どこかにオアシスはあるのだろう、── かなたにまでひろがる白い粒子の、大きくうねるような起伏。

石柱が立っているのが見える。── すくなくとも、あの石柱が立っている一帯に、白く光っているものは湧水ではない。シリカの砂なのだ。

 

── 古代からあるとされているあの石柱を、誰が立てたのか、知る者はいない。

わかっていることは、砂の中にあっても、いつでもかならず正確に垂直に立っているということだけだ。

── 大きくうねり、ひろがる豊かな白い粒子の中にあっても、生きているものたちだけが、垂直であるということがわかるのだ。

 

 

もしあれが傾いたら、妖精の類が一斉に解放されると聞いている。

傾けることに意志的な力は必要なく、しかし人間だけがそれをすることができるということも。

 

古代の数知れない旅人たちが、── そうして異教の巡礼たちもまた、あの石柱を傾けようとしてきた。

石柱が傾けば、── 解放された妖精たちは、旅人たちが希求するものをかならず与えるとされていた。

 

だが、あの石柱を傾けた旅人は、誰一人として帰ってこなかった。

そもそも、旅人たちが求めていたものは、妖精が与えるものではなく、妖精そのものだったのだ。

── それなら帰ってこれるはずもないだろう。

 

 

音のない、白い砂嵐が寄せてくる。

白い光の中に閉じ込められてしまえば、なにも見えなくなってしまう中、ただ立ち止まっているほかはない。

── いや、それは幽閉された不幸とかそういうものではない、── むしろ、求めているから寄せてくるのだ。

 

砂嵐が、一瞬途切れた方向を見れば、かなたの砂の丘の上で誰かが手を振っている。

風を受けている長い髪の色が、淡い紫なのはわかる。

 

── だが、石柱は砂嵐に覆い隠され、その姿が見えなくなっている。

見えなくなっているにしても、垂直であるはずのものはただ一点、あの方向にあるという見当ぐらいはつくのだが。

── 探そうとしているのだろうか、── ただ見えないでいるだけのものを。

 

 

静かに雨が降り始めた。── ここで雨が降るなど、これまで聞いたこともない。

雨脚の中に砂嵐は鎮められてゆき、── 遠くにはふたたびあの石柱が、姿を現し始めている。

 

それなら、ふたたび歩き始めることができるのだろう。

── 石柱がわずかに傾いている。── 石柱の背後には、蜃気楼のように、古代神話の彫像によって装飾された建築群が、浮かび上がり始めている。

── 文字列と音律とは、旅人たちの前で、止まることなく紡ぎ出されてゆくのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

Hildegard von Bingen - O Jerusalem