平常時や他人事だと気にもならなくて、「そういうもんでしょ。」と当たり前のように思っていることでも、いざ自分の身に降りかかってきて初めてきちんと向き合って考えるようになることも多いものです。
義父が入院しまして、お見舞いに行ったら、もう顔を見るなり「退院したい、いつ退院できるんだ、1週間といわれたのにもう既に1週間たってる。」と言うんです。
私たちが帰るまでに20回くらいは退院したいと言ってました。
病気が辛いというより入院生活で憔悴している様子です。
そうだよなあ、これじゃあ精神的に厳しいよなあ、一刻も早く帰りたいだろうなと私も思うのです。
6人部屋で、両脇に挟まれてる真ん中のベッドでカーテン閉めっぱなし。
なるべく出歩かないで安静にしててと言われているので、ベッドで本を読んだり書きものしたりしている様子。
せめて窓際のベッドならもう少し気が楽だろうに。
私はちょっと閉所恐怖症の気があるので、こんな状況では良くなるものも良くならない、心がもたないと思ってしまいました。
義父もアウトドアな人だから、狭くて暗いところ(きれいじゃないし)ではより一層辛いのでしょう。
誰ともしゃべることもないみたいだし。
今まで6人部屋ってスタンダードで当たり前と思っていたけども、真ん中のベッドってやっぱり過ごしづらいですね。
全ベッド窓が見える方向に配置できるような部屋の作りにしたりとか、壁やカーテンの色を優しい色にするとか、少しでも気持ちを楽に休めるような病院、病室にして欲しいものです。
「太陽の光が入らないところに医者が入り込む」というくらい、太陽光や色の力って大きいのですから。
患者さんにも働く人にも良い影響をもたらすと思います。
これまで当たり前、普通と思っていたことも、自分が辛いような状況に置かれてみると、それはただの押しつけだったと気づいたり、もっとよくできるんじゃないかと思えることって出てきます。
経験のないことについては、なかなかその痛みってわからないものなのです。もしも、「辛い」と思っている人がいることを知ったならば、たとえ何もしてあげられないとしても、「当たり前だ。」なんて一方的に痛みを押し付けることがないようにしたいものです。
・・・ところで最近話題の「従軍慰安婦について」、ほんとに恐ろしい意見が堂々と語られたものだなと思います。
自分には関係ないと思っている人の無責任な意見。
自分は道具を使う側だと思っている人の傲慢。
もしも自分の妻、母、娘が従軍慰安婦にされたとしたら、どうなんでしょうね。
多少は辛いかもしれないけど、しょせん一番辛いのは自分じゃないわけだから。
「お国のためだから。」なんて差し出しちゃったりしてねと思うのは私だけじゃないのでは。
弱者の痛みを聞こうとしない人が民を動かす立場にあるというのは怖いことです。