昨日 現代でも隠れキリシタンが海外にいるというのを書きました。


そこからついつい

隠れキリシタンのこと調べてしまいました。


まず 今は「潜伏キリシタン」「隠れキリシタン」を分けて考えるらしいですね。知りませんでした。


潜伏キリシタン

は私たちがよく知る 16世紀からのバテレン禁止令などにより禁教された時代のキリシタンたち。

処刑されることと背中合わせに それでも信仰を続けた人たちです。その期間はなんと250年以上にも及びました。

これらは、

「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」

として 世界遺産に選ばれています。

そして彼らは、禁止令により250年間も司教が不在だったにも関わらず、250年後の開国時に再度宣教師が日本に来たところ 自分たちがキリスト教徒だと告げました。
いまだにキリシタンが残っていたという驚きは、バチカンまで伝えられ
奇跡の「信徒発見」と言われています。
現ローマ法王も2014年にそのことについて触れ、讃えているほどです。
確かにすごいですよね。迫害されて 
隠れながら代々伝えて250年!!!!


隠れキリシタン


長崎市観光リンクより


しかし 私が面白いなと思ったのは
こちらの人々。
日本で キリシタンを続けるためには
仏教徒を装ったり

洗礼を神父がいないので自分たちで行ったり

鮑の殻を 神仏に見立てたり
山や島を聖地にしたり敬ったりしたそうです。

そうしているうちに、だんだんと日本の八百万の神の信仰や仏教など 日本独自の文化と融合をしていったそう。

そして、キリスト教が解禁され
宣教師がきた時。

それまで隠れていた「キリスト教徒」
いわゆる 欧米のキリスト教に帰依していくグループと
逆にそれまで自分たちが作った「隠れキリシタン」を貫く(つまり教会には従わない)グループに分かれたそう。




なんとなく
ローマ帝国軍がイギリス等から撤退した時に
土着の人々との深い関係を築き
そこでの生活に慣れ
結局ローマ軍撤退時にローマに帰らず そこにい続けた人々がいたことを思い出しました。

きっと人は 初めは必要に迫られて始めた生活や習慣
本来の望んでいた環境と違っても
その環境にいるうちに その環境に順応してしまう
そして そこに自分の大事なものが生まれてくる
ってことがあるのだと思います。

キリスト教すらも それは免れなかったと思うと面白い。

ちなみに 長崎でどうしてキリスト教がそんなに長く残ったかというと そこの住民全員がキリスト教徒であったらしい。
その経典のようなものも
江戸時代初め、その地域の70代80代の老人は文章を全て暗記していたのだとか。
す すごい!!
さすが日本人の記憶力!!!


今は イギリスのこの寒さに文句言っちゃう私ですが
長く住んでたら都となって ここに慣れ
日本に帰りたくなくなったりもするのでしょうか?
(キリスト教に戻れなかった 隠れキリスタンのように)

人間の順応力 面白いですねー。


※ちなみに、先日会った上品なイギリス老婦人は、高級老人マンショに住んでました。で「私もう3週間外に出れてないのよ。だってエレベーターが壊れていてまだ修理されないのよね」と言ってました、、、。

特に怒るでもなく、、、。穏やかに。
友人に会ったりお店で買い物したりもできてないらしい 3週間、、、、。
驚き驚き驚き(オンラインで買い物はしてるけど)
これがイギリス!

私 長く住んでたらそんなふうになれるのか、、、、?
いや全然自信ないです。