愚禿の灯 風静かなる 胸の底 @西田哲学と親鸞よりPTSD心理学 | 翠雨★PTSD予防&治療心理学研究所

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PTSDが爆発的に流行しています。
心的感染症ですから、もはや万人にとって他人ごとではないのです。健康で自分らしく個性的に天寿を全うするためにPTSDを学びましょう✨

 




人間の自覚や意思には不思議なところがあるようです。


西田幾多郎も



全集一巻 『愚禿親鸞』明治44年4月



自らについて


真宗の家に生まれ


母親は真宗の信者なのに


自分は真宗についてそう知らないと書き始めつつ



もちろん膨大な資料を読み込んではいるでしょう。



真宗の意味についての深い理解を示しているようです。



親鸞が自らを称した


愚禿


真宗の教義も


(普遍的な意味としての)宗教そのものの本質も


象徴されているのではないかと



愚人・悪人を正因とする考え方や




— 空前絶後に蘇る  = 愚禿の二字を味わう @心霊上の事実




愛を主とした他力宗は他にもあるけれども 


キリスト教や



正義の感が強く悪を責める側面と


— キリスト教以前の問題は救わない @神曲問題


—— ギリシアの哲学者とか


放蕩息子を温かく迎えた父の物語のようなところ


— 真面目な息子は激おこ💢



日蓮には二面性があります。



他宗を罵倒 壮語


さけび雲走り、怒濤澎湃どとうほうはいの間に立ちて、動かざることいわおの如き


日蓮上人の意気は


壮なることは壮であるが… と西田



親鸞は法を見て人を見ませんでした。



流刑に処されても…


煙波渺茫びょうぼう、風しずかに波動かざる


親鸞上人の胸懐は


また何となく奥床おくゆかしいではないか…と西田



 







わりとへりくだることが多いようです。


 








現代にも流刑のようなことがあるので



理不尽な危機



こころのケア(PTSD予防)に生きる態度だと思います。




人間は猿とは次元の違う哲学に生きているということでしょう。



西田幾多郎が注目していたのも



頭で考える学問を否定





実験心理学ではなく



猿の得て公🐒心理学しかなかったので



ご苦労された様子




臨床心理学への越境の兆しはありました。



不具(精神病)についても純粋に見てほしかったが


— 本来具わっている @どんな状態でも神と一緒で他力が働く


フロイトひとりに多くを望むようなないものねだり


— ユングを読めばいい。





集合についてのビジョンはあった。