亀梨和也くん主演の映画「俺俺」を観てきました。
ファンなので。
空いてるだろうからと月曜日に行ったら、どうやら運動会の代休で月曜休みらしき小中学生女子に囲まれてしまいました。
一人じゃなくて誰かと一緒にくるんだったと思いました![]()
そんな落ち着かない中で観た「俺俺」ですが、予想よりも気持ち悪く怖い映画でした。
なりゆきでオレオレ詐欺をしてしまった亀梨くん演じる男の前に、名前やキャラクターは違うけれども「これって俺でしょ。」な人達があらわれるのです。
最初は「俺といるのが一番ラクでいいよね。」なんて仲良くしてる。
好みや考えも行動も大差ないから分かり易いし、とっても気楽。
だけども、どんどんいろんな「俺」が出てくる。
気が合うばかりじゃない、「俺の劣化コピー」と思ってしまうような「受け入れ難い俺」とか。
そして、仲間のように思っていた「俺」が敵に変わる時がやってくる。
映画の後で書店に寄り、「生年月日の秘密 佐奈由紀子著(青春出版社)」を買いまして、家で読んでいたら。
「あなたはあなたです。」
・・・って。
「俺俺」を観た直後に「あなたはあなた」って、これ何かのメッセージなのかしらねー。
映画の後だからこそより強く心に残った文章でした。以下、少しだけ抜粋します。
「あなたはあなたです。あなたの心の内を、あなたと同じレベルで100%理解し、あなたの望むとおりにすべて対応してくれて、何でもツーカーでわかり合え、シンクロできる他人など、存在しないのです。」
人はそれぞれ価値観が違うのが当たり前で、同じ言葉、単語を使ってを話していたとしてもそれがまったく同じもの、同じこと、同じ意味合いで通じているとは限らない。
「自分の常識は、相手にとっては非常識」と言われたりもするように、相手に良かれと思ったことが裏目に出ることもあるし、全然わかり合えないことも多々あります。
それは自分自身だけをとってみてもきっと同じなのでしょう。
自分の中にもいろんな面があって、長所や短所、強さや弱さがあったり、時と場合に応じて自分でも知らなかった自分が出てきたり。
そのいろんな顔が勝手に一人歩きしていったら、もう何をしたらいいのか、何を信じたらいいのか分からなくなってしまう。
自分を見失ってしまう。
いつも自分を保って動じない変わらない自分であればいいのかもしれないけど。
結局のところそれはありえないのだと思います。
いろんな自分があるからこその自分。
だからそのときどきで自分の中の声を聴いてあげなくちゃ。
B1 フィジカルレスキュー (画像は和尚アートユニティさんからお借りしています)
<アファメーション>
「私は、すべてです。私は私という存在にすべてを統合します。」
きっと、他人を、世界を認めるということは自分を認めるということなのかも。
自分を作っているもろもろを認められるからこそ、新たな可能性を信じることができるのかもしれません。
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