失せ物

失せたことに気が付かなければ、失せ物にはならない。

失せ物にすらなれない失せ物が、どれほど多く潜んでいるのだろうか。

 

風鈴

遠くから風鈴の澄んだ音が聞こえてくる。

このあたりはまったく無風なのだが。

 

庭いじりが好きな人から聞いた話

十年ほども手を入れていなかった場所の土をひっくり返し、なにか植えようと考えたそうだ。

ところが植える前に、見覚えのある葉が茂り始めた。

ペチュニアだったそうだ。たしかに十数年前、そこにペチュニアを植えていたそうなのだ。

 

境界

曇って来たのかと思ったら、夕暮れになっていた。

その両方だった。眠りにつくものと、目を覚ますものと。

 

無限

川の流れのように循環して戻って来ているから、無限に見えるものがある。

限られた範囲の中、つまり無限ではない中にある無限。

 

恒久対策

飲み会の帰路、しばらく閉鎖したままだったスナックに明かりがついていたので立ち寄った。

二時間ほどいただろうか、その店に入ったのは初めてだったが、印象が良かったからまた立ち寄ろうと思ったのだが、その後もいつも閉っていた。

そこの近所に住む者と話す機会があった。

何年も前からその店は閉鎖されたままらしい。怪談めいた話なのだが、その者から意表を突くことを言われた。

「もう酒飲むの、止めなよ」。

 

天敵

あるものに、もし天敵となるものがいなければ、それを含む全体が崩壊する。

 

故郷

長いこと同じ場所に居れば、そこから離れて目を閉じたとき、そこでの光景が浮かび上がるものだ。

そこがどのような場所であっても。たとえ求めていようとも、いなくとも。

 

訪問者

窓から雨音が静かに寄せ、少し遅れて涼風が寄せて来た。

 

気温の高い日

赤い煉瓦の城壁の上に座って、遠くの野を通り過ぎてゆく馬車でも眺めていれば、同じ気温でも気にはならないだろう。

「気にならなくしてくれるもの」は、扉を開けばどこにでも出現するのだ。