「真っ青」が どこまでも続く

 でもその「青」は 明るい

 夏の陽射しに 

 照らされて

 広い

 「空」 全体が 白っぽく。


 明るい 夏の色



 庭に佇む

 木々の緑は

 キラキラの

 陽の光を 反射して


 キラキラ。

 
 キラキラの陽の光と

 キラキラの木の葉たち



 そこに。


 すくっと

 ひょうひょうと

 しかし 互いに寄り添うように

 並んで

 やっぱり 立っている

 オニユリの花たち。


 鮮やかなその色に

 キラキラの

 陽の光が反射して

 キラキラ。 


 満開の盛りは

 もう

 過ぎつつあるが

 それでも

 元気に

 キラキラ。

 キラキラ キラキラ キラキラ。


 クロアゲハが一羽 ひらひらと

 そこに

 やって来た。


 それから

 名も知らぬ 小さなチョウが

 ヒラヒラと 飛び回り

 やがて

 二羽とも

 どこかへ 行ってしまった。


 また そよ風が吹き

 オニユリたちが

 揺れた。


 
 つい一週間ほど前に

 見た

 シオカラトンボたちは

 今は

 見えない。


 
 雨の日に

 足の踏み場もないくらい

 地面を

 ピョンピョン、ピョンピョン、

 思い思いに

 跳ね回っていた

 小さな 小さな

 無数の

 アマガエルたちは、


 見えない。



 ゆっくり ゆっくり

 マイペースの

 カタツムリたちは、


 見えない。




 きれいな色の

 アゲハチョウが

 ヒラヒラと

 やって来た


 ひらひら

 ひらひら

 花のまわりを。

 
 姿が消え

 
 そして

 また

 やって来た
 

 今は もう 見えない。


 
 セミの声

 青い空

 キラキラの陽光

 キラキラの植物たち


 キラキラの一日。
 
 
  前回の「トルコの事件」に続いて、 今回の話題は、「中国のこと」です。


  さて、 中国(中華人民共和国)は、

 南シナ海に、いわゆる「九段線」という境界線を「一方的に(?)」設定することにより、

 南シナ海の大部分の海域につき「歴史的に、中国の”主権”または”管轄権”が及ぶ」

と主張して、フィリピンやベトナムなどの周辺諸国と対立してきました。

  このことにつき、去る7/12(火)、国連海洋法条約に基づく「仲裁裁判所」は、

 中国の主張のほとんどを退け、「中国の主張には国際法上の根拠がなく、違法だ」

との判決を出しました。

 これに対し中国は、「この判決は認められない」と主張しています。(7/16現在)


 さてさて、

  このことについて、私はここで、「どちらの主張が正しい(or 間違い)!」、

   とか、決め付けるつもりはありません。

 
 一連の報道を見ていて、私は、

 ふと、昔どこかで聞いた「歴史の一場面」を連想しました。

  今回連想したのは、やはり「戦前」の日本で、
 
  1931年(昭和6年)の「満州事変」をきっかけとする、
  
  「満州国」建国から「日本の国際連盟脱退」(1933年)までの、

 日本近代史の一連の「流れ」でした。


  当時の「満州国」は”大陸”(ほぼ、現在の中国東北部)であり、

 一方、現在の「南シナ海」は言うまでも無く”海洋”なので、そこは大きく違いますが、

 「共通点」もあります。

  それは、①どちらも、「広大な領域」を占め「地下資源などが豊富」、という点、
  
  ②どちらの地域も、「海外発展のための経路」として重要、という点です。

  (↑当時の日本:「日本列島から中国大陸へ」。
     現在の中国:「中国大陸から海洋(インド洋方面)へ」。)

  ③そしてもう一つは、当時の日本も現在の中国も、上り調子の”新興国”で、

  「どちらも『大国』(=当時の言葉では『列強』又は『一等国』)を目指している

   ように見える、ということです。


 そしてもしも、

 この問題での現在の中国の立場を、「満州国」に対する当時の日本にたとえるなら、

  現在の「南シナ海問題」についての今回の「仲裁裁判所の判決」は、

  戦前当時の日本の「満州国問題」に対する、当時の「リットン調査団」による

 「リットン報告書」(1932年発表)に匹敵するのかも知れません。 

 (「現在の中国の状況は、あの当時の日本の状況とは、全く違う」という見方は、

  勿論、あるでしょうが。)


 ただ、もしも、

  この ”荒唐無稽”な「連想」や「たとえ」が当たっているなら、

 つまり、「南シナ海問題に関する現在の中国の状況」が、
 「戦前の日本の国際連盟脱退直前の状況」に、もし万一、「似ている」としたら、

 中国の皆様には、是非、お願いがあります。

 それは、「日本の苦い歴史に学んでほしい」という事です。

 「戦前の日本の歩んだ『いつか来た道』と同じような道を、

   気が付いたら、現代の中国が歩んでいた」などということの無いように。

  もっとハッキリ言えば、「いつの間にか、大戦争になっていた!」などという事が、

 絶対に無いように、
ということです。



 
  中国には四千年以上の歴史がある、と聞いています。

 昔からそのような長い歴史と高度な文化を誇ってきた中国(その住人)としては、

 せいぜい二千年から長くても2,700年程度の歴史しかない日本の住人から、

 「歴史に学べ」などと偉そうに言われたら、きっと不愉快でしょうね。

 それに、今回の件では、「中国としての言い分」もあることでしょう。

  けれども、それでも、 そこを「曲げて」、

  「忍び難きを忍んで」ほしいのです。

 
 どんな正当な理由があったとしても、どんなことが「きっかけ」だったとしても、

 「もし今、戦争が起こってしまったら(!)」、

 それは大変なことになる、という事をよく考えて頂きたいのです。

 
  (もちろん、中国だけでなく、私を含め、ほかのアジア諸国や世界中の皆様にも。)


  一旦、「戦争」が起こってしまえば、(最初は「小競り合い」でも)

  あっという間に”大戦争”になってしまうかも知れません。

  最初は「遠くの、短期の局地戦」で終わるはずだったのが、

 急に、「広範囲で長期の全面戦争」になってしまうかもしれません。

 例えば、昔の「満州事変→(日華事変→)日中戦争→太平洋戦争」の流れや、

 近年では「(イラン・イラク戦争→)湾岸戦争→イラク戦争→シリア内戦」など。



  もし、そのような事が、また起これば、

  戦争で「負けた方」はもちろん、「勝った方」も、

 経済的にも人的にも、きっと、大変な被害を受けることになるでしょう。

  そのような事は、中国にとっても、日本にとっても、世界の諸国にとっても、

 結局、「良い事」はほとんど無く、「マイナス」の方がずっと大きいと思われます。


  今、世界は、いろんな分野で「課題山積」と思われます。

 そんな時に、「戦争」で、貴重な人命や貴重な資源などを浪費するのではなく、

 もっと「建設的なこと」に向け、できるだけ多くの人が「笑って暮らせる」ように、

 いろんな意味での「資源」を振り向けてうまく活用できるように、

 そんな方向に向かえばいい、と思うのです。

 

  もし「戦争」が起きたなら、(世界では既に多くの「戦争」が起きてますが、)

 その、それぞれの「戦争」で、
 
  本当に「得をしているのは誰か?」という事を、

 そして、「その戦争は、本当に『外国(だけ)の出来事』か?」、

  「自分たちの目の前で起きることは、本当に無いのか?」、という事を、

 私自身も含め、もう一度、考え直したいと思うのです。



  以上、思いの外、長くなってしまいました。

  最後まで読んで頂き、ありがとうございました。 
 
  




 











 


 
 

 いきなり、血なまぐさい話題で恐縮ですが、

  今日(7/16)未明(日本時間)に、

 アジアの西の端、欧州との「架け橋」の国トルコで、”軍の一部”が、

 ”クーデターの企て(「反乱」)”を起こしたとのことです。


   一部では、「爆発」や「発砲」などが続いていたとのことで、

 ”クーデター”の規模等も含め、情報が錯綜してはっきりしませんが、

 7/16(土)14時(日本時間)の時点では、どうやら、「クーデター失敗」

 の情勢のようです。(←日経電子版などの報道より。)

 場所によっては、”クーデター”を起こした兵士たちに向かって、

 「今からでも、(軍の)原隊に帰れ!」と呼びかけが行われた、

 とのNHKの報道がありました。


 さてさて、

  ここからは、私の個人的な感想です。

 「クーデター」&「軍の一部」&「原隊に帰れ!」の3つから、私が連想したのは、

 戦前の日本で1936年(昭和11年)に起きた「二・ニ六(2.26)事件」でした。

  
  時代状況や、事件の背景などは、

 当時の日本と現在のトルコでは全く違うのでしょうが、

  「(一見、)似たような事が起きた」ということは、

 意外と「隠れた共通点」があるのかも知れません。


  今回の”クーデター”を起こした人たち、 それを”鎮圧”しようとしている人たち、 
 
 そして、その他の一般市民など…。


  それぞれの人たちの、「思い」や「気持ち」は、どのようなものでありましょうか。


  詳しい事は判りませんが、 少しでも、「犠牲者」が少なくなりますように…。