久しぶりに奥日光をめぐった。具体的には奥日光の最も奥に位置する湯元周辺、湯ノ湖、湯滝、湯元温泉だ。
木々は落葉したままで、まだまだ花咲き始める季節ではない。だから木々の枝から透けるように、その先が見える。
葉が茂り始めれば、それは見えなくなる。
冷気と明るさがセットになっているのがこの季節なのであり、そこに雪の白が被さっている。
あちこちで見かける無数の倒木は、葉を茂らせることもなく、そのまま押し黙っている。
しかしそんな倒木を見ていると、面白いことに気がつく。
全部が全部ではないにしても、倒木から枝が立ち上がり、新たな木になりかけているものがあるのだ。
新たな木は、倒木中に他の種子が紛れ込んだ別種の木であることもあるし、倒木の枝そのものがそのまま成長して木になっているものもある。
新しい木がそのまま成長して行けるかどうかは、その環境で決まるだろう。
つまり運だ。
「運任せ」ということには批判的な考え方もあるが、生命の最大限の営為が運と関わらないはずはないということが、雪の白の中に「形」となって見えているのだ。




















































