#139 花魁の本音 ~「五人廻し」~ | 鑑賞歴50年オトコの「落語のすゝめ」

鑑賞歴50年オトコの「落語のすゝめ」

1956年に落語に出逢い、鑑賞歴50余年。聴けばきくほど奥深く、雑学豊かに、ネタ広がる。落語とともに歩んだ人生を振り返ると共に、子や孫達、若い世代、そして落語初心者と仰る方々に是非とも落語の魅力を伝えたいと願っている。

演目に「四」が付く噺は「四段目」(#14)「四宿の屁」(#71)の2つしか思いつかない。どちらも採り上げ済であるので「五」に移ろう。

 「五」の付く噺は「五月幟」「五月雨坊主」「大名房五郎」「淀五郎」「五段目」「五光」「五銭の遊び」「五目講釈」「新助市五郎」がある。ここでは廓噺である「五人廻し(ごにんまわし)」を聴くことにしよう。

 

吉原遊廓のある女郎屋に人気者の花魁・喜瀬川を目当てに5人の客が上がっていた。大引け(午前2時)になって花魁が客の部屋を廻る時刻になったのに、喜瀬川は田舎者のお大尽(金持ち)・(もく)兵衛(べえ)の部屋に居座って、そこを離れようともしなかった。いわゆる掛け持ちで客を取ったのであるが、金持ちを大事にし、他の4人は無視されたのであった。

この為、待ちぼうけを喰わされている客の一人が、悶々としている。壁には“この家は牛と狐の鳴き別れ、モー、コンコン”と今の自分の心境が落書きされている。廊下を通り掛かった廓の若いもん(45 苦情処理係員であり警備員でもある)を呼び入れて、「喜瀬川が来ないがどうなっているんだ? 来るか来ないのかはっきりさせてくれ。来ないのならもう帰るから玉代(料金)の1円を返せ」と文句を言う。「間もなくお見えになりますので今しばらくお待ちを」と若いもんは客をなだめて部屋を出て行く。

 

他の3人の客も若いもんを次々に呼んでは同じクレームを付け、「そんな歳になってもっとましな仕事はないのか?親が嘆いとるぞ」とか「田舎から江戸見物に来て吉原を覗いたら、喜瀬川に無理矢理上がらされたのに顔を見せないとはどういうことか?」とか「俺はイライラしてお前の背中に焼け火箸を当てたい位だ」と若いもんに八つ当たりし、異口同音に「玉代を返せ」と言う。

 

たまらず、若いもんは喜瀬川の部屋へ行き、「他の客の所も廻ってやって下さいよ」と苦情を言う。だが喜瀬川は「だってお大尽とは夫婦約束をしており、傍を離れたくないんざますの」と言い、杢兵衛も「他の客の所へも顔を出してやってくれと言ったんだがここを離れようとしないんだ」と二人してのろける。「4人の客が“玉代を返せ”と文句を言っていますが…」と若いもんが言うと、「それなら私が4円出すから、客に渡して引き取ってもらってくれ」と杢兵衛が言う。

若いもんがその金を持って出て行くと、「私にも1円下さいな」と喜瀬川が言う。「何に使うんだい?」と杢兵衛が1円を渡すと喜瀬川が言った。「これはもう私のものよね、この1円をお前さんに上げるからあの4人と一緒に帰っておくれ」。

 

五代目古今亭志ん生が得意とした噺で、この噺の中でも吉原遊廓の実態について触れている。私の推測も交えて書き留めておこう。

最初に会った時(初会)は贔屓になってもらおうとの思いから、花魁が身銭を切るサービス料金で客をもてなす。一方客は、一晩置いて顔を出して花魁を指名するのがエチケットで、これを「ウラを返す」と言い、客の義理である。この時は通常の玉代が必要となる。そして、3度目から「馴染み」と呼ばれるようになり、以降は二人の惚れ度合いに応じて花魁が驕ったり、あるいは客が金銭面で花魁の面倒をみる関係になって行く。時には夫婦約束をするカップルも誕生する。こうした花魁・女郎と客の騙し合いや恋愛をネタにしたのが落語の廓噺と言えよう。

 

吉原では午前0時を「中引け」と言い、芸者や幇間を上げての飲食終了時刻とされていた。「女郎屋」の営業員としてお座敷に顔を出していた花魁は解放されて、客と自分の部屋へ引き取る。客がつかなかった者いわゆるお茶を引いた者は玉代を値引きして客引きを続ける。これを狙って午前0時頃に廓を覗く者も多々あったようで、こうした客を目当てに、廓内に寄席(21時~0時の興行)や屋台が出ていた。「時そば」(#88参照)に出て来る客もその一人であったのであろう。志ん生も「ここの寄席に10日間出たことがあったが収入は全部ここで使ってしまい、一文の儲けにもならなかった」と述懐していた。

 

午前2時を「大引け」と言って不夜城の吉原も静かになり、以降、花魁はいわゆるお勤めから解放されてささやかな自由行動が許される時間帯となる。好きな客の部屋に居座ったり、掛け持ちをしたりして一夜を過ごす。その為、中には一晩中ほったらかしにされる客もある。“女郎買い 振られて帰る 果報者”という古川柳がある。色里では持て過ぎて身を持ち崩すことが少なくなかったことから産まれた一句である。

「五人廻し」はこうした状況を描いた噺で、独りだけでゆっくり過ごせる時間が欲しいという、連夜の接客業に疲れた花魁の本音が聞こえるような気がする。

 

 

 

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