寒いので火に当たりながら のんびり書きます。
皆様 田舎ってありますか?
私は奥飛騨に祖父母と曽祖父母が住んでいました。
曽祖父母の家は 私が子供のころですらも
一階に 囲炉裏がある古民家で、2階にはカイコを買っていた場所があって 外には水車があり
牛も途中までかっていました。
水は天然の湧き水。すごく美味しいのです。
そして 奥飛騨のその辺りでは一般的ですが
温泉は一応水道からでているものの 熱い天然温泉で常に流しっぱなしという状況でした。
(飲水の方は 水道からすらも出ていませんでした)
記憶力の悪い私でも 結構鮮明に覚えていて あのお家がすごく好きでした。
小さいけどあったかいお家でした。
その後、そう祖父母が亡くなって
その家はお寺だったか市だったかに文化保存のために引き取られました。
さて
今日は 出かけた会で
モンゴルの方とお会いしました。
私時々書いてますが 乗馬が好きなのでモンゴルの乗馬旅行に何度か行ったことがあります
通訳さんと 遊牧民の人たちに案内されて
馬で毎日30キロ 50キロを走り
夜は毎日違うゲル(モンゴルのキャンプ)で寝る。
道というものはなくて どこまで広がる地平線(草原だったり草なかったり) もちろん家もないしお店もない そういう中を走り続ける旅です。
頼りは馬と 遊牧民の方の知識と経験
(通訳のガイドさんには一切行き方わからないと言っていました 私たちには本当に何も目印がないようにしか見えません) 天気も気温も 道も時間も経路も 全て彼らが頼りです。
そういう中では、遊牧民にも馬にも 絶大な尊敬と信頼が生まれます。
なんというか とても感銘を受けた体験でした。
向こうの人の生活や 生き様に。
向こうでは 大学出たけど 遊牧民の道を選んだ人にも会いました。人生が幅広い。
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今日会った彼女は若くて
イギリスに来て日も浅く あまり英語が話せないけど はなうのが面白く ゆっくり色々なことを話しました。モンゴルのことや田舎のこと などなど。
彼女は 遊牧民ではなく都市ウランバートルで暮らしているらしい。
しかし私が行った時の話をすると
祖父母は市外に住んでいて
夏は毎年 遊牧民業務を手伝っていたらしい。
(※“Nomadic work”
と言われましたが サッと出てくる日本語が浮かばない!何か良い日本語浮かぶ人は教えてください!)
私は最近(というかもうだいぶ長いけど)の
モンゴルの都市への人口の集中のニュースを見るたび
私は あの遊牧民の生活が文化が
是非ともこの世に残ってほしいと思って止みません。
初めに書いた 私のそう祖父母の家の話と共に
モンゴル文化も残ってほしいという気持ちを彼女に話すと
かのじょが 泣き始めてしまいました。
彼女も 祖父母のしていたような生活が好きであるらしい
でも自分は首都に住んでいて 仕事もあるし
でも あの生活は文化は残ってほしいという強い気持ちがあるそうです。
泣いた彼女を見ながら うちのそう祖父母の住んでいたあたりの話の続きをしました。
私が子供の頃 明らかにその辺りはどんどん荒廃していきました。観光地も仕事もないいので人が出ていきます。
でもその後、エコやら 田舎やら そういうものがもてはやされるようになり 奥飛騨地方自体が結構なブランド名になっていき どんどん観光客も人が増えていきました。
「何もなかったこと」「そんな生活」が評価される時代が来たのです。
だから モンゴルの文化もどうにかいきのびてほしい
そうしたらきっとそういう 「追い風」が来る時が
きっとくるから。と
話すと彼女 本当にそうなってほしいと
さらに泣いていました。
私たちは イギリス人たくさんや
その他色んな国の人もいる中でそんな話をしたのです。ー韓国やイタリアや中国や色んな人がいましたー
でも 多分 その時 私と彼女の中で浮かんでいた情景や生活はそのどれともだいぶかけ離れた世界でした。
私もちょいちょい 英国の買い物や家のヒーティングの「不便さ」など書いてしまうのですが モンゴルの遊牧民にはそういう選択肢ではありません。
自分の持つ最低限のもので あったかい環境を作り(外が0度を切ってもゲルの中はものすごくあったかくなります) 色んなものを手作りし
刺繍やら 料理やら お酒や 時にカラオケやダンスを楽しみます。
私たちが どんどん欲しがって行って 手に入れてきたものー大きな家とかお店で買い物とかー でもそういう中で得られないようなもの をあの文化では最低限の持ち物から作り出していけるのです。
なぜモンゴルであんなにあんなにあったかい室内を保ててたのに 今のイギリスでは クライシスとか嘆いて寒い家で暮らしパンが買えないと嘆く。
色々なルールにがんじがらめのイギリス、、、。日のことも なんなら床をフローリングにするとか階段はカーペットとか 色んなところに「セーフティールール」がありまくります。
モンゴルでは 火であったかい室内が作れて パンだって自分たちでやける ミルクも山羊から絞ってた、、、。
人間にはずいぶん前に あんなにいい方法を手に入れていたのに、、、。
何かが進んだようで 人間関係だけではなくて 実は もっと根本的な色々、能力や方法やを忘れて 失ってきてしまったようにも思います。
モンゴルで何度か見た欧米の方々 バスの中から
遊牧民や景色を見て写真を撮ります。そしてホテルとかに泊まるそう。あの灼熱の暑さも夜の寒さにも触れず、遊牧民とお酒やダンスを交わすこともなく、、、「モンゴルを楽しむ」のだと ガイドさんが言っていました。彼らは彼らの生活様式を維持したまま そこからモンゴルを「見る」だけなのだと。
ここでは、、、イギリスから色々な人が 布教のために 「進んでいない」国々に行くのを聞きます。
「助けるため」に、、、。
宗教のことだけではなく どうかイギリス的な物差しで そういう色々な“本当はもっと合理的かもしれない文化”を 壊さない そういう布教活動であるといいなと思います。
なんだか私も 色んな意味で目が覚めたきがしました。。


