海底油田の事故を減らすにはどうすればよいか | 古典的自由主義者のささやき

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経済の問題は、一見複雑で難しそうに見えますが、このブログでは、経済学の予備知識を用いずに、日常の身の回りの体験から出発して経済のからくりを理解することを目指します。

大陸棚の海底には石油や天然ガス、さらに様々な鉱物などの地下資源があります。これらの海底資源を採掘する技術はどんどん進歩しているとはいえ事故が起ります。特に、海底油田からの原油が周囲の海域に拡散した場合には甚大な被害が生じます。

海底からの地下資源の採掘を全面的に禁止すれば、もちろん海底資源採掘に伴う事故は起りません。しかし全面的に採掘を禁止すると、我々が利用できる海底資源をみすみす逃してしまうことになります。中には浅い海域にあるために、陸上にある同様の資源と較べれば採掘が容易な資源もあるでしょう。また、同じ資源を陸上で採掘しようとすると、原油が広い範囲に渡って海上を汚染するという海底油田特有の事故はないでしょうが、今度は陸上で別の種類の事故が起こる可能性が生まれます。

人間が地下に存在する資源を必要とする限り、どこかで採掘をしなければなりません。残念ながら、地下資源を採掘する限り事故の可能性を皆無にすることは出来ません。しかし事故や被害を少なくすることは出来るはずです。従って、どういう社会制度を導入すれば、事故が起った場合に一番被害が少なそうな場所を採掘者が選んで資源を採掘するようになるのか、さらに、どういう社会制度のもとで、採掘者が事故を避けるように努める動機付けが強く生まれるかという問題は検討に値します。


以前のコラムで、森林魚の群などの天然資源が私有財産であれば、持ち主は資源からの収益が長期的に最大になるように行動すること、そして利益を最大にしようとする持ち主の行動によって、自然保護も含めた社会の様々な需要を満たすように天然資源が利用されるようになることを説明しました。この説明の結論は、森林や魚の群だけではなく海域にある海底地下資源にも当てはまります。

現在世界の多くの国で、海域や海底資源は公共の財産として政府によって管理され、民間会社が採掘料を政府に支払うことで資源開発が許されています。今回は上に挙げた以前のコラムの内容の延長として、海洋資源が政府の管理から離れて私有財産となった場合には、海底資源採掘に伴う事故の防止に関して所有者にどんな動機付けが生まれるかという問題を考察します。つまり、海洋資源が政府の管理下にある場合と民間の所有者が存在する場合とで、安全対策に対する採鉱者の意識と行動がどのように異なるのかを考えます。


海底に地下資源がある海域に漁業資源や珊瑚礁などの観光・環境資源が存在する場合には、地下資源採掘の際に事故が起ると、その海域の漁業や観光業に被害が広がります。ここではまず、海洋資源を共有財産として政府が管理する制度のもとでの地下資源の採掘者の事故防止行動を考えます。その後で、海の資源が私有財産になった場合の採掘者の行動を検討します。

海底や海域の資源を共有財産として政府が管理する制度の場合
海底・漁業・観光・環境資源が誰か特定の人の私有財産ではなく社会の共有の財産である場合には、資源は先を争って利用されるようになります。なぜなら、資源は先に獲得した人の持ち物になるからです。ある資源が誰もが利用できる共有財産であると、誰かが将来の資源の利用の為に今全て使うことを控えて一部を残しても、他の誰かがその残された資源を自由に獲得してしまうことが許されています。

そして、この場合には、海底資源の事故対策はないがしろにされます。まず、海域の資源が共有財産であれば、地下資源採掘者が事故を起こして漁業・観光・環境資源に損害を与えても、採掘者が漁業者や観光業者、また自然環境愛好家に賠償を払わなければならないかどうかがはっきりしません。事故を起こした採掘者は漁業や観光資源の賠償の責任を問われれば、もともと早い者勝ちで利用できる誰のものでもないそれらの資源を自分が破壊して他の人が利用できなくなったとしても、自分には賠償の責任はないと主張するでしょう。

資源が早い者勝ちで利用出来る状態で、さらに事故を起こしたときに他の資源の利用者への賠償責任が明確でない場合には、地下資源の採掘者は被害が漁業や観光業に及ばないようにするための対策をないがしろにしてでも採掘を競うでしょう。漁業や観光業への被害を減らす対策に金を使っても採掘者の将来の出費が減ることはないからです。


さすがにこれでは不味いということになって、政府が海底資源の利用を積極的に規制管理し始めるとどうなるでしょうか。この場合、政府の規制の内容は政治的な争いの結果として決まります。もしも、漁業・観光業者や環境保護論者が政治的に優勢であれば、政治家や監督官庁を通じて、特定の海域での地下資源の採掘を全面禁止にすることも可能です。もちろんこの場合には、海底資源採掘にまつわる事故は完全に防ぐことが出来ますが、社会としてはそこの海底資源の利用は諦めなければなりません。

ところが逆に、海底資源採掘業界が政治的に優勢であればどうなるでしょうか。資源採掘業界は政治家に圧力をかけて、たとえ海洋で事故が起っても自分たちには漁業者や観光業者への賠償責任は無いという法律を通すかもしれません。あるいは、事故の際の緊急措置の費用は税金から支払われるようにする法律を通すかもしれません。さらに、事故の際には漁業者や観光業者に賠償が払われるけれども、賠償金は事故を起こした採掘業者ではなくて国民全員からの税金から払われるとういう制度を導入するかもしれません。

政府が海底資源を監督するようになると、政治家に取り入って有利な条件で採掘権を得ようとする誘惑が採掘業界側にどうしても生まれます。政治家への献金は採掘による利益に較べると微々たるものです。さらに、緊急措置の費用や賠償金を政府が税金で負担してくれるとなると、事故対策の費用が節約できるだけでなく、将来に渡って安定した収益が保障されます。また政治家にとっては国の共有財産から上がる採掘料は自分のものになりませんが、採掘業界から収められる政治献金は自分の選挙運動に使えます。そのため、「事故の際の採掘者の賠償負担を大きくすると海底資源の開発が滞るので国全体のために望ましくない」という資源採掘業界寄りの意見が政治家の間で主張されるようになります。従って、選挙によって選ばれる政治家が共有資源の採掘条件を決める制度のもとでは、採掘業者が全面的に賠償責任を負う条件は成立しにくいのです。むしろ、資源採掘業界を監督すべき官庁が業界に操られる事態が生じます。

採掘業者が漁業者や観光業者が受ける事故の被害を全面的に賠償する責任がない場合には、全面的に賠償責任がある場合に較べて事故対策はおろそかになります。事故を引き起こしても、緊急措置や賠償金を国民全体が税で負担してくれるなら、採掘者にとっては事故対策に費用をかける意味がないからです。採鉱業者が事故の賠償金の支払いを逃れられる分、事故対策の費用も減らされます。

それならば、政府の採掘業者への監督を強化して、事故防止対策を徹底させればよいという意見があります。実際、世界中で、海底資源の採掘業者は政府が決めた事故対策の規則を守らなければならないということになっています。ところが現実には、以下に述べる問題があるために、政府が事故対策も含めて海洋資源の管理をした場合には、起りうる被害に見合った事故防止策がとられにくくなるのです。

まず、採掘業者が事故を起こした時の費用を全額負担する必要がない制度のもとでは、採掘業者は政府の規則を超えてまで事故対策に費用をかけようとはしません。次に、採掘の部外者である政府の役人が定期的に点検をしたとしても、採鉱業者が採用している事故対策の実態を正確に把握出来ないという問題があります。さらに、政府が事故防止対策の内容を細かく規定しすぎると、対策が実態にそぐわない状況を生んだり、さらには、業者によるより効果的な新しい事故防止技術の導入を妨げることにもなります。

政府自らが国営企業を設立して資源の採掘を行っても、政府は国営企業の採鉱技術や事故防止策の実態を把握出来ないという問題は消えません。政治家が国営企業に対して、安全よりも収益を挙げることを優先させた場合には、さらに事故対策がおろそかになります。国営企業の所有者は国なので、事故対策を怠った結果多額の賠償金を払う必要が生じても、国営企業の経営者が金銭上の責任を取ることがありません。ただし、国営企業の経営者は、事故が起こった場合には政治家に非難され職を失います。そうなると、民間の採掘会社に資源開発を委託するのではなく国営企業を設立した場合には、国営企業は事故の発生を監督官庁にバレないように「秘匿」し、事故の責任を回避することに努めるようになります。


海底や海域の資源が私有財産である場合
それでは、海域に私有財産制が確立されていて、特定の地理境界内の海底・漁業・観光・環境資源が個人の私有である場合に、海底資源採掘に伴う事故の対策はどのようにとられるでしょうか。

まず、海域の私有財産制が確立されているということは、所有者は自分の保有する資源の使い道を自由に決められる代わりに、自分が決めた使い道の責任を取らなければならないということを意味します。つまり、自分が所有する海域での地下資源の採掘中に事故が発生して、近隣海域の漁業・観光・環境資源に損害を与えた場合には、近隣海域の所有者全てに、採掘者が損害の全額を賠償しなければならないということです。賠償額の決定は必ずしも裁判による必要はありませんが、当事者同士での賠償金の折り合いがつかなかったときのために、公正な調停機関としての司法が必要です。

海底・漁業・観光資源が共存する海域が幾つかの区画に仕切られていて、それぞれに持ち主がいる簡単な例をとって考えてみましょう。

この海域で、持ち主の一人が自分の区画を使って海底油田の採掘を計画しているとします。海域全体に明確な所有者が存在する場合には、事故を起こして周囲の資源に損害を及ぼした場合には、採掘者が損害の全額を支払う必要があります。従って、採掘希望の所有者は、事故が起こった時の賠償額、幾つかの事故防止対策の費用、異なる事故防止対策のもとでの事故の起きる確率、さらに原油の将来価格などを見積もった上で事故対策を選びます。もちろん、賠償額の見積りは困難ですが、事故を起こせば賠償を払わなければならない採掘者には出来るだけ正確に賠償額を見積もることが経営上の利益につながります。

事故防止策の選択にあたっては、必ずしも最も高度で費用のかかる安全な対策を採用するとは限りません。この海域が漁業・観光・環境資源に乏しい場所であるならば、事故が起った場合の被害額が比較的小さいので、事故防止対策も比較的安価なものが選ばれるでしょう。しかし、漁業・観光・環境資源が豊かであればあるほど、事故の際の賠償額が上昇するので、事故防止のために多額の費用がかけられるようになります。つまり、地下資源以外の資源が豊かなところでは事故防止が厳重になり、逆に他の資源に恵まれないところでは事故防止にかけられる費用が下がります。

さらに、より効果的な新しい事故防止策は採掘の費用を下げるだけでなく事故の可能性も小さくするので、採鉱者は新しい技術の開発にも努めます。また、政府による緊急措置が事故の賠償額を抑えるのに不十分だと採掘者が判断すれば、採掘者自らが政府の緊急措置を補完する形で緊急措置をとる準備をするでしょう。事故が起った際には、被害を最小限に食い止めるため出来るだけ早く行動を起こすことこそが採掘者の利益になるので、事故の発生を隠す動機も少なくなります。

要するに、海底資源を採掘する者が事故の損害を全額賠償しなければならない制度のもとでは、採掘者は誰に命令されなくとも、また誰に監督されなくとも、海域の漁業・観光・環境資源に社会が置く価値に合わせて、事故防止対策をとるのです。なぜなら、事故防止策をとって事故を避けることが採掘者の利益になり、それを怠ることが採掘者にとって深刻な損失をもたらすからです。

上で、政府が海底資源の採掘を監督する制度のもとでは、監督官庁の役人は採掘業者の技術や事故防止策の内実に通じる必要があると述べました。ところが、自らの損失を少なくするように採掘者が事故防止策を選択して実行する動機付けがある私有財産制のもとでは、政府が税金を投入して採掘方法や事故防止策を直接監視監督する必要がありません。

ただ、採掘者が保険をかけておいて事故の際の賠償の費用を賄おうとする場合には、保険業者が採鉱技術や事故防止策を理解して事故の起る可能性を査定する必要があります。事故の際の費用を自腹を切って支払う必要のない監督官庁の役人に対しては、採掘業界は政治家に選挙資金を提供したりして監督を緩くさせることは可能ですが、事故の際に自腹を切らなければならない保険業者相手にはこの手は使えません。確かに、政府の監督官庁に対するのと同様に、保険業者に対しても採掘業者が採掘技術や事故防止策の内実を隠そうとする可能性は残りますが、民間の保険業者も独立した採掘専門家を雇うなどして誤った査定による将来の損失を減らすように努めるでしょう。従って、少なくとも監督官庁に較べれば保険業者の方が採掘技術と事故対策の把握をより厳密に行うはずです。


最後に、採掘者が事故の賠償を全額支払わなければならない私有財産制のもとでは、貴重な漁業・観光・環境資源に恵まれた海域では海底資源の採掘は全く行われなくなることを説明します。海底資源以外の資源が極めて貴重である場合、つまり、人々のこれらの資源に対する高い関心が高い価格として表れている場合には、事故の賠償額の見積もりが極めて高額になるために、高度な事故防止対策に多額の費用をかける採掘は、予想原油価格を考えた場合に採算が合わなくなります。別の言い方をすると、漁業・観光・環境資源に恵まれているこの海域から採掘を必要とするほど社会で原油は不足していないことを原油価格が示しているのです。この場合には、貴重な漁業・観光・環境資源に恵まれた海域では事故の可能性も取り除かれることになります。


人間が海底の資源を採掘する限り、残念ながら事故を完全に避けることは出来ません。しかし、海域に私有財産制を導入して、資源を採掘する者が事故の賠償を全額負担しなければならないようにすると、海域の漁業・観光・環境資源の価値に見合った事故防止策を採用する動機が採掘者に生まれます。少なくとも、政府が海の資源を共有財産として管理している現在の状態に較べれば、この動機付けは事故を減らす方向に働くと予想されます。



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