というわけで、新年の告知、一発め。
 みんな大好き「プライバシーフリークカフェ(PFC)」からのお知らせです。

 いま巷で(いろんな意味で)話題爆発の教育ログ関連につきまして、プライバシーフリークカフェから素敵な解説セッション(無料)をやりたいと思います!

 …などと軽い感じで紹介しておりますが、昨今デジタル化の進展に伴い学校教育の現場もコロナを挟んでいろんな課題に取り組んでいるのは皆さんご承知のことと存じます。
 先般、年始早々にもかかわらずデジタル庁では文部科学省や経済産業省、総務省と共にこんなペーパーを出したため、情報法周りの有識者は全員椅子から落ち、枠組みから外された教育委員会は激怒し、GIGAスクール構想で儲け損ねた教育ベンダーが流した涙はやがて川になり、滝になり、濁流となって山を削り田畑を押し流し自衛隊出動となるわけであります。

 小学生3人を抱える4児の父として私が思うことは、子どもの学習ログ(教育ログの下部構造)を利活用するのは構わないけどまず先に取り組んでほしいことは「子どもたちのランドセルを少しでも軽くしてあげて欲しい」ことに尽きます。なんで重い教科書・教材やノートを毎日ランドセルや手提げに詰めてせっせと通っているのか、それって30年以上前の私が小学校の頃とビタイチ変わらないことじゃないですか。

 あるいは、学校が出してくる大切なプリント類や出席欠席などをやり取りする紙の連絡帳、転校や編入のときに必要な書類手続きのあれこれがデジタル化で楽になるのだと思っていたらこれですよ。

教育データ利活用ロードマップ
https://cio.go.jp/sites/default/files/uploads/documents/digital/20220107_news_education_01.pdf

 とはいえ、せっかく世界に先駆けて子どもに一人一台PCやタブレットを配ってデジタル化を推進できる環境になったのだから、アイリスオーヤマが産廃PCを売りつくす前に考えるべきことは「子ども本位の教育ログの在り方」と「その適切で、適法で、世界の枠組み・潮流においても合致した教育ログの使い方」を吟味することで、文部科学省が柴山プラン以降掲げる個人に「最適化された学び」を実現できる公教育の仕組みを考えようじゃありませんか有権者の皆さん。

 そんな状況でデジタル庁が「おまえ、それ教育経済学とかそういう方面に毒され過ぎとらんか」とか「子どもの出席状況や類推される経済状況なども同じデータ群に格納して、これも混ぜて目的外にデータを使うことはOECDガイドライン違反じゃないのか」とか「そもそもこの教育ログは誰のもので、誰がコントローラーとして自治体経由で民間教育ベンダやアプリベンダに情報を提供することになっとるのか」とか「子どもの教育ログを公益性のある事業に使うのは良いとしても利用年限切らずに取得したら一生その人の生活情報がついて回って壬申戸籍2.0みたいなステキ事案になるんじゃないか」などなど、様々なツッコミどころが満載なのが本件です。

 大事なことはこれから検討するとしか書いてない。

 そもそも子どもの学びをデジタル化する際に、何が大事かを吟味した割に、なぜそのデータが格納されるべきなのかが議論された節もない。

 いいですか。

 本件は学ぶ子どもにとって便益のある、有益のあるものでなければなりません。

 公教育が配った一人一台PCを使ってデータを収集するわけですよ。子どもの習熟度や学習深度をみたり、子どもの自発的な検索履歴を蒐集しながら民間事業者にデータの分析を委託し、そこから返ってきたデータを学校の現場にフィードバックしよう、というのはよろしい。デジタル化だね。

 でもそこに、何の疑問もなくデータテーブルにその人本人を示す識別子(ID)がつく。そこに、学校IDが、教師IDがぶら下がる。ある子どもが、分数がまだ分からなくて理解が足りていないことが分かりました、そのデータに学校名や教師名のIDがぶら下がる必要がどこにある?

 統計量にして線形分析をしたいのは分かります。でもその無関係なデータを不適切にベンダに流して分かることは何かといえば「この学校では分数の教え方が悪い教師が有意に多いです」「この県では算数が全般的にできない子どもが増えています、加速度の推定はこれこれです」って話ですよ。

 その情報、フィードバックするにあたって、子どもの便益に資すると思う??

 さらには、生活態度がおかしくなって欠席しがちだとか、成績が急落して勉学に集中できていないようだというような子どもの生活情報を、これらの教育ログに混ぜて民間事業者に委託したり、自治体の子ども見守り事業のような公益事業に流用するのが適切だと思いますか?

 しかも、これらのデータは進学、転校、編入、受験などでも、期限を切らずに、ある意味で公的には一生ついて回りかねない個人情報になります。少なくとも、データ取得の適切性と有効期限はしっかり切らないといけません。教育経済学ではコホート分析は大事ですが、経年的なデータを取って教育政策にフィードバックしたいのであれば、全量解析ではなくきちんと利用者の承諾を取ってサンプル調査をしてください、としか情報法の観点からは言えないんじゃないでしょうか。

 また、家庭環境の悪化で虐待されている子どもに対する見守り事業で学校から出る情報が大事だというのは分かります。でも、子どもに最適化された学びの一環として、ここの枠組みの中に子どもの内面に関わる情報を混ぜて管理するのは果たして適切でしょうか。いま、進んでいるこども家庭庁(こども庁)の議論でもありますが、子どもを家庭から預かる公教育の現場が「子どもの様子がどこかおかしい」となった場合の仕組みはデータプールで対応するのではなく、個別の子どもと教師(学校・教育委員会)、家庭、自治体との間で閉じた中での連携であるべきで、無関係な子どもたちの学習意欲や生活態度をデータ化して学習ログとして無期限に保存することは適切とは言えないでしょう。

 子どもの学習ログと医療情報との大きな違いは、憲法で定められた教育権は国家が優先されるのか(旭川学テ事件、麹町中内申書事件)、まだ意志決定が充分にできない子どもが初等中等教育、あるいはその前の保育園・幼稚園のころからデータ取得されることに同意することが適切なのかどうか、また、個別最適化された学びにフィードバックされるのであれば利用目的の厳格化・明確化と、必要ない情報は取らない、データによって選別されない権利(利益)に対する考え方が、もっときちんと教育ログの利用について考えられるべきです。

 そうでないならば、日本の公教育の現場はデータを収集し分析する教育ベンダや学習塾の「下請け」となります。本来、子どもの資質・能力(学力観)を図るためにデジタル化によって明治維新以来の大部屋教育からの脱却を目指し、大学では一発勝負のマルバツ学力テストで序列を決めて偏差値偏重教育となってきたことへの反省として、経済産業省「未来の教室」プロジェクトや文部科学省GIGAスクール構想を経てsociety5.0時代→DX時代の公教育とはなんぞやとやっている矢先に、学習指導要領の項目ごとにコードが振られた(MEX)CBTでオンラインクイズをやって知識のあるなしを把握してそれをもって学習習熟度とするかのごとき学習ログの使い方は、これシンプルに言ってSAPIXの公教育化になりかねないよね。

 「一人一台PCが入ったのだから、デジタル化してデータ運用しよう」という考えは分かります。私もデータの利活用そのものは大賛成です。ただし、世界的標準で言うならばOECDガイドラインや欧州GDPR、カリフォルニア州プライバシーデータ規制といった最低限の調和性を担保し、日本独自の教育文化に見合う内容に発展させていかなければならないのは間違いありません。

 間違っても日本の公教育の現場でケンブリッジ・アナリティカ問題を起こしてはならないし、容易照合な仕組みを作ってsuica事件アゲインは避けなければならないし、子どもの学ぶ権利を中心において一連の施策についてきちんと議論していってほしい、というのが本音です。検討に関わる皆さんからも逐一お話は伺ってきましたが、みんな当たり前のように取ろうとする「学校名」や「生活態度」の情報が、果たして子ども一人ひとりに最適化された学びの実現という情報取得目的に対して適切なのかというところから、いま一度、考え直していただきたいと存じます。

 子どもの親として、私がまず公教育のデジタル化で切に希望するのは「ランドセルを軽くしてあげて欲しい」と「学校行事や出欠など連絡事項はオンラインで済ませられるようにして欲しい」に尽きます。それ以外のことは、子どもの資質・能力を公教育の現場が引き出しやすいシステム設計にするにはどうするのか、という観点から是非政策議論をしていって欲しいというのが今回のセミナーにおける願いです。

 ご関心のある方は、ぜひご参集ください。よろしくお願い申し上げます。

◆開催要項

主 催: JILIS出版
日 時: 2022年1月20日(木)14:00 ~ 16:00
会 場: オンライン開催(Zoom Webinarにて配信)
参加費: 無料(事前申込制)
申 込: 以下、Googleフォームよりご登録
 2022年1月4日、ついに40代最後の一年を迎えることになりました。
 漠然と「体力もないし、そんな長生きできないかもな」と思いながら生きてきた前半生でしたが、なんだかんだ退屈することなく無事に人生100年時代の折り返しを迎えることができそうです。

 ダラダラしながらも、自分なりに頑張って生きてきました。力を入れるところは入れ、集中するべきときはゾーンに入り、しっかりと結果を残すために何を続けていけば自分が求める結果を出すことができるのか、ヤバイときには誰よりも早く逃げ、結果として大変な幸運に恵まれた、そんな人生でした。

 なにぶん折り返しなので、私の人生のおぼろげな目標でもある「私が、この時代に生きた証を、ひっかき傷でもいいから残す」ことに向けて、もっときちんと時間を使っていきたいと思っています。
 壮年を迎えて太ったり腰が痛くなったり、いろいろガタは来ていますが、体力的にはなぜかいまが人生で一番充実しているように思いますし、気持ちもとても安定しています。

 去年までも、いろいろ種まきややりたいことの仕込みを続けてきている中で、ようやく自分が何に向かって進んでいるのか49歳にして見えてきたなあというのが本懐でもあります。20代で証券投資をやり、30代でコンテンツ投資・制作をしていた私が、まさか家庭を築いて妻子を養い、法学研究をするために大学院に通い、政策吟味をするために調査業務をやってるなんてね。気がついてみれば、随分いろんなものに流されてきたし、時代の荒波にもまれても沈まないようにもがいてきたつもりでしたが、大事な家庭が一層安定し、もはや私一人の人生でもないことも確認しつつ、怠惰に逃げない49歳でありたいと強く願っています。

 「いい加減」とか「面倒くさい」などの自分との折り合いをきちんとつける意識を持ちたいと思いますし、いま以上に、インプットとアウトプットの質を引き上げていきながら、考えていることの結実が一つひとつ世に出せるよう頑張っていきたい。

 プライベートでもさまざま節目はありましたが過ぎ去ってみればもう時間と共に前に進んで、記憶の片隅になってしまいました。道は、前に広がっているのだ。

 この意識の恵みを与えてくれた神に限りない感謝を。伴走してくれる家内に深い愛情を。すくすく育つ4兄妹に心からの情愛を。かけがえのない家族に、大事なコミュニティの皆さんに、素敵なビジネスパートナー全員に、わずかでも私の人生に関わるすべての人たちに幸せの訪れる一年となりますよう。

 心から、そう願っています。




 政策論というのはむつかしいもので、国民の人気になるもんをやろうとするとポピュリズム批判やバラマキになるし、特定層に届くきちんとした政策をやると今度は官民癒着とか不公平などと批判されるわけであります。

 で、10万円給付にあたってはバラマキだよなど批判もありつつ、また、途中まで5万円分はクーポンでとかいう謎な弥縫策が出たために騒ぎが広がり、すったもんだの挙句、岸田文雄さんが出てきて「全額現金でもいいよ」って言い始めました。まあそりゃそうだよなあ。

 ところが、この年末の10万円給付については政策面で見ますとどのアンケートをしてみても非常に評判が悪く、それなりに国庫から出したカネを使ってるのに批判されるという悲しい展開になっているのが印象的です。どうしてこなった。それも、19日-20日に行ったアンケートでは、北京五輪への外交的ボイコットの賛否はまだ割れているほうなのに、子どもへの10万円給付については何と63%から66%が反対、賛成は30%台となっています。更問しているアンケートだけに反対が増えるのは仕方がないとはいえ、どうにも残念なことです。

 複数のネットパネル調査と、某所RDDを見比べても、年代別で見ると60代以上男性で批判が強く、お前らひょっとして子育て終わってる世代だから「子どもにカネなどくれてやるな」っていう考えなんじゃないの? と思ったりするわけですよ。なので、簡単な追跡調査をやって属性を取ってみると、厳密な数字ではなく傾向値としては、やはり「独身・独居世帯」で「50歳以上男性」に批判が強く上がっているような感じがします。

 で、次のグラフは「お前ら、文教系の政策についてどう思ってるの?」っていうネットパネルを使ったアンケート調査を2021年から2022年まで複数回やったときの年代別男性の各政策賛成の国民の割合の平均です。更問をしているので高く出る傾向にあり、また、分母がまちまちなので厳密な数字ではなく、あくまで参考値としてこんなもんだと思ってもらえればって感じですが。



 当たり前のことですが、教育に関わる問題は当事者だった若者および子育て世帯のほうが「教育関連の支出を増やしてほしい」ということで、とりわけ20代から40代のほうが高く、そこから子育てが終わったり、そもそも独身で子どもがいない層は支持率が下がる傾向にあります。つまり、子育てが終わったジジイはほぼ例外なく「国は教育にこれ以上支出するな」と考えやすいと言えます。深読みをすれば「俺が苦労した子育てに政府が支援していまの若い奴が楽をするのは許せん」とかいう話かもしれませんが、ともかく10万円の子ども給付には現金かクーポンかを問わず中高年男性には大変不人気な政策です。

 他方、文教政策で比較例示した「GIGAスクール(赤)」や「高校授業料完全無償化(緑)」のグラフを比較していただければ一目瞭然、年齢を重ねるほど「昔の教育のやり方のほうが良い」「ネットやパソコン、タブレットなどで勉強するのは勉強とは言えない」と判断していることになります。フリーアンサーを見ていても文部科学省が進めるパソコンを使った授業やアクティブラーニングのような子どもが授業に自ら参加し意見をしながら物事を考えていくタイプの授業には賛成しない傾向が強いと言えます。これも「分からない」と回答した人には、GIGAスクールや高校無償化の政策を再度説明して回答を求めているので賛成・反対が高めに出るわけですが、やはり傾向としては歳を取るごとに不人気な政策であることには違いはありません。

 ところが、グラフの形で見えれば「子どもへの給付」に賛成する男性が増える年代がありまして、概ね60歳を超えた男性は「給付に賛成」がグッと上がります。フリーアンサーへの回答率も他の政策アンケートに比べて高いのは、報道の量が多かったことと併せて歳を取って社会の持続性や子どもが置かれている環境を改善したいという気持ちが歳を取るごとに高くなったという背景があるのではないかと思います。

 属性別に見れば、やはり独身であるほど(r=0.63)、子どもや文教に関する政策に強い反対を示すのは当然として、独身かつ低所得者の47歳から58歳男性(r=0.77)は政策的に批判的な態度を取っています。また、この属性の支持層は共産党や立憲民主党のような野党支持の傾向が強いのも背景としてあるんじゃないかと思います。

 岸田文雄政権が今回の衆議院選挙で公明党が公約として掲げた子ども給付金への配慮をしたという話だけでなく、単純なアンケートでは反対派の多いように見える子ども給付金も裏を返せば「反対しているのは野党支持の独身中高年男性ばかりなので、無視でいいや」と思った可能性は高いんじゃないでしょうか。

 実は、それ以外の政策も岸田政権では「野党支持しそうな属性の反対意見はフルシカト」という方針を貫いているようにも見受けられ、いろいろ調査やってると「あ、岸田さんやその周辺は分かっててやってるな」という感じのものが多くあります。安倍晋三さん→菅義偉さんときたあと、謎の聞く力で総理の椅子を射止めた岸田文雄さん、率直に言って何をしたい人なのか良く分からないというのが本音なのですが、やっている政策の取捨選択が明らかに中間層寄りで、株クラや放漫財政派を敵に回しても持続可能な社会にするんやという国家社会主義的経済政策を躊躇なく取る、それでいてネットでのバッシングがあっても黙殺して真ん中の支持層を取りに行っているので年末に向けてあまり景気も良くないのに支持率が落ちないという背景がこの辺にあるんだろうと思います。

 で、12月に入って国民の求める政策が平常運転になりつつあります。コロナが一服して、オミクロン株が大変だと思いつつも「年金・社会保障」「景気・雇用」がワンツーに来たので、ああ、いつもの日本だなあと思うようになりました。

 また、安倍ちゃんのころよりも岸田さんがはるかに中道寄りになり、政策によっては完全に左派であるため、無党派層が左派ばっかりから右派も生まれたように見受けられます。維新の躍進と、支持の定着が見られ、健全な右派的野党がどうやらほんとに誕生したとみて良いのでしょうか。10年遅れてみんなの党がいまここに完成。

 クーポンの是非と疲弊する地方経済、対応のしようがない子どものいない自治体の話はYoutubeでも喋りましたが近日中にどこかで記事にするつもりです。

 そんなわけで、夜の街の消費拡大のためにちらりとクリスマスパーティに顔を出してきますが、来年はクリパできるんでしょうかね…。