2025/05/03 宗像大社(本土)にて撮影

Mr.スミスと妹が滞在した賑やかな4月が終わり、5月が始まった。私もGW休暇に突入し、母との観光イベントをいくつか予定していた。
GW始め、所用で母と徒歩8分の駅前郵便局に向かった。母は歩くのが苦しそうに見える。ついこの前まで1〜2キロのウォーキングも平気だったのに?
次の日、100均スーパーへ母と一緒に出かけた。母は、「このスーパー随分広いね!」と言う。それ程大きな店ではないのだが。母はスーパーを歩き回る事でさえも辛いようだった。
「呼吸困難が酷くなっているのか?」
私の心に不安が広がった。
ある日、芍薬の咲く公園からタクシーを拾おうとした時、母は歩車道境界ブロックにつまずき幼児のように転倒した。肘が擦りむけて血が出ている。私は焦った。以前はこんなに簡単に転ばなかったのに。
GW後半、宗像のリゾートホテルに一泊し、宗像大社も見に行った。母は歩く事が以前より辛そうに見える。食欲も以前より衰えている。ホテルの温泉場の体重計で母の体重を量ると、38.8キロだった。以前より若干体重も減っている。
次の日は宗像大社に観光に行き、母の写真をいくつか撮った。母の表情には、まるで油が切れてしまったような、明らかな消耗感が感じられた。もうMr. スミスと過ごした幸せ一杯な母の笑顔はない。
その後、母は外出をすること自体が困難になってきた。まず咳が止まらない。呼吸困難のために長く歩けない。近くの内科に行って様々な咳止め薬をもらったが、全て効かなかった。喉の渇きが辛いということで、1日中ちびちび水を飲み続けている。
GWも終わり、私も元のサラリーマン生活に戻ったが、母の状態が心配だった。朝出社が早い私が母と一緒に居てやれるのは、夕飯とお風呂の準備だけ。母はだるそうに見える。皮膚にも痒みがあるという。夜中になると、少し離れた私の部屋からも、母が苦しんでいる(咳あるいは呼吸困難?)音が聞こえるのだ。
この頃、私はこんなメッセージを妹に送っている。
「今のお母さんを見ている限り、もって後1〜2年の命ではないかと思う。何と言っても体力の低下が著しい。1年前は坂道の自転車こぎだって何キロでも大丈夫だった。今はほんの僅かな坂道の膨らみでも自転車で登れない。ほんの数100メートルの歩行でもゼーハーゼーハー息切れ。食欲もなくなってきている。」
後になれば、「もって1〜2年」という推測さえも楽観的過ぎたのだが。。。
私は主治医の変更を検討した。

