私は 基本テーブルは何もない状態にしないと落ち着かない。
娘にも普段はそういうのだけれど、、、
今のうちのテーブル
娘が
部分部分の窓を作り
その部分の絵を書いて
あと はったり
全く違う素材で作ったりしている。
紙はA3よりもさらに大きなサイズで
かなり大きなプロジェクトのようである。
流石に
これはテーブルからピースピースを片付けて 場所も変えてしまうと
何かインスピレーションみたいなものが失われそうで
片付けられない。
これは別に宿題とかではない。(もちろん)
ちなみに これは別で学校で作ってきたもの。
個人的には
こうして 影も入れて撮ると面白いと思う。
とにかく作風というか
根本的な何かが
イギリスにいた時と違うので
もしかしたら 良い美術の先生に会えたのかもしれない。
図工の先生は
一度二度見たことがあるけれど
とても気が弱そうで
静かそうで
物事は言葉ではなくて
何か中で考えていそうなタイプの先生だった。
イギリスで使っていた
木の箱の 質の良い色鉛筆を持ってくればよかった。
そういうものを理解してくれそうな先生だと思う。
人生は
感覚の広がりも含めて
人との出会いだと思う。
私は基本的に 小中高を通じて
美術の先生と仲が良かった。
言語的な情報をどうこういう人よりも
そういう人と関わるほうが居心地良かったから。
妹はそういうものに興味がないタイプだったので、元私の担任の美術の先生が妹の担任だった時 自宅の訪問で 先生は私の話だけをして帰ったと両親に聞いたことがある。
当時 詩や絵画の作品をクラスや学校から選んで 都に出すというものがあった。つい先週聞いたけれど、私の担任がアート系の先生でなくなった時(私は学生時代の多くを通して担任がアート関係の先生ばかりで違ったのが1-2回)の先生から、「みんなに『平等』に機会を与えるために」〇〇さんの出品を今年度は申し訳ないが控えさせてもらってもいいか? と言われて 渋々OKしていたらしい。(知らなかったし まずその都展に出されていたことも そこで賞を取っていたことも当時から私はあまり気にしていなかったので。別にであるが、、、
私は高校まで人とさほど上手くやれていない部分があったが(いじめとかじゃない) 特に教師が介入してくれたこともなかったけれど 今考えれば それを別に『問題』と考える担任でもなかっただろうとおもう。
私も たいがい 影響を受けて
ここまできたのだなと思う。
今 短歌のプロをしている人を親に持つ友人ができて
さらに娘のお気に入りのお菓子屋さんはシュタイナーの教育を受けているお母さんと娘さんがいる。どちらもすごく興味あることなので嬉しい❤️


