他の方のブログでちょっと「障害」とかのことに触れていたので 色々と面白かったこと書いてみます。
乙武さんのとう障害ってなに?!
以前見たyoutubeで 乙武さんが言っていた言葉がおもしろかった。
「障害って何?!」
僕手も足もないけど これは障害だと思う?!
じゃあ 腕から先だけなかったら障害?!
じゃあ じゃあ指が一本なかったら?!
じゃあ 逆に腕が3本だったらこれは障害?!
障害について考えさせられる質問で さすが!と面白かった。
この話聞いた時思ったのは知能指数曲線
知能指数曲線
知的障害も天才も単なる統計学。多数決!IQという軸での分布図で中央値からの距離が遠い場合につけた名前に過ぎません。平均より
低い場合は「知的障害」とか「障害」とされ
高いものを「天才」とか「高知能」という。
でも天才と障害って 結局「正常」から出ているだけという点では一緒。まさに乙武さんのいう 足が一本少なかったら?腕が一本多かったら?的な感じです(笑)
だからこの 評価の軸をIQから別のもの に変えた場合全く違う評価結果が出ます。
今は日本でもそういう強みを活かした障害者支援の集団が色々あります。
色々な軸で評価したら?!
例えば美術!
例えば言葉やお金などの概念がない方で
逆に芸術的才能は私たちよりもうんとある人たちもいて そういう人の集団もあります。
しょうぶ学園。
私は国立のアーティストの人に紹介され知りました。
こちらは有名で都美術でも個展を開きますし。言語という概念がないからこそ、別に方法で物事を見て表現でき そのアートレベルは私たちの遥か上を行きます。実際アートとして高く評価され音楽や映像や、その他諸々多くの賞も受賞。
個展にも現地にも行きましたが そのアートの素晴らしさは飛び抜けています!言いたいことがはっきりと本当によくわかったり 違った世界の見方がよくわかったり!面白い!!!
作品のファンはヨーロッパなどでも多く、一着5万円からという彼らの作るシャツは常に売り切れ中。
私もカップを持っています❤️
例えば集中力/こだわり
よく色々な障害ににおいてこだわりが強いことはネガティブに捉えられます。
しかしさまざまな職業ではそれは強みです。
例えば自然派ワインの育成。単純作業を続けなければなりません これにはいわゆる「正常」と言われる人より こだわり続ける人が向いています。
ココファーム
こちらは ソムリエの方達から教えてもらった所。
のワインサミットにもその味で 選ばれ、自然派ワイン好きの方々には味がいいと有名です。私も大好き❤
他にもその一つにこだわる力を生かし 常人にはなかなかできない一日中カラオケの文字のチェックに使っている会社もあります。
ベネチアの秘密保持
中世の時代 ベネチアには多数の重要な書籍がありました。コピー機械もないので全て手で写しますが、外に漏れては困るものも多数。
そこで合理的な彼らがとった方法は識字障がい者(読み書きできない人)にコピーさせること!彼らは形は写せても読めない、理解できない ので セキュリティーバッチリという!すごい裏技!さすがベニス!なんでも本当すごい!
(水の都 ベネチア)
こうなると 結局これらは単に「何かの傾向」 であってそこに良し悪しを与えるのは その軸次第と!
強み とするか 障害 は表裏一体!
ある一つの軸だけで見て その能力が低いからと可哀想がったり同情する優しさみたいなものって
なんだか別の見方で本当はその人の持っている強みや個性や尊厳を むしろ蔑ろにすることにもつながるような気がします。
そして究極のノーマライゼーション
ケンブリッジでの自閉症に関するプレゼンテーションにおいて、究極のノーマライゼーションの精神を見たように感じました。
その発表では、自閉症というのは「何かが足りないのではなくて、本来正常発達の中で消失すべき脳内の細胞が残り、正常とされる人より多い」ということなのだという内容でした。
(実際胎内で余分なものが減って、今の我々の体の形になります。例えば指の間にあった皮膚も消失)試指になる)だからコミュニケーションが苦手だったるするものの 何か特殊な他の得意分野があったらそれは他の人には及ばないような能力であったりもすると。
そこにはノーベル賞受賞者含む天才達も複数来ていました。ケンブリッジの人も ノーベル賞を取るくらい何かに秀でている一方で、コミュニケーション能力その他の生活能力に クエスチョンマークのつく人も多いように感じます。(個人情報になるのでその有名人が都は伏せるとしても) 実際有名な人で他の人に変わり者と言われる人も多い様子。(そして言ってる側も変わってる) さらに 何かに秀でている人から見たときに すごく簡単に見えることが 多くの人にわからないということは ある意味孤独を感じることも多かろうと思います。
天才もまた まさに あの知能曲線の正常の外 であり、そして乙武さんのいう 手が一本多かったら の状況なのである。
だから 演者が
オックスフォード等のデータを出し 知能の高い人が多い地域は同時に自閉症とされる人も多いと!発表し
「まあ 今回あえてオックスフォードのデータにしたけど この傾向はここでも一緒だと思うけど」「あなた達の周りやあなた自身でも変わった人がいてよくわかるでしょう?」と冗談めかして言った時の 聴衆の笑いは本当に 優しいものだった。(多分 ああ自分もちょっと怪しいかもてきな、、、) 今までの人生で一番 本気のノーマライゼーション感じた瞬間でした。
最後に
しょうぶ学園の学園長の講演は一生忘れられません。
今の世の中の「いい犬」って何?人間に都合のいい、自然では生きていけないような 自立しない 強くない犬だろうか?それは単に人間に都合がと評価するだけ。本当のいい犬なのだろうか?
「正常」とされる人々が 我々の「診断基準」なるものを作るけど、彼らは平気で嘘をつく(状況に適した答えをする)。そういう多数の作った世界は戦争や犯罪に溢れている。
それなら 僕たちは彼らの「診断基準」を作ってやろう。
平和 ということを考えた場合 自分たちの方が正直で 何かを手に入れようと人を攻撃したりしないじゃないか。
本当に その通りですね。
色々な軸で見ることで色んな人の良さが見えてくる。
一つの見方だけに囚われないって大事ですね。
気をつけよう!
そして やっぱ神様も色々いた方がいいんじゃないかなーとか
思う今日この頃です。
(初めに書いた乙武さんの記事見たい人ははこちら↓)






