心理学を学び始めて、およそ30年になります。
専門家から直接指導を受けたわけではありませんが、好きで学び続け、公認心理師の資格も取得しました。
それでも今なお、「心理とは本当にわからないものだな」と感じています。
最近特に関心があるのは、「心と体はどうつながっているのか?」ということです。
これは、確実に自分の体の衰えを実感するようになった影響が大きいと思います。
先日のブログで取り上げたアドラーの『人間の意味』でも「心と体はどちらが上か」という議論があり、
心理学においても心身の関係は切っても切れないテーマです。
私なりの結論を一言で言えば――
心理とは「心を言語化したもの」、身体とは「心を非言語で表したもの」です。
人間の行動や心の動きを詳細に言語化したものが「心理学」だとすれば、
その逆を身体とみなすのは少し言い過ぎかもしれませんが、そんな感覚を持っています。
現代社会は「言語化」が重視されています。仕事でも学問でも、
「いかにわかりやすく言葉にできるか」が大切です。言葉は人と人とをつなぐ基本だからです。
けれども、その一方で「非言語」の大切さも注目されています。マインドフルネスが広がっているのは、言語化偏重への反動でしょう。
「今ここ」を呼吸で感じるという実践は、まさに身体の動きを通して非言語の世界を大切にすることです。
たとえば、池のそばにいなかった明恵上人が、弟子に「池で溺れている蜂を助けてあげてください」と伝えたという逸話があります。
実際にその場を見ていたわけではないのに蜂の様子を言い当てた
――これは、言葉を超えた直観や身体感覚のはたらきを示しているように思います。
精神科医・神田橋條治先生も、心を過度に言語化することへの危うさを繰り返し指摘されています。
私たちはスマホで大量の情報や言葉を処理しながら、昔よりも「濃い時間」を過ごしています。
しかし、情報が乏しかった昔の生活は果たして貧しかったのでしょうか。
身体感覚に根ざした暮らしを思うと、むしろ豊かだったのではないかと感じます。
言葉は大切ですが、身体で感じることもまた、人生に欠かせない大切なものだ
――今まさに、自分の衰えを通じて実感していることです。
余談ですが、臨床心理士第1号の成瀬悟策先生の専門は「動作法」でした。
心理臨床の始まりに「身体」が置かれているというのは、とても象徴的ですね。
心理臨床の懐の深さを感じます。
さて、これから暑い中を走ってきます。
