ただいまイタリア旅行中。
いま 私は
イタリア(外国)にいて
農場の屋根裏みたいな部屋
斜めの天井の下の ベッドに横たわって書いてます。
(ガン寝する娘の隣です。下にもベッドはあるけれど会え上でねたい娘と私)
周りは
数えきれないほどの丘や谷が
あらゆる方向へ伸びていて
そこここに
動物が無数にいる。
そんな中にある古くからのファーム。
田舎の環状道路
そういうとこ走ってると気によく見る 脇道を入ってしばらくいったとこにある農家に宿泊中。
家から外側には 牛や馬やロバや鶏
建物の周りには 無数の猫と
大きい犬と中くらいのと、小さい犬。
昨日書いたローマの都会の治安や喧騒なんかはもう
世界の果ての遠い世界に話みたいな空間。
そこで読んだのは、レイモンド・カーヴァー
「夜になると鮭は、、、」
読んだ人にはこれが
どんなにしっくりくる組み合わせかわかると思う。
平らなところで
四角い建物の中
制度に囲まれて それでどうするか
そういう生活で 見失いがちな本来の感覚、、。
そういうのとは対照的な 本質に触れる感覚。
そういう本当の自分の感覚が
戻ってくる感じがする。
彼が切り取る
ほんのすこしの場面。
でもそこには 研ぎ澄まされた感覚を持って感じられる
重要な何か
それを表す
そういう場面となっている。
(言うなれば 和歌が短い文章でも革新と
全体を映し出すような感じ)
普通 作家はそれを表すのに
長い文章を要して
何かのお話などにして
本来見せたい シェープのようなものの
だいぶ外側からそれを浮かび上がらせるのに何かをする
でも彼は
そのシャープをそのまま または本当にその描き出したいもののすぐ外側で
描き出せる才能があるのがわかる。
そうして思い出す
最近は 小説とか話の流れや内容のの好きなもの 楽しむようになっていたけど
本来私は そこに潜む 心や感覚に引っ掛かるもの がある作品が好きだったこと。
それが私の本来の読書や音楽を聴くスタイルだったということ。
多くの「好きな本」
ではその心に 何か引っ掛かるもの
が 一冊の本の色々な場所に散りばめられているけれど
彼の文章は全てが特別に引っ掛かる、、、感覚を刺激されて きらめく何かでできてる。
それだけで。
全てが何か重要なものを映し出す
特別な曲がり角で
重要点で 重要なライン
そういうものだけでできている。
時間がないのでまとまりないけど
農場の記事は次回。
仕事中の犬たち。




