木々はすっかり葉を落とし、この季節にだけ見える無数の枝が、誰が描いたのかもわからないペン画のように広がっている。
古びたレンガ造りの建物の壁。── 垣間見える冬空を、鳥たちが横切ってゆく。
冬風に染ったかのような、大聖堂の鐘の音が響き渡っている。── いつでも響いているのだ、建物だけが時間の中に取り残されてしまったこの街で。
深まってゆく蒼、── あの噴水だけが白い。
その翼を広げようとして叶わなかった、傷ついた妖精が立ち尽くしたまま、噴水を見つめている。
黒衣をまとい、腕を組んだままの兵士が妖精を見つめ、悲しげにほほ笑んでいる。遠い昔から、その姿勢のまま、変わることなく。
いにしえの日々の笑顔の記憶だけが、彼らの姿を成り立たせているのだ、── あの噴水だけが白く。
ああ、この家だ、── 扉を推して中に入れば、古い時計が窓からさす光の中に時を刻んでいる。
手前に置かれた古い木のテーブルには、革表紙の本が開かれたまま置かれている。横にはペンが置かれている。
この家に住む人の日記なのだろう、最後の行の日付はずいぶん昔のものなのだが。
目で文字を追いかければ、奇異なことに気がつく。
それは航海日誌なのだ。「明朝、上陸予定」。最後の行にそう書かれ、その先はない。
── さすがにほかのページまでめくりはしないが。
止まることなく時を刻む古い時計、── その音の中で、航海日誌は書き続けられてきたのだ。
予定という概念。── 上陸予定、か。
窓のカーテンを開ければ、冬の街路がひろがっている。聖堂の鐘の音はここにまで響いている。
── 噴水の真水だけが白い。
わかっているよ、── 傷ついた妖精を見つめているきみが、これを書いてきたのだろう。
航海日誌の最後の行を記した後、きみたちは天に向かって行ったのだ。── ただ、妖精をほほ笑ませるだけのために。
大聖堂の鐘が響く中、古い時計はなお、時を刻んでいる。
なぜこれを読ませてくれたのだろう。
── 知って、そうして忘れるなと言いたいのか、── あらたな義務を止まることなく背負えと言いたいのか。
誰もが例外なく、日誌の続きを書いていかなければならないのだろう。
── 古びたレンガ造りの建物の壁。── 垣間見える冬空を、鳥たちは横切ってゆく。