さて

肩を外して 約2週間になります。


日本と英国の違いで感じたのは とにかく

痛み止め!!!

原因よりも痛み止め!!!


モルヒネまでもらいましたが

日本人の私にはなんだかその 痛みから 全速力で逃げよう!という姿勢が違和感がありました。


医療従事者に会えば 痛みのことを詳しく聞かれます。

肩のアライメントがおかしいなら どういう時にどういう痛みが出るか知り 仕組みを考えたいし


そもそも痛みっていうのは 何か異常事態のサインであって 痛みがひどい方向には動かさない方がいいよと体が教えてくれているはずなので 痛みをある程度感じることで 悪化を防ぐ助けにもなるはずです。ねれないほどの痛みでなければある程度痛みを感じたいというか、、、、。


いずれにしても

医療従事者のこちらでの姿勢が

「痛みはあく!」

「少しの痛みからもすぐ逃げよう!」

「痛みを取り除くのが仕事!」


という雰囲気です。


そしてそれに比して 根本的に起こっていることを早くどうしよう という意思が日本と比べて弱いように感じます。


極端な例を挙げれば

実際 コミュニティで働いていた時

肩が脱臼したままで

持続的な痛み止めが投与されるものを埋め込まれている人を何人かみました。

(片麻痺などの肩関節脱臼を なおしようがない人ではない人でです)


船で例えるなら 穴があいた船に水が入ってくるとします。※痛みの例えとしての水


私なら

水(痛みの例えとしての)が入ってくるのをなぜか調べて 穴を見つけて

穴を治して水が入らなくしたい!

(日本人的考えのようです)


一方で イギリスの方法は

全力で水(痛みの例え)を掻き出すことに精一杯!

でも それに精一杯で どうして水が入ってくるかを見るのは二の次、、、、(検査もしばらく、、、数週間まったり)

したがって その原因である船底の穴を塞ぐ(肩脱臼を治す)のは まただいぶ先 という感じです。


とりあえず 痛みから逃げるのが患者の最優先事項!!って感じです。


でも

落ち着いて それをよく見よう という感じはあまりない。


誰も皆 痛ければすぐ 痛み止めを飲みなさい

という基本的スタンスな気がします。

時に なんだかそれは 大事なものに目を隠す感じで私はスッキリしないというか、、、、。

そこに何があるか みたい気がするのです 

そしてそれは 多少痛みに耐えないと見えないような、、、、、


日本人的なんですかね。


と まあこれは前振りです。


この本のこと書きたいけど 本の要約が多すぎる と法的にまずいですよね。 そんなわけで ある程度フリを長くしてみました。

いやまあ ほんとの気持ちですけどね。




今現在 この大流行りした本を読んでます。


第二課の題名は 

「Running from Pain」


今の教育が 家でも学校でも

子供が失敗して不安になったりストレスを感じるのを排除して いいところだけを見せる(優しさとして) 好きなことをさせてあげる 強みを伸ばす という素晴らしい教育、、、、少しでも子供がストレスを受けていると 心理療法の対象として救おうとする 「優しい」現代的なコンセプトがあります。


しかし 

作者は心配になるのだと 警鐘を鳴らします。


I worry that we have both oversanitized and over-pathologized childhood, raising our children in the equivalent of a padded cell, with no way to injure themselves but also no means to ready themselves for the world.



「私たちは、子供時代から『不快なもの』を徹底的に排除し(過度に殺菌し)、すぐに『病気』だと決めつけすぎてしまったのではないか、、、その結果、子供たちをいわば “padded cell”『自分を傷つけないように壁にクッションを敷き詰めた保護室』(※精神科などによくある)の中で育てているような状態になっています。そこでは怪我をする心配はありませんが、同時に、外の世界へ出るための準備を整えるすべもありません」



経験がない故に あらゆるタイプの不快感や 挫折への耐性を育てることができないのです。


さらに ある意味メタファーであり しかし事実でもある 実際の痛み 

それを薬でを避けまくる現代の在り方にも警鐘を鳴らします。


かつて 敵鉄な量の痛みはかえって 治療に有益だとされていました。実際 適量の痛みが治療をスピードアップさせるのをみてもきました。

しかし

対照的に今の医療では 医師は少しの痛みも取り除くのが仕事となり そのために 「気持ちを良くさせる薬」を大量に出すことが医療となり、、、

その終着点として

2012年には 総量として全てのアメリカ人がボトルいっぱいに持てるほどの opioids が処方され そのオーバードーズによって死んだ人が 車事故死よりも銃による死よりも多いのです。



こうして 様々な方法で痛みから逃げる中で

私たちは 

本来持っていた 不快感をモニターする力を失っていき、故に常に何かで自分を楽しませて 自分自身を直視しない習慣をつけてきたんじゃないか。


今 多くの人が痛みから/自分自身から 逃げに逃げていて その方法が ネットだったり SNSだったり そして時に依存症と呼ばれるドラッグやお酒だったりするのだろうと。


しかし 実際のところ

痛みを避けるために依存しているはずが 

(依存者の考え⭐️痛み(depression) → これを避けるために 依存して紛らわす(と信じてる))


依存症人ではその依存物を4週間断ってみると、、、。


それまで見ないようにしていた自分に向き合った時

本当の解決へとつながって 

80%の人が 依存で押さえ込んでいると信じていたdepression が消えてしまうというパラドックスが起きるそう。


依存することで とっていた 苦しみを見ないようにするというより それを痛みとともに正視した 解決ができる場合が80%もあるということなのでしょう。



長くなってしまいましたが

なんか 自分が引っかかっていたのはこういうことであちゃように思って スッキリしました爆笑爆笑爆笑


あと

今の(特に西洋の?) 褒めて伸ばそう教育の

リスクみたいなものも私はすごく共感できました。





2かはこう 締め括られます。


“The reason we’re all so miserable may be because we’re working so hard to avoiding being miserable”




まあ 全く眠れないほどの痛みに ずっと耐えるのがいいって意味ではないし オペの時はもちろん出産時も痛み止めに賛成はですけどね。全ての痛みを隠すのがベストではないかなーって気がします。



さらに3課では

この痛み、避けるために喜び楽しみを見つけがちですが 実はこれがかえって、、、、、


ということを 神経物質や 過去の実験等も通じてわかりやすく解説してくれます!


体力あったらこっちも解説します。

問題ない範囲でご紹介したいと思います〜。


でもよかったら 読んでみてください

多分 自分にも子育てにも いろいろ役立つような気がします〜。

(私もまだ完読してないので 読み切りまーす)