今日は娘のパスポートのために

ロンドンのイタリア大使館に行ってきました。


30分ちょい早くついたので

休むとこ探してると

(あとトイレも探してた)


おしゃれなデリ発見!!!



入って


ラテと


Peinirli

ってのを注文。


ラテも苦めで美味しかった。


これが


Peinirli


驚くことに 焼き立てできた!!!!

オーダーされてから焼いてると思う。


写真だと伝えられないかもですが


パンが熱々 カリカリ!

美味しすぎる〜❤️❤️❤️❤️

具も熱々!!!!!


日本の惣菜パンに通じる感じです。



が後から

Peinirli

調べてみたら
名前はトルコ語が起源と出てきました。

え?!ギリシャ料理じゃないの?!とちょっと混乱
気になったので調べてみたら 世界史勉強になりました!!

よかったらみてください。↓

語源 トルコ語


「ペイニルリ(Peinirli)」という名前の語源は、トルコ語の「ペイニルリ (Peynirli)

  • Peynir(ペイニル):トルコ語で「チーズ」

  • -li(リー):「〜付き」「〜がある」

→ 直訳はトルコ語で「チーズ付きのパン


料理の語源はトルコ語



このややこしい 語源とどこの料理かの複雑なの歴史は「アナトリア地方」の歴史のためでした。


歴史的ルーツ アナトリア地方の「ピデ」


ペイニルリの原型は、トルコ料理の**ピデ(Pide)という舟形のパン。

🌟アナトリア全域で非常にポピュラー

🌟特に黒海沿岸の地域(トラブゾンやサムスンなど)では、チーズや挽肉を乗せた舟形ピデが古くから作られてきた →これが、現在のペイニルリとほぼ同じもの。


アナトリア地域

私は無知で知りませんでしたが 歴史的にすっごい重要な場所。「小アジア」と呼ばれるそうです。

写真の赤く囲まれたところ。

アジアとヨーロッパの間で昔から大事な場所!


文明が興亡し、東西の文化が衝突・融合を繰り返した「歴史のるつぼ」だったそうです。


歴史がすごい

古代は紀元前2000年ごろ ヒッタイト帝国

(漫画ありましたねー)


(小学館公式ホームページより)


 ↓

古代ギリシャの都市国家になり

※ヘレニズム期からローマ時代まではほぼギリシア文化・ローマ文化が支配的


 ↓

その後いろんな国のが支配 

フリギア、リディア、ローマ帝国

 ↓

4世紀以降

東ローマ帝国(ビザンツ帝国)の中心地になる。

キリスト教文化の中心地!


 ↓

11世紀以降 中央アジアから テゥルク人が流入。

(後のトルコ人) アナトリア文化が イスラム文化になって行く

 ↓

オスマン帝国の本拠地として20世紀まで

 ↓

現在 トルコ


そんなわけで この地域が 時にギリシャの中心

そして現在トルコの中心

なので 結局この料理も両方からのもの ということのようです。 何でアナトリアの名前 あんまり世界史で聞かなかったんだろう?もはや不思議。



  • 第一次世界大戦後

    トルコとギリシャの間で行われた大規模な住民交換が行われる。アナトリア地方に住んでいた多くのギリシャ正教徒がギリシャ本土へ移住!

  • この人たちが 故郷アナトリアの食文化として持ち込んだ舟形のチーズパンが、ギリシャ国内で「ペイニルリ」として定着し、特にテッサロニキやアテネなどの都市部で大衆的な人気を博すようになりました。



    そんなこんなで

    長くなりましたが


    この料理

    トルコ語が語源の ギリシャのストリートフード


    かつ


    今もトルコでも同じ料理が

    ピデとして楽しまれているそう。


    歴史の勉強になる。


    ヒッタイト帝国も

    東ローマ帝国も

    ビザンツ帝国も

    オスマン帝国も

    みんな名前知ってたけど上手く繋がってなかった!

    この美味しいパン(ピザ)のおかげで全部がつながりました❤️❤️❤️



    特に 美味しさが

    ハンパなかったので あのとびきり美味しい味とともに この歴史忘れないと思いますー。