父の葬式の受付に飾られた花 (2024/10)

「〇〇子がお母さんを守ってあげるからね」
私はそう言って涙を流しながら母を抱きしめた。呼吸困難が悪化して弱っていく母に、私がしてあげられることはあまり多くない。心から母に尽くし、母を助け、私の愛を伝える。例え気休めでも、私が出来ることはそれだけだ。


総合病院の主治医はいつも酷く忙しそうだった。抗がん剤治療をしない事になった母に対し、医師の態度は冷たかった。少なくても私と母にはそう感じられた。月1度、たった5分に満たない診療時、母が気になる症状を話し出すと、医師は「もう忙しいから!」と言って母の話を遮ったのだ。

私だってわざわざ仕事を休んで医師の要請に従って母に付き添ってるんだぞ。医師が患者の症状を聞かないで、一体医師であることの何の意味があると言うのか??


もうあの医師に母の命を預けることは出来ない。


私はそう思った。以前、同病院の緩和ケア病棟の先生が、希望なら訪問医を派遣してくれると言っていたことを私は覚えていた。私は緩和ケア病棟へ訪問医の派遣を要請した。


2025/05/29 、緩和ケアを専門に学ばれて開院された訪問医が始めて我が家に訪れた。母は不思議にも快活に良く喋り、医師を喜んで迎えた。もはや簡単に外出できなくなった母にとって、医師の訪問は嬉しかったのかもしれない。医師は母の血液検査等を実施し、母の話を詳細に聞いてくれた。私も嬉しかった。ようやくまともに患者として対面してくれる主治医に巡り会えたのだ。