DOIで見せたEXプログラムのアランフェス。
そこで安藤美姫は、卓越した表現力の持ち主であることを、改めて証明してみせた。

女子としては最高難易度の3回転3回転の連続ジャンプ、そして女子唯一の4回転ジャンパーである彼女が、今では卓越した表現力で魅せる、大人のスケーターという評価の方が大きい。
何が彼女を変えたのか…彼女の何が変わったのか…自分なりの分析をしてみようと思う。

彼女が表現者としての評価を得始めたのは、世界女王に輝いた、2007年よりも後のことだ。
彼女を世界の頂点に押し上げたのは、シーズンを通し、SPでもFPでも決め続けた、3Lz-3Loであった。
トリノオリンピックで、クワド(4回転)のMiki Andoは終わったと、世界中のメディアが書き連ねた直後の、衝撃的な復活劇だった。

オリンピック15位、世界選手権金メダル。浮き沈みの激しい彼女を象徴するようなアップダウンの中で、彼女のコーチ、ニコライ・モロゾフは、彼女に新しい武器を与えようとしていた。
生涯のライバル、浅田真央とキム・ヨナが持ち合わせていない、大人のスケーティング。表現力である。

モロゾフは、安藤の女性らしい体型を活かした、セクシーなプログラムを揃えた。
2008シーズンのSP、サムソンとデリラ、そしてFPのカルメンである。
サン・サーンスの歌劇、サムソンとデリラは、世界女王となった昨年のシェヘラザードと同じく、安藤の持つエキゾチックな雰囲気に合った楽曲だが、英雄サムソンを誘惑するデリラは、シェヘラザードよりも挑発的である必要があった。
プロポーションを見せつけるようなコスチュームに振り付け、投げキッスなど、安藤は懸命にデリラを演じたが、元来の引っ込み思案な性格が最後まで足を引っ張り、結局、サムソンとデリラは満足のいく演技にたどり着くことなく、2008の世界選手権では、SPを昨年のシェヘラザードに戻している。
(個人的には、楽曲のバッカナールは安藤美姫の持つ一面と、とてもマッチしていたので、リベンジを期待したいのだが…多分ないだろう…)
もう一つのプログラム、カルメンも、やはり男を誘惑する女性が一つのテーマ。このシーズン、彼女は右足や右肩の怪我にも苦しみ、なかなか満足な演技が出来ずにいた。成績も、世界女王でありながら、ライバル、浅田真央やキム・ヨナに次いだものに定着していった。
しかし、モロゾフは慌てることなく、「美姫は世界女王になったのだ。もう勝つ必要はない」とし、「表現力の強化」に努めることに集中させた。しかし、安藤もまだ若い。「4回転の安藤」と「3回転半の浅田」の激突を煽る世間の期待と、自分の成績とのギャップに苦しみ、精神と肉体のバランスを崩していく。それが、ディフェンディングチャンピオンとして迎えた世界選手権での途中棄権という、最悪な形となって現れてしまう。

安藤にとってつらいシーズンとなった2008年だが、モロゾフの狙い通り、美姫の表現力は幅を広げていた。
その成果は、唯一輝いた全日本でのカルメンや、EXのHurtにあらわれている。
特に全日本選手権では、次々と決まるジャンプに後押しされるように、安藤の中に眠っていたカルメンが目を覚ます様子が見れた。
ステップ前の微笑みや心情を表すような手の振り、フィニッシュの覇気は、カルメンが美姫の代わりに演じて見せたように錯覚したほどだ。
この演技に、多くの観衆が、優勝した浅田よりも安藤の印象を強く残して会場を後にした。
この時、安藤は演じる楽しさと、観衆を魅了する力を痛感したのではないだろうか。
キス&クライで、浅田に僅差で敗れ、銀メダルが確定した瞬間、おどけた「残念~」という表情を見せた後の、満面の笑顔が、それを証明している。

怪我による無念のリタイアがあっても、順位よりも大事なものを手にした安藤美姫は、2009年のシーズンでその芸術性をさらに開花することになる。
つづく