時々

めぐりあわせとしかいえないタイミングで出会うものがある。


今回日本に行った際にこの

「祝祭と予感」を購入。

これは 大人気となった小説

「蜜蜂と遠雷」

のスピンオフ。

ピアノの演奏家の話。


「蜜蜂と遠雷」




そして 飛行機に乗ると

ちょうどこの 「蜜蜂と遠雷」の映画

がやっていて鑑賞。



 



本の良さを知っていてがっかりする映画も多い中

これは本当に素晴らしい映画でした。


主人公:永伝亜夜 も

規格外のピアノ演奏家 風間塵も

全て 想像したままうごく。

(確か前に見た時は、ちょっと説明が足らずわかりにくいのでは?と思った気がするけど 不思議今回は全然感じない。演奏が伝えてくれる)


そして主人公の その曲ごとの雰囲気もそのままで 演奏も想像通りながらもその上をいく。

主人公が葛藤を乗り越え 美しくピアノを弾き

その世界に入っていったのを見た時は

涙が溢れた。


それを 地球を移動して

北極圏を 時間線を超えながら聴くというのは

本当に特別感のある体験でした。




いつも思う

アートって

どこにいても行ける場所。

時間や空間を超えたところにある場所。


音楽であれ 絵画であれ 小説であれ


日本に居ようとも 英国にいようとも

はたまたどこか別の場所にいようとも辿り着ける。



例えば、病気で体が動かなくなった人とも

よくアートの話をしました。

たとえ体が動かなくとも あの場所には行ける

って。

逆に たとえ体が動いても

私たちは やるべきことに縛られて やりたいこと、痛い場所にいつもいられるわけじゃない。

ので 満員電車でもイヤフォンをつければ

その場所に行けるというのは

体が動かない人がそこへ行けるのと似てるような気もする。




芸術に触れるだけで そこへ行ける。


特別な空気に触れ

特別な感覚を感じることができ

特別な部分が目覚める。





何といういいタイミングかで出会えた

この本を今日よんで

その世界に再度入った。


この暗いイギリスでも

部屋に蝋燭を灯し コーヒーを飲みながら

この本を読むと。




その空間が 何かで満たされる。


その 「どこからも行ける場所」

がそこに生まれたみたいに。