欧州において、たとえばアルチュール・ランボーが、その詩「母音」で、母音それぞれの「音」を定義している。

さて U は周期なり、緑なす海原の、神さびしわななきなり、
獣たちやすろう牧の平和なり、錬金の術をきわむる
博士らの額の皺の平和なり。(「母音」から:堀口大學訳)

そんな発想自体が、彼の天才を証明するものとされるのだが、「古き東洋」を知る彼は、「言霊」を知る者だったのだろう。


平仮名は、単独では意味を持たない「表音文字」である。
しかしそれは、漢字という、単独で意味を持つ「表意文字」を変化させたものでもある。

同音の漢字が数多くあるにもかかわらず、「なぜその漢字が選ばれたのか」。
ここで、母音のオリジナルとなった漢字と、その意味を併記する。


【あ】 安
価値が低い。「少なさ」ゆえの穏やかな状態でもある。
安もの。安価。安心。安全。安らぎ。

【い】 以
位置や手段の基点となるもの。
以前。以外。以下。以北。~を以て。

【う】 宇
家を覆うひさし。天に覆われた世界。
堂宇。宇宙。気宇。

【え】 衣
まとうもの。外装となるもの。
衣服。脱衣。
糖衣。

【お】 於
行為のなされる場。全体の中での、限定的な関連を示す。
**に
於ける++。

ランボーが気がついた「母音の持つ概念」が、ここにもあるのである。

同音の漢字が数多くあるにもかかわらず、「なぜその漢字が選ばれたのか」。

「言霊」への畏怖と敬虔さがあった時代だ。
その「音」は、単純に音としてだけあるのではなく、それぞれにかならず、存在レベルでの概念があることが信じられていた。
それが言霊だ。

言霊を知り、平仮名を発明した者は、まず単音の「音」の発音から、概念的なニュアンスを捉えた。
そうして、そんな「単音」それぞれが持つ固有の概念に応じた漢字を探し、選択したと考える。
なぜか。「言霊」への畏怖と敬虔さがあった時代だからだ。

それなら、「音」にある概念とは、「発明されたもの」というよりも、「見つけ出されたもの」と言えなくもない。


単音から、単語そうして文章は成り立っていく。
概念レベルで確定した「音」は、「人為によって」
組み合わせられ、単語となる。
単語群は、文法という「法」の上に関連を持ち、そうして文章として、まるで開花するかのように爆発的に成り立っていく。

これは、「ドレミ」が音楽になる過程と同じである。

音楽にも文章にも共通しているものがある。あるいは、要素レベルでは同じものなのかもしれない。
単音は固有の概念を持つ。そうしてそれはリズムの上に体系化される。
だからこそ、音楽も文章も生き、その意味を持つ。



もっとも基本的な要素である「音」に対する畏怖、そうして敬虔さ。
それが、いまブラックボックス化している「平仮名」という表音文字を、表音文字として成り立たせたのだ。


なぜ言葉は、民族全体に普遍的に用いられることが可能なのか。
それだけの強度を持つからである。
ここでの強度とは、「音」という要素が「単なる記号」ではなく、生きた概念を同時に潜在させていると考えると、わかりやすいだろう。


表音文字である平仮名を発明した者たち。彼らは単音にある概念を、そうして言霊を知る者だった。
それなら彼らは、「神は言葉であった、言葉は神であった」の意味を知る者たちでもあったのだろう。




J.S.BACH " Organ Chorale " BWV1092 - BWV 1104 - Werner Jacob



◆リンク
キマイラ化の防衛 - 詩文を守る「六義」
おなじ顔を持ち、異なるもの - 同音異義語という文化
音楽 - 自分がいたはずではない場所
イリュミナシオン - 戦争 (アルチュール・ランボー) 【超訳】 ▼
イリュミナシオン - 断章 Ⅰ (アルチュール・ランボー) 【超訳】  ◆
【超訳】 永遠 (アルチュール・ランボー そうして東洋)
【超訳】 萬葉集 巻十 (2333) 柿本人麻呂