6年間の小学校生活では様々な行事や出来事が思い出として刻まれている人も多いと思うが、その中で学校給食には少なからぬ思い入れやトラウマがあるのではないだろうか。自分は小学校低学年の頃まで食が細く、家では見慣れないメニューなどもあってあまり好きではなかった。当時自分の住む校区では米飯が試験的に月イチペースで始まったくらいで大半はパンだった。予算の関係でやむを得ない所もあったのだろうけどパンはパサパサで牛乳も水っぽく、スーパーで買うそれとは別物のように感じた(後年牛乳と混ぜるミルメークというものがあることを知ったが、これがあれば牛乳もおいしく飲めたのに、と思ったものである)。そうしたメニューの中で救世主として現れたのが揚げパン(大抵チョコクリームのパウチが付いていた)とソフト麺のスパゲッティーミートソースだった。月末に配られる献立表にその文字を見つけた時は小躍りしたが逆に嫌いなメニューを見つけた時は憂鬱になったものである。
そうした悩みも高学年になると起きる慢性的な空腹感には抗えず、苦手なものも食べるようになった。悲喜こもごもな学校給食ではあるが、当時の雰囲気をちょっと再現してみた。
ソフト麺も今考えるとゆでたうどん玉のようなもので、パスタとは別物だった。当時のものと全く同じソフト麺とは違うかも知れないが、スーパーで売られているパック入りのスパゲッティーがそれに近いと思われるので麺をレンジで加熱して使うことにした。ミートソースは無難に市販のものを流用。
という訳で当時の給食っぽい献立を再現してみた。メインはソフト麺のスパゲッティーミートソース、ポテトサラダ、鯨の竜田揚げ、牛乳、チーズ、ヨーグルト、お魚ソーセージ、ゆで卵、フルーツポンチ。今回は見栄え重視のため本来ならあり得ない取り合わせになっており、ボリューム的にも小学生には完食できない量ではあるまイカ? そもそも牛乳とチーズにヨーグルトは乳製品だし、お魚ソーセージと鯨の竜田揚げはどちらもたんぱく質がダブっている。なお、昭和の給食に欠かせない鯨の竜田揚げは入手が難しい食材であったが、石巻市のブロ友さんのご厚意により調達することができた。
さて、学校の給食のルーツは不足がちな児童の栄養摂取を改善するために始まったとされているが、現在は「学校給食法」により様々な条項が明記されている。
・この法律は、学校給食が児童及び生徒の心身の健全な発達に資するものであり、且つ児童及び生徒の食に関する正しい理解と適切な判断力を養う上で重要な役割を果たすものであることに鑑み、学校給食及び学校給食を活用した食に関する指導の実施に関し必要な事項を定め、もって学校給食の普及充実及び学校における食育の推進を図ることを目的とする。(以下略)
細かいことは次項に明記されているが、大まかに言うなら「衣食足りて礼節を知る」「健康な身体があって学が成り立つ」と言った所であろうか。まずはきちんと食べて健康な身体を維持しなければ教育は成り立たない、給食はその根幹であると言える。
以前は給食に地産地消メニューや郷土料理を取り入れたり、食育問題がクローズアップされていたので最近の給食は自分たちの頃より良くなっているのだろうと思っていたが、実際のメニュー写真を見て唖然とした。近年は物価高騰に加えて自治体の予算削減も加わり質量共に低下しているというが当の「こども家庭庁」は何をやっているのか疑問に思えてならない。筆者の地元では給食センターが経営不振により突然倒産し、契約していた学校に給食が届けられないという事態も起きている。教育も大切だが、まずは未来を担う子供たちにはきちんと食べて健やかに育って欲しいものである。
後半はお堅い話になってしまったが、小学校生活における給食のエピソードは枚挙に暇がないことと思う。自分の記憶ではクラスの中に「早食い王」がいたことや欠席したクラスメートの給食(プリンやゼリーなど)を巡りジャンケン大会になったこと、フルーツポンチの入ったバケツを廊下にブチまけて半泣きになった給食係の子などは今も思い出す。また、給食係になると使用した三角巾やエプロンなどは週末に持ち帰って洗濯し、月曜日に返却しなければならなかったが筆者は何度かド忘れして月曜日に青ざめたことが何度かある。
皆さんは給食に関する思い出や好きだったメニューなどはあるでしょうか?