9年ぶりの再会と、わかばでむせ返る部屋と。 | GreenCherries'Diary

GreenCherries'Diary

biceのこと、自分のこと。
思い出したこと、思い出したいこと。

自宅から10分、自転車をとばす。

昨夜畳んだ大量の洗濯物を詰めた紙袋と
母が用意した煮魚とごはん入りのタッパーを持って。



ドアを叩く。出てくるわけもない。
渡された合鍵でドアを開けると、
そこには雑然とした空間が広がってた。

きついたばこの香りでむせ返る部屋。
不釣り合いに立派な空気清浄機的なやつ。

無音のテレビと向き合うように、
父が座ってた。

所在なげに壁に寄りかかって。
もう懐かしくもないほどの
古くてばかでかい工業用ミシンのそばに。



何度も想像しては消した顔。

9年という時間のせい?
その姿はやつれすぎて、
誰だかわからないほどだった。

けれど、ショックというほどの感情には
ならなかった。

去年の夏に倒れて運ばれて以来、
呼吸も苦しくなったらしかった。
鼻の下には管があって、
それが奥の部屋まで長く長く続いてた。



本当はこんなタイミングで会いたくはなかったのだけれど。

わがままで退院した後も
母は週に2回、3回と この部屋を訪れていて。
その母の様子が最近変わってきていて。
このままこの状態を続けるのは難しいと思ったから。

事故に遭って以来、求職もうまくいかず、
どうせひまな身分だったから。
私が行って、少しでも母の負担を軽くできればと。
そう思った。



20代全てを費やした長い空白。
変わり果てた父と変わりすぎた私。

沈黙が続いて当たり前だと思った。
だからひと通りの作業をしたら帰ってこようと思ってたのだけれど。

尋常じゃないコミュニケーション力と、
火事場のひらきなおりパワーと。
この9年で身につけた長所が私を助けてくれた。
こんな状況でもすらすらしゃべる自分が可笑しくて仕方なかった。



持ってきた洗濯物の置き場所を聞いて、
煮魚とごはんをテーブルに用意して。

ごみを集めて、空き缶を集めて、
皿を洗って、三角コーナーのネットを取り替えて。

お風呂を沸かして、着替えを用意して、
歯ブラシ・歯みがき粉・ボウル、
あの頃と同じ3点セットを用意して。

一緒に暮らしてた頃から足は不自由だったし、
言葉足らずで伝わらないのも昔からだったけど。
そこに呼吸の苦しさによるしゃべりにくさが加わったから。
意思の疎通がとりにくく、ひとつひとつの作業に時間がかかった。



「早口だから急かせてごめんね。」
「ゆっくりでいいから。」

父がむせるたび、他に言えることがなくて
何度も何度も繰り返してた。



もっと恨みとか憤りとか
負の感情が湧いてくるかもしれないと思ったのだけれど。

目の前の人と私の関係がなんだかよくわからなくなってきて。
とても9年ぶりの感動の再会なんて空気も感じられなくて。

話のわからない身内でなく 私に好意的な他人、
そう思えてしまったら、
全ての感情は穏やかさへと向かった。

もうぶつかることもできない。
言いたかったこともひとつも見つからない。
悲しい気持ちもあったはずだけど。

強靱な精神力がそれをおさえつけて、
感情が心まで届かないみたいだった。



皿の置き場所とか 鍋に入れた水の量とか
他人には理解しがたい細かな点にこだわる。
悪いところ。

小さな声で短くしゃべった後、
『ありがとう、ありがとう』と正確に2回繰り返す。
良いところ。

時が経とうが、体が悪くなろうが、
父は父のまま、長所も短所もなにひとつ、変わってなかった。

あまりにも変わってなくて、
この9年はなんだったのだろうと、
人生を憂うような気持ちにもなりかけたけど。

もうそんなには私も若くはなかった。

結局自分はこういう出だから、とか思うでもなく、
ただやるべきことをこなして、
言うべきことは言った。



「今もハイライトなのか」と訊ねたら、
『高いからわかばにした』と。

「体に悪い」と言ったら、
『減らしてはいるけど、やめるとお通じがない』と。

「でも心配になるからやめてほしい」と
「ヨーグルトとかフルーツを摂ってれば治るよ」と
言葉を重ねたら、
目線を反らして黙った。

あの頃と同じように。



「テレビの音は出さないの?」と訊けば
『人が来る時は消してる』と。

「お父さんいつもラジオ聴いてるイメージだったから」と言うと、
『夜はずっとラジオ聴いてる』と。

『NHKのラジオ深夜便を聴いてる』と言うから、
「自分も最近それ聴いてるよ」と伝えた。

こんな人と同じもの聴いてるのは嫌だ、とかは
そんなに思わずに済んだ。



帰るタイミングがつかめなかった。
口数は少なかったけれど、もう少しいてほしいのだろうと、
そう感じられたから。

『兄貴たちも死んだし、
 俺もそんなに長くはないと思うから』

唐突に言われた言葉。

「お姉ちゃんも自分も30代入って、
 自分の人生ちゃんと考えるようになってきたところだから、
 もう少し生きてくれないと困るよ」

自分の本当の気持ちなんて見えなくなるほど
すらすらこたえてた。

「せっかく生きてるなら快適に過ごした方がいいから」

そう言って、近日中に掃除しに行く約束をした。



たまった洗濯物を袋に詰めて、
ごみの入った袋を持って、リサイクルに出す空き缶も持って、
玄関へ向かった。

「じゃあお大事に」
「また来るから」
「お風呂消すの忘れないでね」
「お邪魔しました」

精一杯思いつく言葉を重ねて、家を出た。




夜を当たり前に過ごして、朝を迎えた。

あの部屋の洗濯物とこの部屋の洗濯物を一緒に洗ったら、
たばこのにおいでとんでもないことになった。

くさい洗濯物を洗い直しながら、
ふとんを干して、掃除機をかけた。

わかばのせいで、体がかゆくてたまらなかった。
昨夜録音したラジオ深夜便は、聴く気にならなかった。



なにげなくかけた曲。
SOYの「Sweet Season」
山弦の演奏、祥子さんの歌詞。

https://vimeo.com/41978641

♪さよならSweet Season
 子供じゃないし 若くもない
 間違いも 正しいこともない

 さよならSweet Season
 大人みたいに 許しあって 生きるなんて
 悲しいことだね


大好きなフレーズが近づいた時、
少しだけ泣いてる自分がいた。