_ _。)・・・シュン』
ここでぶらりの楽観的自論を ひとつ!
『道は必ず続いている!!(炎_炎) 』
(みなさんコレは気持ちの上ですよ!必ずゴールはあれど、それが目的地ではないです(笑)
はあはあ!いいながら・・・もとい、ヒョイヒョイとこの道を登りながら(笑)なにげにポケットに手を入れてみた。
なにげに!!
『うん(; ̄ー ̄)...ン?』・・・反対のポケットへも・・・『うんんん!!(; ̄ー ̄)...ンンッ??』
・・・・・相棒Ninja1000の鍵がない。
エェッ!?(* □ )~~~~~~~~ ゜ ゜
挿したままじゃんキャーーー!ビックリ!! (*゜ロ゜)ノミ☆(;>_<) バシバシ
すでに延命の滝まで残り1/3くらい!またこの道を 降りてキーを抜いてまた登る・・・・・。
『むりっ!!』 <(゜ロ゜;)>ノォオオオオオ!! ← 「NO!」と言える日本人になりませう(笑)
数秒考えて、許せ!(鍵を 抜いていない事を!)知らない人について行くな!!(鍵は抜いていないけどw)
ぶらりは相棒(Ninja1000)を応援しますぅ! ! (o ̄ー ̄)(がんばれニッポン![]()
もちろん
ε=ε=ε=ε=ε=ε=ε=ε=ε=ε=(;-_-)/ゼンリョクダッシュ です!
※延命の滝
延命の滝観音は、元文・寛保(1736~1743)の頃、疫病や、度重なる飢饉で苦しむ村人の安穏を願って神屋寺(久屋寺の前身)四世学端自現大和尚が、この地に開基したと伝えられる。観音は、三十三身の中の延命観音で、学端自現大和尚は、観音菩薩の聖地にちなんでこの山を「佉羅陀山」と名付けた。開基以来観音さまのお慈悲とお知恵を慕って集まる人々は次第にその数を増し、寛政3年(1791)同寺七世大本祐厚大和尚のとき村人たちの寄進によって石段など付近一帯が整備された。
この観音は、滝の側にあることから延命の滝観音と呼ばれ、大岩に刻まれた「佉羅陀山延命の滝」の文字が当時の賑わい振りを今に伝えている。
落差22m 延長33m ゆるやかな勾配でこれまで一度も枯れたことのない滝です
・・・・・今ブログ書いてて知りました。
観音様がおられたのですね![]()
|||||/( ̄ロ ̄;)\||||||| まじ~~?
こんなもんですよ!ぶらりって(T▽T)アハハ
足早に相棒の元へ戻ろうと来た道を 進むと
段々畑にベンチが置いてあり、眼下に広がる海と島。
なんとも癒される空間でした♪ :*:・( ̄∀ ̄)・:*:
心残りなのはこのベンチに座ってマッタリ出来なかったこと (TωT)
いろよ!相棒(Ninja1000)!・・・居て頂戴!!!
オ( ̄人 ̄)ネ(-人-)ガ(*_ _)人イ
【 つづく 】








