庭から走り回る足音が聞こえた。
子ども達が遊んでるのかと思ったら、
珍しく息子一人だけだった。
1時間近く、
走っては止まり、
走っては止まりを繰り返している。
よく見ると、
左手には野球のグローブをはめている。
地面に力強くボールを打ち付け、
高く跳ね返ったボールをフライキャッチしている。
よく見る少年の遊びってやつだ。
***
そのグローブは、
息子が生まれる前からある夫のものである。
夫は野球をする人でも
見る人でもない。
誰かから貰ったと言っていた。
いつか息子が産まれたら、
キャッチボールをするんだと、
ずっと使われることなく、
また奥に仕舞われることなく、
ただおもちゃ箱に並べられていた。
息子が小学校に上がっても、
そのグローブはいつものように
ただオブジェのように飾られたままで、
野球チーム一つ作れないほどの
小さな小学校で出来るスポーツといえば、
バドミントンくらいだった。
友達に野球をする子がいないからか、
ただただ野球をする環境がないからか、
ドラえもんによくある光景のような
空き地で野球とは縁がないものだと思っていた。
新学期が始まり、転入生がやってきた。
初めての男の子の同級生だ。
今まで女の子の同級生がいただけでも
恵まれていると思えるほどの小規模校に
小学校生活最後の年に、
男の子の同級生が出来たことは、
きっと世界がまるっきり変わってしまうほど、
嬉しくて新鮮でワクワクしたに違いない。
出会ってすぐに意気投合したと
興奮して私に話してくれた様子から
それは取るようにわかったのだった。
地元の神社の春の大祭で行われる子ども達の奉納相撲。
同級生の男の子との取り組みは初めてだった。
でも、あんなに嬉しそうに勝負に臨む息子の顔も
また初めてだった。
その友達は、息子に野球を教えてくれた。
引越してくる前まで野球をしていたのだと言う。
今日の休みも一緒に校庭で野球をして遊び、
息子は野球が面白いと言って、
帰ってからも一人家の前で
力強くボールを打ち付け、
グローブに収める練習をしていた。
奉納相撲の時のような
キラキラした顔をしながら。
夫がどんなにキャッチボールに誘っても、
一つも興味を示さなかったのに、
飾られていたグローブが
今、息を吹き返した。
