ここに掲載した写真はすべて、上海、静安周辺の1997年8月のものだ。

現在では急速な都市化により、ここでもまた古い建物は次々に取り壊され、高層ビルが次々に建てられ、人々の生活は激変していった。
この写真にある多くのものが、中国史の中に組み込まれてしまったのだ。


なお、次の記事は本編の姉妹編。農村部からの報告だ。
 

 


 

 

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■ 取り残されたエリア

仕事を終えた後でも、夏は日が長い。
時間が空いていれば、ほとんど毎日のように夕暮れ時の上海の街をめぐった。
上海の夏は非常に蒸暑く、熱の遠ざかり始める時間帯でも、まだまだ蒸暑さが残っていた。

街は開発が進み、膨大な数の高層ビル群が林立していた。
しかし、それらの高層ビル群と隣り合わせに、昔ながらの古びた建物はひしめき合っていた。
 
暗くなれば、街の明かりの中に蝙蝠の群舞が浮かび上がる光景も見られた。
明かりの中に羽虫が集まってくる。蝙蝠はそれを餌にしている。街中とは言え、夏には多様な生命の活動がそこにはあるのだ。

 

 

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■ 路地にある小さな店
 
建物と建物の間の路地に入ると、長椅子を置いただけの食堂(?)があった。
長椅子の手前、道路に面した所には「面」と書かれたベニヤ板が置かれていた。「面」とは「麺」のことだ。
まだ中学生ぐらいの店番の少女が私に気がつき、声をかけてきた。
「ニ ーハオ!」
私はよくそこで、日本円で¥50ぐらいのラーメン(?)を食べた。

彼女は、歌を歌いながらラーメンを作り、作り終わるとそれを私の前に運んだ。そうして、私の隣に座って自分も夕食をとり始めた。
少々驚いた。彼女は自分の食べる「春巻き」を、隣の私にも分けてくれるのだ。
「ありがとう」。お礼を言うと、彼女は嬉しげに、笑顔を見せた。
 
夕食が終わると、彼女は私のとなりで古新聞を広げ、それに1234・・・と文字を書き出し、「ワン・ツー・ スリー・フォー」と声に出して勉強を始めた。
いつも笑顔の少女だった。

 

 

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煙草は、あちこちにある屋台のような露店で買った。
煙草の箱が賑やかに並んでいる露店の前で、椅子に座っている男がいた。

「これくれ」と、煙草を指差すと、彼は人懐こそうな笑顔を見せながらも、当惑したように手を振りながら、なにやら夢中で話している。
しかし煙草を出そうとはしない。それが私にはわからなかった。
「何を説明しているのだろう???」。

ほどなく、離れたところから女性店員が小走りでやってきた。彼女は私にどれが欲しいかを聞き、ふたたびどこかに走って行った。
屋台にあるのはサンプルで、煙草本体を置いてある場所に取りに行ったのだ。
 
やがて小さな女の子が煙草のカートンケースを抱え、満面の笑顔で走ってきた。
その後ろから、母親であろう先ほどの女性店員が、子供を制止するかのように追いかけてきた。
 
女の子は私に煙草を渡すと、男が座っている椅子の隣りの椅子に腰を下ろ し、電卓に数字を入れて遊び始めた。

 

 

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男は、と見ると、椅子に深く座り、ビールをうまそうにラッパ飲みしながら、半目を閉じて、何やら小さな声で歌っていた。
それを見ていると、さっき男が私に何を言ったのか、わかったような気がした。

「お、おれは店員じゃねえ、客だ。だからわからねえ」。(^^;
 
アル中の男はこんなにうまそうに酒を飲まない。
私は、彼の今日一日の、仕事の量というものを感じていた。古い汚れた靴を履いた、陽に焼けた若い男だった。
上海は急激に進む建設ラッシュのために、地方から多くの労働者を集めていた。
 
夏の夕暮れ時の、まだ熱の残る時間帯、私も、冷えていないビールを買った。
そうして彼の近くに座り、かすかに聞こえる歌をそれとなく聞かせてもらいながら、ぬるいビールを飲んでいた。

 

 

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■ 道路の向こう側とこちら側
 
中国の都市において、人の流れというものは、形も不明瞭な大きな波のように感じられる。
 
裏通りを歩けば、信号など関係なしに、人もクルマも、前に進めると判断すれば次々に割り込んでゆく。
道路はどこも凄まじいクラクションの洪水だ。暗くなっても、前照灯ではなくクラクションによって自分の存在をアピールする。
中国では「音」によって、自分の存在や意志を伝達するのだろうか。

人の波は万事このようなもので、人はこの波に呑まれないために、何事にも我先に進んで行かなければならないのか、と思ってしまう。

 

 

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古くからある市街地と道路一つを隔てれば、そこには外国資本によるホテルが林立している。
そこは、先進国のルールというものが確実に生きている世界だ。
外国人たちは、一歩も中国人の生活空間に入り込まなくても、ホテル街の中だけですべてをまかなうことができるのだ。
 
空調の効いたレストランで、日本人同士で夕食をとったことも、何度もあった。
冗談話やなにかで笑いながら食べる「高級」中華料理の味にもまた、得難いものがあるのだ。
 
そこには中国の文化と歴史のエッセンスがあり、数千年にわたって培われてきた、彼らそのものがあるのだ。

 

 

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■ 路上のメロディ
 
それでも時間さえあれば夏の夕暮れ時の雑踏の中に、繰り返し戻って行った。
滞在していた静安からは離れた「曹家渡」というところにまで、徒歩で足を伸ばした。
 
路上に、手作りの竹笛を並べて売っている男がいた。
彼は、立ち止まって笛を眺めている私に竹笛を一本渡し、「吹いてみろ」というような身振りをした。
 
音を出すだけなら、フルートの音は出すことができる。
同じようなものだろうと思い、唇も呼吸もうまく合わせたつもりだったが、ただ空気が漏れる音がしただけだった。男も私も一緒に笑った。

私はその笛を買い、代金を払いながら、「今度はあんたが吹いてみなよ」と挑発?してみた。
彼は、渋みのあるきれいな音で、少しばかりのメロディを奏でてくれた。
私は驚嘆した。「最高だ!」。
私はその笛を片手に持って、街を歩いたのだ。

 

 

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雑踏の人の波と、そこに満ちる喧騒。その混沌は、あるいは泥流に近いものがあるのかもしれない。
しかしそんな喧騒の中にも、泥流の中の砂金とでも言えるものが確実にあることを感じていた。
 
どこに、何の喜びがあるのだろう、しかし確実にあるであろうそれを、夕暮れ時に探しに行っていた。


■ 再会!
 
帰国する日も近づいた頃、本屋で「聊斎志異」 を見つけた。
「聊斎志異」とは、人や神仙、幽霊、妖怪、動物、花の精などがともにあって、さまざまな不思議な世界を織り成す、中国特有とも言える伝説物語集だ。
 
店先でぱらぱらとページをめくると、人々や妖怪の類が、色彩豊かな挿絵となって満載されていた。絵を見ているだけで楽しい思いがした。

 

 

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その本を買い、そうしてふたたび路地の長椅子のラーメン屋に行った。
その日は野菜炒めを食べたかったので注文すると、少女は、横の建物の二階に行くように言った。
 
狭い階段を上がると、薄暗い裸電球の灯る部屋には、大きさも形もまったく異なるテーブルが二つだけ置いてあった。
横には白黒テレビがドラマをやっており、一階の少女の父親らしい男がそれを見ていた。
 
注文した料理を食べた後、「これ、なかなかうまい」というと、彼は、はにかんだような笑顔を見せた。
階段を降りると、少女がいつもの笑顔を見せた。
笑顔を見せながらも、私が持つ「聊斎志異」が気になるようだった。
 
聊斎志異は興味半分に買ったようなものだった。
どうせ持っているだけで、一回目を通したら、ふたたび見ることもないかも知れないと思い直し、少女にプレゼントした。

彼女は驚いたような笑顔を見せた。
そうして、笑顔のままでひとしきり、私には解りにくい言葉で早口にいろいろと話しかけ、最後に「再会!」と言った。
一般的な中国語なら、別れの言葉は「再見」だが、上海は「再会」というのだ。

 

 

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「再会」。
広大な中国において、この言葉は決して軽い言葉ではないのだろう。
いつも笑顔だった、長椅子のラーメン屋の少女。
屋台の前でビールを飲みながら、目を閉じて歌を口ずさんでいた男。
その横で、電卓で遊んでいた子供。
路上で竹笛を売り、私に笛のメロディを聞かせてくれた男。
私に笑顔を見せてくれた人たち。「再会」を思う人たち。

夏の夕暮れ時の上海。熱の遠ざかる時間帯、最後の日まで私は街を歩き続けていた。

 

 

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静安は、下図(当時の上海地図)の、中央左寄りにある。

「曹家渡」は地図の左上、川があるあたり。

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江南春色・二胡演奏による中国歌曲

 


■■■ 撮影はフィルムカメラによる。以下、使用レンズ。
SMC PENTAX-A 1:2.8 24mm
SMC PENTAX-M 1:2.8 35mm
SMC PENTAX  1:1.4/50
SMC PENTAX-M 1:2 85mm