舞台はとある質屋さん。主人、番頭、丁稚ら店の全員が大の芝居好きという変わった質屋である。ある朝、番頭が暖簾を出すと常連の徳さんが駆け込んで来た。「正装して行かないかん葬儀が出来まして、急いでいます。預けている裃(かみしも)を出して下さい。ここに質札と利息を用意しています」「それは大変でんな。これ、丁稚、三番蔵にあるから急いで取って来て上げなはれ」「へえ、承知しました」。
丁稚は三番蔵へ入るのが大好きである。と言うのも、蔵には預かった衣裳が一杯入っており、隣が稽古屋でいつも三味線の音が聞こえるので、それに合わせて衣裳を着て芝居をするのを楽しみにしているからである。今日も三味線の音が聞こえる。徳さんの裃を取り出すと紋が塩谷判官と同じ、また、それを包んでいる風呂敷の紋が高師直と同じとあって、天の配剤とばかりに丁稚はそれを着込んで一人二役で忠臣蔵三段目「喧嘩場」(高師直が美人の妻を持つ塩谷判官を“鮒だ、鮒だ、この鮒侍め”と罵り、虐める場面)を演じ始めた(芝居調の長科白が披露され、演者の歌舞伎の素養の見せ場・聴き所である)。
一方、店先では。「もォし、裃、遅いでんな。早うして。もう、葬式、出掛ってまんがな」と徳さん、「えらい済まんことで」と主人が謝っている。そこへこれも常連の万さんがやって来て言う。「お早うさん、先日預けた布団、大至急出してんか。あれ、実は借物でしてね、今、貸布団屋の婆さんが取りに来てまんのや。札、ここにおます」「無茶なことをしなはるな。借物を質に入れたんかいな。番頭さん、取って来て上げなさい。徳さんのと同じ三番蔵に入れてます」と主人が命じる。
「丁稚の奴、何しとんのや?」と番頭が蔵へ入ると、丁稚が一人芝居を演じている。「あっ!番頭さん、いいとこへ来なはった。二役で忙しいとこでした、一緒にやりましょう」「馬鹿なこと言いなはんな、万さんの布団を取りに来ましたんや。徳さんが待ちくたびれておますよ」「少々待たせてもどうということはありません。万さんの布団はここにおます。あれ?この柄、「塀外の場」の背景にもってこいやな。番頭さん、この布団を壁に釘で打ち付けて、その前で芝居をやりましょう」。丁稚は布団を打ち付ける。ビリッと端が破れるがお構いなしで、番頭を芝居に誘い込む。番頭も好きな道、ついつい乗せられて丁稚と芝居の続きを始める(丁稚が勘平、番頭が鷺坂伴内役をやり、ここでも長科白が披露される)。
店先では、「一体、裃、どないなってまんの?もう葬式が帰って来てまんがな、骨上げにも間に合いませんがな」と徳さん、万さんも「貸布団屋の婆さんが告訴すると息巻いてんがな、早うして」と二人が苦情を言う。「済まんことで、わてが見て来ますからちょっとお待ちを」と主人。
主人が蔵へ行くと、番頭と丁稚は一心不乱の体で芝居をしている。「これこれ、二人共、何してまんねん。客がお待ちやないか、困った二人や…。でも、芝居上手やな、立ち回りも見事や。これだけの芝居なら、木戸番がないのは惜しいなァ。そうだ、わいが木戸番やって札(ふだ)を売ったろ。『さあさあ、いらっしゃい、いらっしゃ~い』…」と遂に主人までもが芝居に加わる。
「この質屋、変わってまんな、蔵へ入ったもんが一人も出て来まへんがな。どないなってんのか、見に行きまへんか?」と徳さん、「そないしまひょ」と万さん。二人は蔵へ行く。番頭と丁稚が芝居をしているのを見て呆れ返る。「わあー、わての裃、しわくちゃになったるがな」「わての布団、破れて綿が見えてまんが」と徳さんと万さんの二人は唖然とし、「中へ入って取って来まひょ」と中へ入ろうとすると、木戸番の主人が止めた。「中へ入るなら札が要りまっせ」「札なら表(店先)で渡しておます」。
上方の「質屋芝居(しちやしばい)」という芝居噺である。この噺は大半が歌舞伎の忠臣蔵・三段目の筋書きが中心になっていて、歌舞伎離れが起きている現在では一般受けの難しい噺となっている。上記筋書きは、歌舞伎に造詣の深い四代目桂文我の高座に依った。但し、演者が素養を発揮する三段目の科白部分は私には書き留める能力がないので割愛した。
(南座・京都 2016年)
四代目文我(前名:桂雀司)は二代目桂枝雀の弟子で、枝雀一門が上方落語協会を脱退した際に彼も同調した。その後一門は協会に復帰したが彼は復帰せず、爆笑路線ではなく芝居噺に重点を置いた独自の活動を行っている噺上手である。