以前から当ブログの読者である
「ゆりあんな」さん
(ゆりあんなの日記 http://ameblo.jp/mrprince718/)
イオの アース/Earth 体験記 http://ameblo.jp/io-11/
から正式にリーディングをして頂いた。
私から依頼した質問事項は3点あり、
そのすべてにお答え頂いたので本日から順次記事にしていきたい。
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私の質問1.
「未来世・パラレルとして、未来の地球世界での人生がもしあれば、分かる範囲で。」
~~~~~~~以下、イオさんのリーディング
まず、はっきり見えたのが、
何だか暗い空(夕暮れ時、という事のようです)の
明らかに進んだ文明の未来的な形の、
ものすごく高い高い、
そして変わった建造物 が所狭しと立ち並ぶ、
現代で言うところの大都会のような街並みが見えます。
まず、現在の地球上で見かけるような四角いビルのような建物が、ありません。
言葉での描写があまりにも難しいので、つたないながら、絵にしました。
イラストの中には、四角いビルのような建物がありますが、
これも微かに全体的 に湾曲している形の丸みを帯びた四角だったりします。
(イラストでは上手く描写しきれていなくてすみません)
今視えている映像の中には見えていませんが、
日中は小さな飛行する物体(これ また奇妙な飛行物で、
何とか大まかな形だけでも描写してみました)が、
建物群の間を抜けていく様子が伝わってきました。
日常的な移動手段の一つのようですが、地上にはこれまた変わった形の丸っこい 筒状の、
今で言うところのモノレール的な乗り物だろうと思います。
窓がたくさん ついていて、ものすごいスピードですが、騒音もなく、
というよりむしろ音もなく、
滑るようにすーっとなめらかに動いて移動する共同の乗り物のようです。
今現在あるようなバスや車、自転車といった乗り物は一切見えません。
そういった乗り物はないように思えます。
映像は夕暮れから夜になり、どうやらドーム状になった空には(透明なドーム状 の天井があるようです)、
星がチカチカ瞬く事もなく浮かび上がって見え始めまし た。
空の星も夜空も本物で、ドームの透明な天井に映し出されたニセモノ
の空ではな いようです。
日中は、白っぽい青空らしきものが頭上に広がり、
太陽は今と同じ一つで、今よ り明るく、白っぽい、
どこか清々しい気を放つ太陽光です。
気温はいつも一定のようなのに、地上にはちゃんと四季の移ろいが顕在していま す。
春なのか、下の方の地上では、桜がとても美しく咲きほこり、街を彩っています。
今見ている視点ですが、とにかく、ものすごく高い上空です。
そこから遥か下の 地上を見下している感じです。
ですが、地上の光景は豆粒のように見えるでもなく、
とにかくとてつもない高さ
(今現在の地球上では、今のところそこまで高いビルも建物も存在しない?ようで す)から見下ろしているのに、
地上の景色はハッキリと細かいところまで見えます。
下に行くごとに、白っぽい薄ーい水色(とはいえ、ほとんど白)だった空が濃い 水色の空になり、
雲のようなものも見えます。
なぜか巨大な建造物群が、視点が下に移動するごとに田舎の草原や野原のような
牧歌的な風景に変わっていきます。
一体どういう仕組みでそういう光景になるのか、
仕組みがさっぱり分かりません が、
地上に行くごとに空が濃くなり、普通の空があるように見えます。
でも、依然として変わりなく、
頭上には透明なドーム状の何かで大気の間に仕切 りが創られているのが見えます。
上空の辺りに先ほどの高い建造物の上階部分が、
うっすらと残像のように霞のよ うに見えていて、
そこには大きな建造物群があることが分かります。
あるビルの中に(とはいえ、今地球上にあるような四角い建物のビルではありま せん)FUKATI さんがいます。
イラストには描いていませんが、
正面から見た大きい方の窓は、
人の全身が見え るような大きな縦長の窓です。
「設計士、設計技師」という言葉がやってきました。
それがその時代の FUKATI さんの職業なのだろうと思います。
その時代の FUKATI さんには“「理想の形」を追求するという「理想」”があり ました。
その理想の追求に応じた形の建物をたくさん生み出してはいましたが、
どれをと ってもいまひとつ満足感が持てず、
日々、理想の追求に明け暮れ、
設計図を書いた り研究する事に没頭していました。
理想の追求という自らが望んだ「楽しみ」の追求であるのに、
なぜかまるで義務 のように、
いつも黙々と難しい顔をして頭の中の設計を何とか形にしようと真っ白
楽しみはとにかく、
「これぞ私の最高傑作だ!」と思える建造物を自らの手で生 み出す事。
それだけだったようです。
完成しそうで完成しないイライラの中、
いつも自分の理想を具現化する事に情熱 を傾けていました。
周囲の人にはとても生真面目に仕事をしているようにしか見えず、
それが楽しみ でやっているようには見えなかったようですが、
FUKATI さんにとっては、それは
「楽しみであり、アートであり、究極の”極める”を追求する喜び」でもありまし た。
周囲の人にそれが理解されなくても何とも思っていなくて、
自分の世界に没頭し ていました。
ちなみに男性で、見た目的には、
30 代くらいのアジア人風の風貌に見えました。
(中国人とも日本人とも言えるような、その辺りの人種の風貌です)
やせ形で背は中背、スーツのズボンに白い Y シャツ、
ネクタイを締め、両袖をま くり上げて作業していました。
ところが、周囲の人は誰も、そんな服は着ていません。
皆、白や薄いきなりっぽいよく分からない素材のライダースーツにも似た、
だぼ っとしたつなぎの服を着ています。
「懐古主義」...という言葉がやってきて、
同僚が笑いながら、
「アイツは懐古主 義なんだ」...と、FUKATI さんを称している声が聞こえました。
決してバカにしているのではなく、悪口でもありません。
「古き良き時代に新しい風を吹き込むような、芸術的フォルムを得意とする設計 士」
それがその時代の FUKATI さんの評価だったようです。
もしかしたら、最初に見えたたくさんの不思議なフォルムの建造ビル群も、
その時代の FUKATI さんがデザインしたものだったのかもしれません。
FUKATI さんのデザインの特徴というものがあり、
「シャープな中に丸みを帯び た形状
(あるいは逆で、「丸みを帯びた形状の中にシャープな特徴を一つ残す」
そのどちらかを主体とした建物を創る)」...という特徴があったようです。
角をとがらせたり四角い建物を創ったりするのを好まず、
どこか何となく丸い形 状にするのを好んだようです。
「真の美しさは円形のフォルムにある」...という「思い」があったから、のよう です。
その時代に、FUKATI さんが果たして真の理想を追求できたのか、
見事な形の建造物が造り出せたのか...どうしてもそこが分かりませんでした。
~~~~~~明日に続く