実話をもとにした短編ドラマで、介護殺人の話でした。
認知症の母親を献身的に介護してきた息子が、経済的、体力的、精神的に追い詰められてどうしようもなくなり、悲しみと絶望の中で無理心中に至るまでの経緯の裁判ドラマ。
それはとても壮絶なものでした。
介護で夜は満足に寝られないまま、朝になると仕事へ。
仕事から帰れば、休む間もなく家事と介護。
徘徊する母親を探しに行ったり、夜中に排泄の面倒をみたりして、また眠れないまま仕事へ。
それが毎日毎日続く。
仕事ができなくなって、生活保護を申請しようとしても「働けるんだから、働いてください。」と冷たくあしらわれる。
私はこの事例を見ていて、「私が経験してきたことなんてまだまだ甘いほうだな。」と一瞬思いました。
「こんな大変な思いをしている人がいるのに、私ごときが愚痴ってていいのか。」と。
でも、それは落とし穴です!!
人と比べて、私なんてまだまだ…と言葉を飲み込んでは駄目です!
介護でも、育児でも、ハラスメントでも、人間関係でも、仕事でも、嫌だ、辛いと感じているなら、辛いと言わないと、誰にも分からないし助けようもない。
余計な遠慮してたら、本当に救われなければならない人が取りこぼされていくことにつながるのではないでしょうか。
黙って自分だけで抱え込むのは、人に我慢を強いて、痛みを押し付ける仕組みをどんどん強化していくことに、痛がっている人自らが図らずも手を貸してしまうことになるのではないでしょうか。
それは悲しすぎる。
それでは同じことがずっと繰り返される。
いつか取り返しがつかないところまでいってしまうかもしれない。
どのくらい大変かとか関係ない。
誰かに愚痴言ってください。
「それくらいみんなやっている。」とか言う人もいるかもしれないけど、楽々やっているわけじゃないでしょう?
お互いに大変だよね、なんとかならないかねと言い合ったらいいじゃないですか。
愚痴言い合って、共有することだって意味のあることだと私は思います。
そこからだって、始められるよ。

サンキャッチャー創ろうかなと並べて遊んでいました。
ガラスって綺麗。
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