先週の今頃は、秋田へ向かう車の中だった。
今年はくまさんと私の仕事の都合が会わず、私の秋田滞在はわずか。
13日の晩御飯から、16日の起床までしかなかった。
それでも、どうしても逃せないのは玉川温泉だ。
何度でも繰り返すけれど、ご存じない方はぜひ一度でいいから訪れてほしい。
あれを知らずして、温泉は語れない!と、私は勝手に思い込んでいる。
玉川温泉には大人気の本館のほかに、新玉川温泉という別館がある。
別館の方がホテル、本館は旅館の違いと言えば分かりやすいだろうか。
どちらも人気だが、本館の方が鬼気迫るものがある。
医者に見放された患者たちが、最後のよりどころとして治療に来ているからだろう。
救急車もしょっちゅう横付けされているし、何かの理由で宿泊できない人たちは、駐車場の車に寝泊まりしてでも湯治を続けている。
半日の日帰り客なら、新玉川のほうが利用しやすい。
が、岩盤浴となると、本館の利用がベストになる。
天然の岩盤浴。
地球が熱いことを体で感じる時間。
ちょっとした体調不良や関節の痛み、疲れなら、ここで1時間も寝転べば改善してしまう。
だから真冬でも人気で人が集まる。
そこへ、雪崩が起きて死者が出たのも記憶に新しい。
硫化ガスの噴出もとめどない。
お盆休みに、この人気スポットの駐車場が空いているはずがないと思っていた。
が、行ってみると、するすると入れてしまった。
どうやら、帰省客はあらかた帰ってしまった後のようだ。
欣喜雀躍!小躍りして、ゴザを抱え、お気に入りスポットに寝転んだ。
熱ーい!
全身からとめどなく汗が流れ出る。
日よけの傘やタオルケットで包まれているので、なおさら熱い。
脇に置いた冷たいペットボトルのお茶は、瞬く間に熱いお茶に変身した。
「気持ちよかったですねー。」
「岩盤浴のおかげで、肩の痛みもこないだ捻挫した足首もすごく楽になった!」
「あの強酸性のお湯にのんびり浸かったから、肌荒れもきれいさっぱり!」
「たまに来ないと、やってられないね。」
「女湯には新しく『蒸気湯』ができてました。これがまた、気持ちよくて!」
「秋にもう一回来たいねー。」
「ここらの紅葉は見事の一言に尽きますからね。」
玉川温泉からの帰り道は、つまり八幡平を下ることになる。
信号って何?という山道で、対向車にもそれほど会わない。
一昨年の2014年8月、この道で野生の親子クマに出会った。
母熊が、2匹の小熊を連れていた。
あの小熊のかわいらしさと言ったら、この世の物とは思えないほどだった。
でも、秋田県鹿角市といえば、今年のニュースは「山菜取りの人、熊に襲われる」だ。
父が言うには、家のすぐそばにも、熊が出てくるようになったらしい。
暗くなってから外に出ようとすると、「熊に気を付けて!」と声をかけられてびっくりした。
そこまで、熊の脅威は身近ということか。
「畑の作物も、まだ食べられてはいないけどねぇ。」
まだって…。
「ねえねえ、一昨年クマさんに出会ったのはこの辺りでしたね~。」
「またいたりしてねぇ~。」
「ある日♪森の中♪くまさんにー♪であった~♪」
私が歌い浮かれていると、あの白いガードレールが新しくなったあたりに、黒い物体がいた。
たぶん、我が家のくまさんと私が気付いたのは同時だ。
「あ!」
くまさんが急ブレーキを踏む。
黒い物体は、頭に耳がちょんと出ている。
明らかに熊だ。
車は熊の前1mほどに停まった。
音がしたからだろう、数歩下がって藪に隠れてしまった。
3メートルほどバックして、路肩に停め、ガードレールの端を見つめる。
「大きなブレーキの音だったから、びっくりして行っちゃったかな?」
「どうかな?降りて見てきていい?写真撮りたい~!」
「食われても知りませんよ。」
「食われるかしら?あ!見てください。そこ、いますよ!」
熊は一頭。
我々の後ろから来た車を見送っていたが、突然ダッシュした。
そして、ガードレールを…
乗り越えて、悠々と道を渡っていく。
「あー、ボケちゃったよ!」
一眼レフを構えていたくまさんは悔しそうだ。
「へへへ。私は1枚しか撮れなかったしスマホだし、ちっちゃいけど、見て!」
「おお。生々しいね。」
「若い熊でしたね。まだ2歳とかですかね。」
「もしかしたら、一昨年のあの子かも。」
「そうかもしれませんねー。また会えましたねー。あの時の親子も、ここを横断しましたね。」
「そうだね。もしかしたらここは、熊さんたちの横断歩道なのかもね。」
大騒ぎしながら車を走らせる。
「あなた、あの時見に行っていたら、待っていた熊さんと正面から鉢合わせでしたよ。」
「そうですねぇ。危なかった。」
「熊さんは別に人間を襲おうと決めているわけじゃないと思うんだよね。」
「でしょうね。」
「突然出くわした人間にびっくりして、反射的にドン!ってやっちゃって。」
「倒れたところを…。」
「ついガブッとしたら、『あれ?これってもしかしたら、美味しいかも?』って。」
「あー、気づいちゃった。」
「それで、次に人間を見たときに、あこの間美味しかったあれだなって。」
「ってなると、クマよけの鈴とかラジオとかは…。」
「そうそう。『ここに美味しいごはんが来ましたよ』って知らせているみたいになるね。」
「あー」
「つまり、最初の人は自分の不運だけじゃなくて…。」
「次の人の被害の元を作るってわけですね。」
「気を付けてあげないと、熊が害獣にされて、たくさん殺されてしまうからね。」
「それはいけませんっ!」
大きな動物との共存は、高度に豊かな社会の証と思っている。
かわいい!と思える程度の接点で、お互いに長くともに暮らしていきたいものだ。