こんにちは。めんどくさがりやの主婦にゃー子です。

小6とこ太、小2るん太の母やってます。

 

 

私は、子どもたちに公文をやらせている。

 

理由はシンプルで、

「自分の基礎学力は公文でついた」と思っているからひらめき電球

 

実際、私は幼児期から公文算数、

小1から公文国語をやっていた。

 

 

私の両親は正社員共働きで、私たち子どもの勉強は外注だった。

 

親には特に勉強を教えてもらった記憶はなく、ワークをやらされたこともない。

親がワークを買ってきたこともない。

「勉強しなさい。」と言われたこともない。

学校の宿題をチェックされた記憶もないのである。

 

 

なので、学力がついたのは、

学校を通じた勉強か、公文しかないひらめき電球

 

 

そして、私はまじめな性格ではない笑

 

授業中に

頭の中は空想の世界に飛び立っていたこともあるし、

体調不良でもあったから、ぼーっとしてることもある。

別に100点を取りたいとか強い思いも特になかったチュー

そもそも公文国語を習わせられたのは、学校の成績が悪かったから、らしいしねw

 

 

なので、主に公文かなと思ってる。

 

 

公文はやらなきゃ終わらないからさキラキラ

 

 

さて、最近、るん太のやった公文算数プリントをみて、ふと気づいたことがある。

 

 

「感受性が高く繊細で文系っぽい私が、なぜ理系になったのか」

 

 

その真相がわかった気がする!キメてるキラキラ

 

 

今日はそんな

 

『理系・文系は性格じゃない?公文で気づいた「考え方のクセ」の話』です。

 

 

私は、とりあえず理系に進んだけど、

本来の性格的には理系っぽくないなと思っていて。

それが不思議だった。

 

 

幼い頃は、

繊細だし、ぬいぐるみも好きだったし、

キキララちゃんも好きだった。やさしい色合い。

読んでる本の系統も、ファンタジーの本が好きだった。

別にブロックとか図鑑とかそんな興味ない。

いわゆる理系の人とは違うんだよなって思ってる。

 

 

でも、小学生のころからか、

 

・納得しないと動けない  

・「なぜ?」を考えてしまう  

・意味が分からないと進めない  

 

という、どちらかというと理系っぽい考え方をしている。

 

 

最近、子どもの公文算数のプリントを見て、

その特徴と自分の考え方の関連に気がついた。

 

公文の算数をやっていて、

 

①間違えたらどこが違うか考える  

②新しい問題は〈例〉から類推する  

③分からないまま進まない  

 

ということを、自分は繰り返していたと気づいた。

 

 

 

①公文は教えてくれない。

間違えたら、赤ペンでペケがついて返ってくるだけなのである。

 

子どもの公文算数のプリントをみると、同じ問題に3回ペケがついてることがある。

これは3回直して先生に持って行って、2回はまた間違っているから返されたということだ。

 

答えが合うまで、どこが違うか「なぜ?」と自分で考えなければならないのである。

 

 

 

②公文は教えてくれない。

新しい問題は計算の〈例〉が書いてあるだけで、解説はない。

 

自分でどのように解くか考えなければ、次の問題は解けない。

 

最初はたぶんやり方を覚えていただけだったけど、

繰り返すうちに、

「あれ、同じパターンだ」と気づいて、

できるようになっていったんじゃないか。

記憶がないからわかんないけど。

 

 

 

③私は、数学では

問題を見て解き方が分かると、

スイッチが入る。

(基本的には、のんびりしてるし、頭の回転も遅い。)

 

書くぞ、と気合をいれてやる。

 

計算も速いし、答えもすぐ浮かぶ。

 

でも逆に、分からないときはまったく進めない。

 

「分かると一気にできる。でも分からないと止まる」それが私。

 

これは私にとっては普通なんだけど、違う?

ChatGPTが私の特徴だって言っている。

 

 

 

公文で身についたのは、

計算力だけじゃなくて、

 

「なぜ?と考えるクセ」

「パターンで理解する思考」

 

なのかもしれない。

 

 

理系か文系かというのは、

もともとの性格で決まるものというより、

 

「どう考えるクセがついたか」で変わるのかもしれない。

 

 

そして、この身についた考え方のクセが私という人を作り上げている大きな要素だってことが、またおもしろい。

 

このクセは、私が、自分の人生を前向きに進ませるのに、大いに役立った。

 

 

 

そして「考えるクセ」は、子どもにも当てはまる気がする。

 

私はずっと専業主婦で子どもたちと過ごす時間が長かったから、「自分で考えて行動できるようになってほしい」と思って接している私の影響をかなり受けていると思う。

 

わが家では、ブロックやラキューのように、

考えないと作れないおもちゃをよく使っている。

 

「どうする?」と聞いたり、

気になるときは「なんで?」と聞いたりしてきた。

 

すると、子どもたちは自然と

自分で考えて動くようになっていった。

 

指示待ちではなく、

自分で判断して行動する。

 

最近はクレーンゲームの景品で、

アームのキーホルダーを取ったのをきっかけに

↓これ

 

机の上に小さなぬいぐるみやおもちゃなどを並べて、

2人で人力のエアクレーンみたいな遊びをしていたニコニコウシシ

結構シュールなんだけどw

 

自分たちで考えてるの、めっちゃおもしろい飛び出すハート

 

とこ太が、「アームが滑りやすくて、おもちゃが落ちちゃうからゴムをまいた方がいい」って言って、アームの先端にゴム巻いててやってみてて。

るん太もゴム巻いてみたけど、「ない方がかっこいいんだよね」って言ってやめてた。

 

2人の性格もでていて、それもまたおもしろい照れ

 

 

こういう様子を見ていると、

 

考える力って、

教えるものじゃなくて、

 

「使わざるを得ない環境の中で

 自然と育つもの」なのかもしれない。

 

そもそも考え方なんて、教えられない。無気力

 

 

人の思考は環境で変わるのかもしれない。

 

考えないとできない環境にいると、

子どもは自然と考えるようになる。

 

 

私は、

子どもには、「考えないと遊べないおもちゃ」を選んで与えてきた。ウインク

これおもしろそうだよー音符っておすすめして、クリスマスプレゼントとかにも欲しがるようにしているw

 

 

たとえば、

宝石ブルーまずはアンパンマンブロック(幼児期)

 

大きくて扱いやすいから、

「考える前の段階」でも遊びやすい。

 

 

 

宝石ブルー年長ぐらいからは、ラキュー(LaQ)

 

これがめちゃくちゃいい指差し気づき

どう組むか考えないと何もできない。

完成までやり切る力もつく。

 

 

下矢印るん太が作ってた様子気づき詳しくはこの記事で書いてますピンク音符

 

どれも共通してるのは、

「考えないと成立しない遊び」ってこと流れ星

 

そして、

子どもたちは考えて行動できる子に育っていると思うニコニコニコ気づき

 

 

お役に立てれば幸いです笑ううさぎ

 

よかったら、ちょっとだけ

「考えないとできない環境」作ってみてね音符

 

 

 

 

下矢印こんな人が書いてます気づき