浜辺は白くひろく、秋風は白く涼しく、かなた水平線と天空との境界は、いまは定かではない。
淡い曇り空の下に、打ち寄せる波。
浜辺は人が立つ側にあり、だが水平線と天空との境界は定かではない。
白い浜辺、遠くを歩いている人の姿。長い間には、風の中に足跡は消えていく。
風化という言葉が面白い。
風によって化するのか。それなら、「なにが、なにに」、化するのか?
── 人の歩んだ軌跡が、「人がいてもいなくてもある」砂浜に化するのだ。
名も知らぬ植物が、浜辺にひろがっている。
植物によって風は遮られ、風の流れは変わり、砂面はそれに合わせるかのように、わずかではあってもその形を変えていく。
もとの砂浜が植物によって、異なる姿に、わずかではあっても化してゆく。
それは、人知においては、カオス的な系としか説明できない個所に収束していくのだ。
遠くを歩いている人が、こちらに向かって手を振っている。
それに合わせて手を振る。
波の音がひびいている、たがいにかわす挨拶のように。
それは、片側からもう片側への挨拶ではない。それぞれに同じくひびいている挨拶なのだ。
波打ち際に連なる足跡。
どこかに向かうための直線は、無数の軌道修正によって直線となる。
秋の夜、帰宅途中の路上。
日々の疲労を街灯は照らしている。そんな光の下、路面には影。
街灯の下、路面を秋の虫が足早に歩いている。
思いもよらず、草のある場所から歩道に飛び出してしまったのだろう。そうして、本来の居場所である草むらを探しているのだろう。
だがその虫が進む方向は、車道側だ。
指で軽くはじいてやり、虫の進路を反対側に、つまり草むら側に向けようとする。
しかし虫は方向をすぐに反転し、なにかの意志を持っているかのようにふたたび車道に向かおうとする。
── 運が良ければ、車をかわしながら、求める方向にそのまま進んで行けるのだろう。
あるいは、あらたな場所で、それまでそこにいなかった種としてふえてゆくのかもしれない。
── カオスの夜闇。無事に車道を越えることができればだ。
潮騒が聞こえる。かなたに手を振る人の笑顔が見える。
同種、同族。
カオスの夜闇を超え、おなじ風に吹かれ、おなじ言葉を知り、おなじ風景を見つめ、そんな浜辺で邂逅する。
人と人とのたましいは邂逅し、勾玉と勾玉とは対になり、円となる。
ひとつの勾玉が傷つき、痛み、病み、ゆがみ、濁っても、対にある勾玉によってふたたび本来の姿を取り戻す。
おなじ風の中に立ち、おなじ挨拶の言葉に喜び、おなじ潮騒の中に邂逅し、そこで黒死病の狂気の影は、潮騒の無垢の中に消えてゆく。
PIERRE DE LA RUE - Missa Pro Defunctis "REQUIEM"
- Martin Behrmann - [Vinyl record]
淡い曇り空の下に、打ち寄せる波。
浜辺は人が立つ側にあり、だが水平線と天空との境界は定かではない。
白い浜辺、遠くを歩いている人の姿。長い間には、風の中に足跡は消えていく。
風化という言葉が面白い。
風によって化するのか。それなら、「なにが、なにに」、化するのか?
── 人の歩んだ軌跡が、「人がいてもいなくてもある」砂浜に化するのだ。
名も知らぬ植物が、浜辺にひろがっている。
植物によって風は遮られ、風の流れは変わり、砂面はそれに合わせるかのように、わずかではあってもその形を変えていく。
もとの砂浜が植物によって、異なる姿に、わずかではあっても化してゆく。
それは、人知においては、カオス的な系としか説明できない個所に収束していくのだ。
遠くを歩いている人が、こちらに向かって手を振っている。
それに合わせて手を振る。
波の音がひびいている、たがいにかわす挨拶のように。
それは、片側からもう片側への挨拶ではない。それぞれに同じくひびいている挨拶なのだ。
波打ち際に連なる足跡。
どこかに向かうための直線は、無数の軌道修正によって直線となる。
秋の夜、帰宅途中の路上。
日々の疲労を街灯は照らしている。そんな光の下、路面には影。
街灯の下、路面を秋の虫が足早に歩いている。
思いもよらず、草のある場所から歩道に飛び出してしまったのだろう。そうして、本来の居場所である草むらを探しているのだろう。
だがその虫が進む方向は、車道側だ。
指で軽くはじいてやり、虫の進路を反対側に、つまり草むら側に向けようとする。
しかし虫は方向をすぐに反転し、なにかの意志を持っているかのようにふたたび車道に向かおうとする。
── 運が良ければ、車をかわしながら、求める方向にそのまま進んで行けるのだろう。
あるいは、あらたな場所で、それまでそこにいなかった種としてふえてゆくのかもしれない。
── カオスの夜闇。無事に車道を越えることができればだ。
潮騒が聞こえる。かなたに手を振る人の笑顔が見える。
同種、同族。
カオスの夜闇を超え、おなじ風に吹かれ、おなじ言葉を知り、おなじ風景を見つめ、そんな浜辺で邂逅する。
人と人とのたましいは邂逅し、勾玉と勾玉とは対になり、円となる。
ひとつの勾玉が傷つき、痛み、病み、ゆがみ、濁っても、対にある勾玉によってふたたび本来の姿を取り戻す。
おなじ風の中に立ち、おなじ挨拶の言葉に喜び、おなじ潮騒の中に邂逅し、そこで黒死病の狂気の影は、潮騒の無垢の中に消えてゆく。

PIERRE DE LA RUE - Missa Pro Defunctis "REQUIEM"
- Martin Behrmann - [Vinyl record]