こんばんは。
20代のころをプレイバックしているこのシリーズですが、今日はペーパードライバーだった僕が、2t車のセールスドライバーになった時のストーリーをお届けします。
大手スーパーに在籍しながら進めていた就職活動は苦戦しましたが、最終的に長野県松本市に本社のある、運送会社に採用されることになり、2004年4月、念願の正社員になりました。
僕はその会社の山梨県内にある事業所に配属されることとなり、僕は実家を離れ、山梨にて一人暮らしをすることになるのでした。
しかし千葉県育ちの僕がなぜ長野県の会社に入社したのか。入社当時、周りから不思議がられました。実はこれには深い理由がありました。
第一の理由が、僕は大学を卒業後、できればあまり人に言いたくない状況に追い込まれ、千葉の方にいるとどうしてもかつての旧友たちとの交流があり、これを避けたいためでした。
特に当時の僕は大学時代の友達を避けたかったのです。僕は大学時代ゼミの幹事をやっていたことがありました。後輩たちからも慕われており、集まりがあると必ずと言っていいほど呼ばれていたのですが、僕の方はといえば後輩たちに合わせる顔がなく、当時いつも仕事を理由に欠席していました。
他にも地元にいると大手スーパーで働いていた時の職場の方と顔を合わせる機会があり、その都度近況を聞かれそれも嫌だったというのもありました。僕は大手スーパーで働いていた時、職場の仲間とは折り合いは決して良くはなかったのに、その折り合いが悪かったはずの仲間たちから退職後も頻繁に連絡を来ていました。山梨に移住した事実を知れば彼らもあきらめるかな、と思っていましたが、なんとそれでも連絡が来ていました。
そんなこんなで僕が長野県の会社を受け、そこに入社した背景というのは、とにかく地元を離れ、一人になりたかったというのが一番の理由でした。知っている人が誰もいない土地に行けば、そういうストレスから解放され、僕は自由になれる、そんな気がしていました。
山梨に移住していた当時の僕は、仕事そのものが朝6:00くらいから夜22:00くらいまでだったので、当然のことながら平日は自宅と会社の往復のみで、休日はといえば、いつも一人で過ごしていました。また恋人も特に探さないでいました。
この時の僕は、一人でいることが自由でかつ幸せだと思い込んでいました。さらに当時、セールスドライバーとして働いていたわけで、研修期間中は二人で仕事していましたが、一人立ちしてからは、仕事中も家に帰ってからも、ほぼ一日中一人でいる、そんな状態でした。
一人でいる時間が長くなると、だんだん僕は非社交的な人間になっていき、ものの考え方とかもすべて自分を基準に考えるようになってしまいました。
本当にこれでいいのか、と自問自答したことも何度もありました。結局山梨での生活も、長く続くことはなかったのでした。。。
少々ネガティブな内容になってしまいましたが、この運送会社で働いたこと、そしてこの生活で得たものもかなりありました。それは次回のお楽しみにしたいと思います。
お付き合いいただき、ありがとうございます。