こんにちは
ご訪問ありがとうございます。
RaiNworldのryoです。
前回の投稿からあいだが空きました。
本年もよろしくお願いします!
というのを4月になってから言うのも変な感じです
外を歩くと桜がきれいで、お散歩が捗ります♪
わたくしは昨年から秋頃から原稿を書いていました。
2年近くの調べ物で取り組んでいたやつなんですが、これがなっかなか終わらなかった
秋頃から書き出せばいくらなんでも年末には終わるやろ〜とたかを括っていたんですが、年を跨いじゃいましたわ
それが昨晩というか今朝方というか目処がついて、原稿を送って、今はぽえ〜っとしているところ
そんな原稿執筆をやって思うのは、
調べ物したって言っても、結局推進力になるのは「ひらめき」とか「直感」になっちゃうんだなってこと。
調べ物をしたなら後は「思考」や「論理」を駆使してガリガリ書いていけばよさそうにも思えますが、そうじゃないんですねぇ
先が見えなくて気が滅入るような時もありましたし、先が気になって目の醒めるような時もありました。
私が書いていたのは
そういう、時と時間の話でした。
滅入る時にせよ、醒める時にせよ、それは幸せ。
先が気になってワクワクしているときのワクワクの感じにせよ、滅入っているときの幸せではなさそうな感じにせよ、そういう《感じ》を抜きにして今と出会えるならば、それはどんな歓びだろうか。
私がやりたかったのは、そういう歓びと出会うには、そういう歓びを成り立たせているものを外していきながらに、そういう歓びの本体は何かを書こうとしていたのでした。
結論とかそういうのはやろうとしていた事柄の都合上できないんですけれど、一言でいうなら「おかえりを言われるには、ただいまを言わなきゃあかんよ」ってことかな
ちょっと堅いけど、思想と感受性って言葉を使おうかな。どっちも「人が何を大切に思うのか」にかかわるものです。一方は〈生きかた〉に寄せた「どう生きるか」の言いかたで、もう一方は〈感じかた〉に寄せた「どう感じるか」の言いかたです。
ってのを踏まえて、
『ただいま』を言うか〜ってのは思想
『おかえり』を言われたいってのは感受性
思想と感受性の交わるところに私たちの日常があることを思うに、『ただいま』と『おかえり』が実現しているその事実に、【大いなるもの】の気配を覚えられませんでしょうか?
【そこ】に気づいて、【そこ】を日常として生きることは、とてもスピリチュアルなことではないかしら、とても大切なことではないかしら
みたいなことを懸命に考えていたのですな。
長かったなぁ、2年間。
『デメキン』って漫画を読んでいて印象的だったのが、暴走族の総長を任期満了で辞めた主人公が、そのあとに目標を失って堕落した生活を送るくだりがあるんです。それから彼はお笑い芸人の道を歩むことに決めて「次」を見つけるんです。このときの「次はこれ!」みたいな感覚が、妙に印象に残ってて、今それを思い出してるんです。
あんなに大変だったのにね。…まだそれが終わったってわけでもないのにね。不思議やね。
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