休職中の今、ゆっくりと過ごせています。
朝起きたときに「今日はこれをしなければ」「今週はここまでやらなければ」
と思わなくていいことが、こんなにも幸せなのかと感じています。
最近、初任の先生に関する話を耳にすることが増えました。
「クラスに秩序がない」「子どもたちが話を聞いてくれない」といったことは、まだ努力のしようがあります。
けれど、もっと深刻なのは――先生自身が休みがちになったり、病気休暇に入ってしまったりすることです。
病気休暇中の私が言うのもおかしいかもしれませんが、真面目に頑張っている若い先生が次々と潰れてしまう現実には胸が痛みます。
夢や希望を抱いて教師になったのに、現実に打ちのめされ「もう無理だ」と感じてしまうケースが少なくありません。
実のところ、私自身も同じような気持ちを抱えています。
若い先生と違い、私の希望は「これまでの経験を活かしつつ、体力的にも無理なく働きたい」というものでした。
しかし、福祉の世界もまた、そう簡単にはいきませんでした。
話を戻すと――初任の先生は本来、体力も気力もあり、教育への情熱に満ちています。
にもかかわらず、それが打ち砕かれていく現実はあまりに過酷です。
大学を卒業したばかりの若者が、30人近い子どもを1日7時間導くのは至難の業です。
情熱だけでは消耗してしまいます。そこには技術や経験、時には割り切りも必要です。
ただ、その土台を支えるのは、やはり教育への情熱であることも確かです。
近年は若い先生の採用が増えています。それ自体は喜ばしいことです。
しかし、担任として求められる力量は昔よりも高まっています。
その一方で、フォローは研修や週2回ほどの指導程度。これでは十分とは言えません。
自分でメンターを見つけたり、本を読んだり、研修に積極的に参加することで活路を見いだす人もいますが、
そうした方法をそもそも知らない先生も多いのが現状です。
教育の現場を離れた今、冷静に振り返ると気持ちが整理できた部分もあります。
けれど、こうした話を耳にすると、どうしてももやもやが残ります。
やはり――教育のシステムそのものを変えない限り、この状況は厳しいままだと感じます
最近、初任の先生に関する話を耳にすることが増えました。
