★パニックから『LOVE&PEACE』を目指して★ -30ページ目

★パニックから『LOVE&PEACE』を目指して★

縁あって家族が出来て、のんびり屋だった私がママしちゃってる日記。

毎日TVは震災と原発の事ばかり。
普通の暮らしが出来てる方には辛いかも…。
そしてこのブログも…。
でも私の記録でもあるので、辛い方はスルーしてくださいね。
きっと今起きてる事は、それぞれで違うと思うので。

私は普通に暮らせる方は、普通でいいと思います。
被災地じゃない所での急性ストレス障害も聞くし。
いつも通り、目の前の幸せを噛み締めて生活して欲しい。
日本が元気でいる為、堂々と幸せでいて欲しい。
被災地が何年かかけて元気になった時、また皆幸せになるのですから。

今だって、生活の中の幸せはあります。
パパが夜勤じゃない日は皆で眠れる事。
息子が成長してる事。
美味しいものが食べられる事。
温かい布団に包まれ眠る事。
ガソリンが入り、車で移動出来る事。

何か今まで当たり前だった事だけど、
当たり前が幸せだと改めて気付かせられてる感じで。
まだ当たり前が出来てない方に、早く当たり前がくるよう願ってて。
そういう方達が近くにいるから(避難所生活の方)、
買い物先で、どう気を使えばいいか悩ましい時もあるけど。

日本は強いとも思う。
あんな震災があっても、復興の為みんな頑張ってて。
そんな風景が励みにもなるし。
阪神淡路大震災が復興したのも励み。

私のブログタイトル通り「パニックからLOVE&PEACEをめざして」は何の変わりない。
このタイトル変更しようか考えてたけど、もう少し使おうっと。

弱音や愚痴も書いちゃうけど、今まで通り笑う為に頑張るだけ。

あ~また女子会とかしてくだらない話でゲラゲラ笑いたい。

ごめんなさい。

少し怒りのブログになるかもです。


TVの報道の偏りと、福島の現状に温度差を感じます。

美談とか、避難所でも感謝を忘れずに…とか…。

誰の為の報道なのか、いつも疑問に思います。

福島は、原発被害もあって不安は過酷なものがあります。

大丈夫な場所の人が騒いでるのも、落ち着いて欲しい。


県外に集団避難した福島県人を、二次被ばくの可能性有と拒否して、

入所拒否とか診察拒否されているそうです。

今問題になっているのは、退避地区内。

そこからはもう避難しいて、

避難した人からスクリーニング検査で、問題が出た事はありません。

診察拒否って…。

医者のくせに何も分かってなくてガッカリします。


美談は確かにありますけど、

それは表面上の事で、心身の疲労は溜まっています。

野菜農家の方の自殺は、切なくて仕方ありません。

みんな、一生懸命生きようとしてるのです。

福島が好きで、戻りたくても戻れない人もたくさんいるのです。


遺体捜索も原発のせいで、出来ない地域もあります。

福島の死者数はもっと多いはずです。


避難所でも病気が流行ったりと、休まる事ないでしょう。


原発被害は人災です。

東京に電力を送るため、福島はリスクを背負っていました。

計画停電が大変なのも、

ライフラインがなかった何日かを考えると、苦労も分かります。

でも、東京に電力を送る福島原発はもう壊れてしまった。

日本全部が被災地として前向きに進まなきゃなのです。


それぞれの地域で、それぞれの痛みがある事でしょう。

そんな中、福島は必要以上に恐れられています。


東京でも外に洗濯物を干していいのかとか…。

こっちから聞くと、もっと自分で調べて安心して欲しいと思います。

不安なら室内に干せばいいだけ。


福島は一番原発被害の収束を願いつつ、不安の中暮らしています。

怒りもたくさんあるけど、起きた事なので、収束を祈るのみ。


でも、福島が風評被害でないがしろにされるのは許せません。

東北道も通行出来るようになり、復興に向け進んでいるのに、

いまだ、福島は配送出来ませんの通販サイトとか…。

(娯楽の買い物でなく必要な物なのに)


退避地区で、集団避難された方は、

自宅に戻れるのかも分からず、不安を抱えています。

私の地区の避難所にも、集団避難してきた方達がいます。

そんな方へかける言葉も難しく…。


福島の為に出来る事はなんなんだろうかと、

考えても答えが出ないもどかしさ…。

「頑張ろう」って言葉も使い方が難しい時もあります。


TVはあくまでも中央主体の報道で、

情報欲しくて見てると、イラっとする事もあります正直。

何かが違う。

私は不安だけど、過度の不安にはなっていません。


福島の人を差別する人がいたら許せません。

力をくれる方には、感謝しています。


被災地は、心身共に耐えて頑張ってます。

傷付いてる心を何処かにしまっているだけです。


東京へ避難したいわき市の女性が、電車内での会話を聞き凍りつきました。

「被ばく者に触れたら嫌だよね」

「福島から来た人はゼッケンを付けてほしいよね」

…。

いわき市から長野県に避難した家族は、旅館の宿泊を断られました。

同じ東北の岩手県でも宿泊を断られています。

…。

そんな差別をする人は知識のなさをひけらかせてるだけです。

恥を知ってください。


こういう事が起きてる事もローカルだけじゃなく、

全国で報道して欲しい。

傷付いた人をまた傷付けるなんて、許せない。


どうしたら、

地震被害・津波被害・原発被害・風評被害の福島が救われるのか…。

犠牲では終わらせたくない。

子供達の未来を明るくしたい。

隣の家の奥様から手作り焼きたてスコーンと手作り林檎ジャムをいただきました。

奥様は本震の時、仙台のデパートにいて、避難所で過ごし、その後宮城県の娘さんの家で過ごし、一昨日帰ってらっしゃいました。
娘さん宅も被害があって、向こうも酷い状況のようです。
奥様がいない間、お隣りさんは1人だけだったので、
ライフラインが通ってなかった時は、情報交換や食べ物を差し上げたりいただいたりしてました。
男1人で不自由や不安がないかと思ってました。
息子の為にバナナをもらったり開いてる店を教えてもらったり有り難かったのに、
「いない間お世話になりました」とスコーンを。
「うちにあった物で作ったんだから気にしないで」とも。

昨日小児科行く時に「買い物?」と聞かれ「風邪で病院行ってきます」と答えたので、
風邪の事も気遣っていただきました。
優しい御近所さんばかりで素敵です。
皆さん年上で、余裕ない私はお世話になってばかり。
本当有り難い!

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私の風邪は回復傾向で掃除機かけたりもしました。
寝込まず大丈夫です。喉がまだ少し痛いけど…。

抗生剤飲みはじめた息子は鼻水はダラダラだけど咳が少し少なくなったような…。
抗生剤飲むと高い確率で下痢してたけど、今日は普通のウンチでした。

ばあばが息子の好きなパン買えたと来てくれました。
息子も大喜び。風邪で何処も行けないもんね。

知り合いに亡くなった人いないと思ってたら、
ばあばから亡くなった人の話を聞きました。親戚ではないけど実家近くの方。
たまたま配送の仕事で浜通りを走っててトラックごと津波に飲まれたそう…。
ネームプレートで確認出来たけど、名前なかったら分からない状態だったそう…。
遺体が戻って良かったと思うけど、運命って…と思います。
福島の原発近くは遺体捜索も、ままならず…切ない。

ユキのコメントにある福島原発は廃炉でしょう。
再運転なんて有り得ないし、知事をはじめ福島県人が許さない!

今日明日パパは日勤(勤務時間長い)だし、息子風邪だし引きこもり。
冷蔵庫にあるもので夕飯作ります。

実家の車も震災以来初めてガソリンを入れられたそう。良かった。
全国放送で福島(浜通り)の避難所や暮らしの報道が少ない。
何か報道しちゃいけないのかってくらい…。
放射線量が大丈夫でも取材拒否なのかなぁ。
南相馬市に親戚いるし、いわき市に引っ越したママ友さんもいる。
原発の影響で物資が届かないとも聞くし心配。


海沿いには思い出の場所もたくさん。
若い頃よく遊んだ海岸・バーベキューした海岸。
潮干狩りした所・息子が海デビューした所・1人ドライブした所・
花見した夜ノ森公園・アクアマリンふくしま(水族館)、
スパリゾートハワイアンズ・サッカー日本代表が合宿するJヴィレッジは今東京電力の本部になってるらしい。
思い出の場所達は…。海沿いを走ると原発が見えて「あれか」と眺めたものだった。
アクアマリンふくしまは体験型ビーチが新しく出来て、
もう少し息子が大きくなったら喜ぶねなんて話してたけど、
そのビーチはもうないらしいし、魚も救えなかったらしく…。
アザラシとかラッコとか大きな生き物少しは移動したとも聞くけど何処?

またあの素晴らしい福島を取り戻したい。
福島は素晴らしい場所で、電力だけじゃなく野菜・果物・製品とたくさん全国に供給し、観光地もたくさんでした。
息子にいい所に生まれたねと自信持って言う予定でした…過去にブログで書いた気がする。

前知事は騒がれ大変な事あったけど、前知事の時代からのコピー、
「うつくしま ふくしま」が好き。若い頃友人と話す時も「うつくしまで一生暮らすわ」なんて言ってたり。
今もその思いは変わらず。だから原発は早く収束して復興だけに力を注ぎたい!
福島の現状が分からな過ぎるTV・物資を運ぶの拒否する人。それに気付いた人達。
人間の本質が出ちゃうのかもです。

うつくしま ふくしま☆
息子・パパと風邪をひき、私しか動けないと頑張ってたけど、
とうとう私も喉と頭が痛く風邪ひいたようです…。

昨日は息子の咳が夜中酷かったので、病院連れて行きました。
熱37.9℃で喉が赤いけど、胸の音は大丈夫でした。
抗生剤やら薬いっぱい出ました。吸入も再開。
風邪治ったら吸入止めていいのが今までと違う。喘息良くなってるのかな。

本人は元気なので、久しぶりの外(病院だけど)喜ぶかと思いきや、
「抱っこ おんぶ」と歩くの拒否で、何だか機嫌も悪く私が疲れました。
先生の前ではいい子で「バイバイ ありがとうございました」と頭下げてました。
総合病院で午後も小児科が開いてるので、混雑も避けて午後に。
普通でした。通常に戻ってると聞いたけど本当でした。
近くに、掛かり付け総合病院があって正常になってるのが有り難い。
震災間もない頃は、福島の浜通りからも患者が運ばれてて、救急車の音もしょっちゅうだった。
だから緊急じゃないと行きづらかった。

パパは昨日38℃の熱出て家でほとんど寝てました。今朝仕事に行きました。
息子は咳…。
私も風邪…今日は掃除休んで、息子の世話と食事だけにしたい。
やる気出ない・痩せたのに体重い(涙)疲れが溜まってるんだよね。
辛くて泣ける…頑張れ自分。
私も疲れてるけど、パパの疲れもとれなそうで辛い。
日勤・夜勤の繰り返しで、慣れない時間と災害対策の仕事。
うまくローテーション組んで休日を作れないのか…。
家に帰っても調べ物してたり…。

息子も昨日から鼻水が出始め、今日は咳も。
風邪ひいた時の頓服薬を飲ませ、吸入も再開し様子見。
ずっと風邪ひかなかったのに何で今…。息子も親が疲れてるから疲れたのかしら…遊び行けないストレスもあるし。
熱ないし食欲もあり元気だから、水曜の定期受診まで悪化ないなら様子見かと悩み中。

今日はパパ夜勤。
午前中私1人ガソリンスタンドへ並んで買えました。2000円分までの制限有。
でもガソリン入れられて幸せです。
息子の通院の為にも、私の腰痛悪化で回復するまで買い物も車で出来ます。

早速その足で大きなスーパーへ。
息子に必要な物を買えました。
牛乳は低脂肪なら売ってました。まだ牛乳あるからスルー。
パンもたくさん売ってました。山崎パンばかり。パン工場は忙しいのでしょうね。感謝感謝。

TVで取り上げられる水、売ってました。買わなかったですが…。
この市の一部は乳児は水道水摂取が出来ない。
乳児のいる家庭優先でお買い上げくださいと言う貼紙だけで、買い占めしない皆に感動しました。
乳児いる家庭用にストックもあるのか、母子手帳を提示する買い方もあるみたい。
TVでは乳児いない大人だけの家庭でも買い占めするシーン。
かえって、福島から遠い所の方がパニックなの?
規制値越えた地区の乳児に水が行き渡る事を祈ります!
一部のマスコミを見ただけの感想で、違ってたらごめんなさい。

家族時間を楽しむ時間が少な過ぎる事と、ガソリン不足で少し不便な生活ですが、
不安と戦いながら頑張ってます。

みんな大変なのに、知らない人に情報もらえたり、話し掛けてもらえたり。
いつも「ありがとうございます」を忘れずいます。

今日TVで歌を聴いて涙が出ました。
森山良子・森山直太朗親子それぞれの歌が染みました。
幸い私の知り合いに亡くなった方はいないけど、
こんな形での突然の別れは想像を超える悲しみでしょう。悔しい事でしょう。
生きてる人は悲しみと共に生きなきゃです。
子供の未来・自分達の為に生きるのが強さかも。

サッカーで日本が盛り上がった時のように、
日本が一体となって強くなる時なのです。

今日もダラダラ文章を…。
TVドラマ「救命病棟24時」の震災をテーマにした回を、
以前見て、こんな事起きるのかと思ってたけど、
それ以上の事が起きてて…。

この曲を聴いて、今ヘトヘトでも諦めちゃダメなんだと…。
音楽聴いても、心に届かない時もあったけど、
少しずつ癒しも必要になっているみたいです。

今日は雨。
うちは息子のストレス解消に、たま~に公園へ連れて行くけど、
さすがに雨にはあてたくない。
おもいっきり遊べない子供達のストレス…。
中学生からは避難所でボランティアをしてる子もいる。
この地区の卒園・卒業式は中止になり、可哀相に思う。
本来なら春休みで楽しい時なのに。

息子も今年はディズニーランドデビューしようとパパと話してた。
幼稚園前にパパが有給休暇取って…なんて。
でもディズニーランドも酷い事になってるとの噂。
夢の国だからか、本当か詳細分からず。


この前の水曜に貴重なガソリンを使って15分程走らせ、いつもの大きなスーパーに行った。
そこには息子の行きつけの美容室もあってさっぱりとカットしてきた。
切る気満々で行ったけど、子供用の赤い車型の椅子に座るの拒否で、
私の抱っこでカットしてもらった。
アンパンマンのDVDを流してもらい、息子はおとなしくカット。
だが私…アンパンマンの話で地面が揺れるシーンがあり、
動揺して動悸で心臓がバクバクに…我ながらビックリ。
私もトラウマになってる…。

本震の揺れは凄く、歩く事さえままならず、壁の時計が落ち、留めてた頑丈なピンを足で思い切り踏んだ。
温水ルームヒーターを止めたくて、痛みなんて感じなかった。
次の日痛みを感じ見ると皮膚が変になってたけど、治った。

本震の強い揺れが何度もくる中、「もう止まってー」と言ってた。
今だに余震が来て、小さな余震は眩暈か動悸か分からない時も。
携帯に緊急地震速報が来るとドキドキするし。

体が緊張状態なんだろうなぁ…肩ガチガチ。
今日は寒いし肩を温めるシートを貼ってみよう。
ガソリン不足さながら、牛乳不足もあります。
近くのスーパーでは少~しは入荷するらしいのですが早くから並ばないと買えません。
成長盛りの息子に牛乳を飲ませたくていました。

夕方、斜め向かいのお宅の奥様が牛乳を持ってきてくれました。
自分の職場で買えたから子供に飲ませてと(涙)。
そのお宅の家族は皆牛乳飲むとお腹壊すから牛乳は要らないのよと…。
本当に皆牛乳でお腹壊す家族なのか不明だけど、皆大人の家族なので有り難くいただきました。

地震起きて間もない頃、牛乳なくてと話してたのを覚えてくれて買ってきていただいた。
ライフラインが通ってない時は、焼き魚と豚汁もいただいた。

お礼はたくさん言えるけど、お礼出来る物もなく…。
申し訳ないですと言い牛乳代を払おうとすると、
「私の母が、あなたのお父さんにすごくお世話になってるのよ。牛乳なんて安いのよぉ」と…。
聞くと、父がお母様の買い物の送り迎えをしてたらしい…父らしい。

父は自分を忘れ困ってる人を助けるようなところがあって、
本震後もすぐ私と息子が何かの下敷きになってないか駆け付けてくれた。
こっちも、実家が心配でもう少し地震がおさまったら行こうか考えてた。
地震体験車に乗ってるかのような地震が何度もきたので、
新しい家の自宅より古い実家が心配だった。
もう潰れてダメなんじゃないか…もう会えないんじゃないかと不安一杯で泣きそうだったのを覚えている。
父が来た時は息子を抱きしめ茫然としていたので、家族の無事を聞き嬉しかった。
「こんな酷い地震は初めてだ。とにかく酷い」と冷静に教えてくれた。
仕事に行ってるパパと妹の心配も、携帯がナカナカ通じず辛かった。

牛乳の話から飛んだけど、生きてる事が素晴らしい事を知った。
ご近所さんとは挨拶と少しの立ち話はしてたけど、
今回近所の助け合い・情報交換の大切さも知った。
周りは子供のいる家庭がなかったのもあり共通の話題が少なかった。
まだ停電の頃は、私も集めた情報を皆さんに教えました…役立ったかは別として。
お互いの家庭が分かり、何してる人か分からない生活より地域に密着出来たのかな。
災害がきっかけとはいえね。