映画秘宝の思い出 | 七色祐太の七色日日新聞

七色祐太の七色日日新聞

怪奇、戦前文化、ジャズ。
今夜も楽しく現実逃避。
現代社会に疲れたあなた、どうぞ遊びにいらっしゃい。

あれは決して忘れもしない……。

 

2013年10月の某日。

 

いきなり細かい日を

忘れておりますが、

いつものように

時給950円で数千枚の年金封筒を仕分け、

油そばの大盛りを食べて帰宅した後、

夜の日課でパソコンを開いた私は衝撃を受けました。

なんと、

あの別冊映画秘宝様から

メールが届いているではありませんか。

以前刊行された

悪趣味ビデオ本の続編にあたる、

『悪趣味ビデオ学の逆襲』への

原稿依頼でした。

 

 

What Ever Happened to 

Baby Rainbow?

(何がレインボーに起こったか?

 aka. 時給取りへの招待状)

 

 

しばし考えた末、ハッと思い出しました。

先日の夜、池袋の映画館でのホラーオールナイトの際、

山崎圭司氏に

『脱力ホラー映画の世界』を

献本していたことを。

あのブツが知らぬ間に業界を駆け巡り、

最終的に「中央」の目に触れたらしいのです。

 

       人知れず帝都の闇を駆け巡った本

 

 

すわ一大事。

私は山崎氏の慈悲深い行為のおかげで、

ついに我が身も

暗い倉庫で封筒の間を

駆けずり回る時給取りから

お日さま輝く第七天国まで

這い上がったことを知り、

まだ行動ゼロにもかかわらず気持ちは興奮、

すでに刊行後の世間との

上手な距離の取り方にまで

思いを巡らせます。

何はともあれ、

紹介候補映画のリストを編集部へ持参しなくては。

すぐさま作品の選定に取りかかりました。

 

 

数日後。

 

 

思いつく限りの爽やかな服装で

全身をコーディネートして、

神田駅に降り立った私。

舞浜の物流倉庫の面接も見事突破した、

一番の勝負服です。

しかし今日は、

そんなものとはレベルが違うぞ。

相手は「ギョーカイ」なのだ。

時給ではなくギャラをくれる方々だ。

私は、駅から洋泉社へと歩きつつ、

静岡から真っ赤なワンピースで上京し

初めて集英社に出かけた日の

さくらももこを

自身に重ね合わせていました。

ついに私も

国民作家になる日が来てしまった。

もう一般人には戻れない。

 

しばらく歩くと、ついに登場。

厳重にロックされ内部が想像できぬ、

要塞の如き無機質な入口。

少し想像と違いました。

私は「業界」と聞くと反射的に

とんねるずの世界を思い浮かべてしまうため、

札束乱れ飛ぶバブル期のお立ち台、

尻に挟んだ割り箸を

ケツ圧でへし折る女王様、

杉山社長とミッキー安川

などの派手派手なイメージがあったのですが、

さすがに暴対法以降は変わってしまったのかと、

業界とその筋を

勝手に混同して感慨に耽ります。

しかしすぐさま我に帰って

編集の方にガラケーでTEL。

勝負服の効果は抜群、

優しく中に入れてもらいました。

そのまま卓に案内され、椅子に掛けていると……。

なんと、

湯呑みに注がれた

緑茶が出てきたではありませんか。

 

 

これか、

さくらももこで言えば

喉の焼けるほど甘かった

オレンジジュースがこれなのか!!

 

 

お茶を出されるほどの待遇を受けた

経験など人生で皆無。

34歳になった今でも、その時と、

昨年交通事故を起こして書類送検され

弁護士事務所へ相談に赴いた際だけです。

かなりドキドキしましたが、

乾燥でひび割れた唇で

湯呑みにそっと口をつけ、

密かに血の盃を交わしました。

いよいよ普通の人生には戻れません。

父さん母さんさようなら。

 

そして作品リストを広げるべく

準備などしていたところ……。

 

突如、卓と事務所を仕切った

衝立の陰からするりと登場したのが、

あの別冊映画秘宝編集長の

田野辺尚人氏だったのです。

 

 

ついに出た、

さくらももこ言うところの

ゴッド・ワタナベ

この人だ!!

 

 

しかしつい先日、

池袋のトークショーで目にした際の

田野辺氏はたしか長髪で、

おでこに冷えピタのようなものを

貼っておられた記憶があったので、

オールバックの髪型で

背広に身を包んだその日の姿は、

一瞬全くの別人に見えました。

 

 

電信柱の陰から

インチキおじさん登場?

 

 

いえいえ、この語り口は、

まさしくあの夜の壇上のまま。

正真正銘の本物です。

穏やかながら貫禄たっぷりな口調は、

まさにドンといった趣。

 

田野辺氏に関しては、

とても記憶に残っている、

ツイッター上でのご自身の発言があります。

 

ある日コンビニに出かけたら、

部屋着姿の汚い男がレジで店員に

イチャモンをつけていたそうです。

そこで氏は、静かに

「うしろ、

 並んでるんだが…」

と威圧して横にどかせたのだと。

 

私はその光景の全てを、

フィルムノワール風の白黒画面で

鮮やかに脳内再生できますが、

それはあの日に感じた田野辺氏の、

物静かながらも眼光鋭い

必殺仕事人のイメージと

寸分違わず一致するからでしょう。

 

今でも忘れられないツイートです。

 

 

物流組合のバスで倉庫に向かう日々とは

あまりに異質な世界だったので、

その時話した内容は、

今でも非常によく覚えています。

私が脱力ホラー本で

取り上げた作品もいくつか話題に上がりました。

田野辺氏は『地獄のジョーズ』についての

深い知識を披露してくださったのですが、

私は氏が97年の『怪獣マル秘大百科』において

同作品を熱く語っていたのを強く記憶していたので、

あれから約15年、

いまだに独自の研究を続けておられることに感動し、

自分もこの愛に負けないよう

今後数十年アル・アダムソン研究を

継続することを決意しました。

また、私が『超時空メシア襲来』

「『恐怖の足跡』にも匹敵する不気味映画」

と書いたことに興味を示して下さいましたが、

実はそこまでの作品ではないことを

白状する勇気はなかったものです。

 

打ち合わせの本題である、

準備した作品リストに関しては、

ミル・マスカラス出演のゾンビ映画を

2本取り上げたいと考えていたところ、

「これはあまりに特殊なので…」

とさりげなくスルーされました。

 

しかし大本命であった

 

『デビル・ストーリー/

 鮮血! 人肉のしたたり』

『エイリアン・デッド』

『FIEND/悪魔の飽食』

 

の3本が

特に何の議論もなく入選し、

商業出版にて全国津々浦々へ紹介されたことは、

今でも完成本を見るたびに

私という人間が生まれてきた

最大の意味ではないかとすら思えます。

 

            華の脱力黄金トリオ

 

 

そんな調子で話は進み、

10本の紹介作品も無事決定。

 

私はその晩、早速原稿を書きながら、

せっかくだからこの機会に

センチな気持ちになろうじゃないかと、

その数年前、

初めて映画秘宝と出会った頃のことに

思いを馳せ始めました……。

 

 

私が初めて映画のソフトを買ったのは、

2008年2月。22歳の時。

異様な遅さだと言えましょう。

わが家は映画というものに全然縁がなく、

先日も、

まだおニャン子時代の感覚が抜けない父親から

「あの『カメラを止めないで』は

 見たことあるか」

と尋ねられましたが、

文化的には独裁国家以下の水準です。

 

当時は自らの人生行路について

欝々と悩んでおり、

それに真正面から向き合うよりは

「とりあえず現実逃避をしよう」

と固く決心していました。

初めて買った映画は

ベラ・ルゴシの『魔人ドラキュラ』。

その極上の怪奇ムードに感動し、

翌日から憑かれたように古典ホラーを買い集め、

1週間後にはもう『カリガリ博士』を鑑賞するという

急激なペースで

現実逃避世界の体系化に

努めていたのですが、

その手の骨董ホラーを

もっと濃いもの、濃いものと掘り進むうち、

いつしか棚の中は

『吸血怪獣ヒルゴン』や

『死霊の盆踊り』で

埋め尽くされていたのです。

 

ひたすら濃厚を追い求めた結果、

最も薄っぺらいものに

辿り着いてしまうという不思議。

効率よく異界に逃れるため、

できるだけ変なものを見る必要がありました。

面白いかどうかよりも、それを見ている間は

別の世界に行けることが一番大切でした。

そしてその手の微妙なホラーが

かなりの数になった頃。

「こういう映画の全体像を見通せる本はないか」と思い、

たまたま見つけたのが映画秘宝の

『エド・ウッドとサイテー映画の世界』

だったのです。

飛ばすページが一つもないほど面白く、

デルモンテ平山氏のゴミビデオ紹介コーナーから

気になるホラーをノートに写し、

神保町・池袋・大久保・高円寺のビデオ屋を探し回り、

やがてそれらの一部が

実在しないことに気づくという

お決まりのパターンを歩みました。

 

その後は『悪趣味洋画劇場』『怪獣マル秘大百科』

『日常映画劇場』『映画懐かし地獄』

『グラインドハウス映画入門』等と進み、

最終的にジェス・フランコ、

ポール・ナッシーの研究書へと辿り着き…。

 

 

過去の美しい映画体験を思い出し

うっとりするはずが、

自分自身が

どこを目指しているのか

ますます分からなくなり、

その日は左45度に小首を傾げて

深夜まで原稿を書き進めたのです。

 

 

それから数日が経ち……。

 

 

執筆作業が進むにつれて、私は、

ある一つのことが

とても気になり始めました。

全国の読者には

細かなデータの正誤に非常にうるさい

マニアの方も多いはず。

タイトルの表記チェック等にも

万全を期す必要があります。

にもかかわらず、

私は次のような

恐ろしい問題を

発見してしまったのです。

 

次の両作品のジャケを見て下さい。

 

 

 

 

 

ユニバーサルビジョンから

発売されたこの両作。

明らかに英語タイトルの方が

日本語タイトルよりも

異常にでかくデザインされています。

つまりこの英語部分は

単なる原題紹介の役目を超えて、

邦題の一部として扱って欲しいとの

アピールでしょう。

しかしその場合、

 

① FIEND or 悪魔の飽食

② THE CREMATORS or 悪魔からの贈り物

 

それぞれ、

一体どちらをメインタイトル、

サブタイトルとすべきなのか。

 

今まで生きてきて

これほどの難問は初めてです。

こんな初歩的なことさえ分からぬとは、

自分は今まで

映画の何を見てきたのか。

しかしどれほど困難であろうとも、

締め切りまでに自分なりの解答を示さねばならない。

 

先行研究を繙くと、①に関しては

伊東美和氏を始め多くの碩学が

 

メイン:FIEND 

サブ:悪魔の飽食

完成表記:FIEND/悪魔の飽食

 

の立場をとっていることが分かりました。

この作品はそれでいいでしょう。

文字デザインの比重から考えても

しっくりきます。

しかし問題は、その場合、

②のほうも同じ形式で

 

メイン:THE CREMATORS 

サブ:悪魔からの贈り物

完成品:THE CREMATORS/

    悪魔からの贈り物

 

となるはずですが、なぜかこっちは、

英語部分が

ものすごく邪魔な気がするのです。

無いほうがいいように思うのです。

しかしその理由を聞かれると、

はっきり答えられないのです。

 

すると、FIENDに関してももう一度、

一から考え直す必要があるのか……?

 

私はこの難問を考え続けるうち、

生来の強迫神経症も手伝って

極限まで精神を病み、

ついには編集部にメールで相談さえしました。

原稿を小分けで入稿するたびに、

「あとはFIENDのタイトル処理を

 どうするかですね」

「残るは『主題』と『副題』の

 問題だけですが…」

など、

向こうにとっては塵のような話題を

一方的に延々と訴えていた記憶があり、

あれから6年以上が経った今でも

当時のメールを見返す勇気がありません。

 

 

今あらためて完成本を見ると、編集の方が

私のミクロの主張にちゃんと耳を傾け、

最善な形式で統一処理して下さったことが分かり、

腹を切りたい気持ちでいっぱいです。

 

しかし、肝心の、

印刷されたタイトル自体は

思いっきり誤植になっていました。

 

 

 

この2行が完成するまでに大量の血と涙が流された

「CREMATORES」の派手すぎる誤植が美しい

 

 

当時私があれほどまでに

悩んだこの問題。

今あらためて考えてみると、

答えは一瞬で分かります。

 

 

つまり、正解自体、

初めから

なんもなかったんですね。

 

 

もうこの話はやめましょう。

 

 

さて、原稿を書きながら、

もう一つ気になったのは、

文章の中で使ったギャグの問題です。

『SF異星獣ガー』を

「E.T.の塩辛」

『半獣要塞ドクターゴードン』に

「せんとくん」みたいな獣人がいる

とかいう類のフレーズですが、

全国1億人の中に

同じギャグを思いついた人間が

他にいないか心配になりました。

 

私はかつて脱力ホラー本で、

『ゾンビパパ』に出てくる、

顔に筆で落書きされたゾンビのことを

「正月に羽子板で負けてしまった人」

と表現し、

我ながら上手いフレーズだと思っていました。

ところがその後

「TRASH-UP!!」誌で同作品を再び紹介する際、

何気なくネットで感想など調べていたところ、

何と、私と全く同じギャグを

すでに思いついている人がいたのです。

しかも向こうのほうが

自分より数年早いではありませんか。

本当に驚きました。

極東の島国で

全く別個に『ゾンビパパ』を見て

羽子板を連想する奇跡。

前世がシャム双生児だったのでしょう。

 

こうした天文学的確率の偶然を経験しているため、

私は今でも

東京オリンピックの初代エンブレムは

パクリでなかったとする立場ですが、

秘宝原稿のギャグフレーズに関しても、

もしも偶然他人とダブっていて剽窃だと誤解されれば、

社会運動標榜ゴロの方々から

吊し上げを食らうのではないかという、

もはやシュルレアリスムの域にまで達した

最低の被害妄想に頭は支配され、

私はネットの検索キーワードに

「E.T. 塩辛」

「ドクターゴードン せんとくん」

と入力すると最初の各100件を細かくチェックし、

さらに表記違いによる検索漏れの可能性も考慮して

「ET  塩辛」

「イーティー 塩辛」

「ガー 塩辛」

「STAR CRYSTAL 塩辛」

等々、樹形図を用いて組み合わせた数パターンで

気が狂うほどに膨大な検索をかけまくり、

結果、

あまりの疲労で仕事を休みました。

 

 

こうした病的苦労の末に書き上げた原稿が

その後無事に世に出たのを見届けた際の感動は、

こんなブログでは

とても表現できません。

フレッド・オーレン・レイやら

アル・アダムソンやらの作品解説が

見開きで合計20ページも紙面を飾るという、

戦時下なら許されない紙の使い方。

本の前書きにも、田野辺氏による

「読み終わったら

 神社の裏手に置いてください」

との胸を打つメッセージがありますが、

個人的にはこの悪趣味ビデオ学シリーズが

わが思い出の『サイテー映画の世界』に

一番近い空気を感じるため、

その後決定版の『悪趣味ビデオ聖書』に至るまで

末席に名を連ねさせていただいたことは、

東京デザイナー学院中退という最終学歴が

高田純次と全く一緒であるのと同じくらい、

私の中での大変な誇りです。

 

  思い出の一冊。もったいないので神社の裏に捨てられなかった

 

 

 

私は、好きな映画がかなり特殊なこともあり

(異常にダルい・異常に古いなど)

自ら参加した悪趣味ビデオ本を除くと、

ジェス・フランコ、

ポール・ナッシーの研究書を

秘宝最高の偉業とする人間なので、

多くの秘宝ファンの方々とは

思い入れの方向性がずれている気がしますが、

休刊の一報を知ったときは、

「悠仁さま異世界転生ラノベを執筆」

の時と同じほどの衝撃を受けました。

しかも、

悠仁さまのニュースはどうやら誤報でしたが、

秘宝の休刊は

残念なことに真実であったのです。

 

 

今後はまるで戦後の闇市時代さながら、

大小入り交じり、テキヤと警官、

日本刀とピストル飛び交う

混乱の戦国時代がやってくるでしょう。

それを思った私は、

とっくに都落ちした隠居の身ながら、

深夜のアパートで一人発奮しました。

 

 

わしも何かをやらねばと。

 

 

はるか大昔に一度しか

呼ばれてないにもかかわらず、

そのお上が突然の消滅を遂げた今、

なぜだか原因不明のパワーが湧いてきて、

生卵3つを椀で呑み干し、

自分も『悪趣味ビデオ聖書』並みに

ドロドロ濃厚なバイブルを書き上げて、

限界集落の片隅から

ネオン輝く帝都に向けて

ドカンと発射してやろうと

満月を拝んで決めました。

 

 

善は急げだ、

ビデマで買って用意した

カビと蜘蛛の巣の香り漂う

大量の骨董ホラーを引き連れて、

究極の怪奇と現実逃避を研究するため、

蓬莱山へ出発しよう。

もはや帰る気はない。

 

 

この記念すべき門出にあたり、

かつて血の盃を交わした秘宝から

継承できる何かを考えたところ、

あの遙か彼方の日、

田野辺氏から授けられたアドバイスを

ハッと思い出しました。

 

「レインボーさん、

 カタカナが交じった名前は、

 古びるのが早いんですよね。

 新しいペンネーム、

 考えてみませんか」

 

 

あれから6年の月日を経て、

ついにこの言葉を生かす時が来たのです。

 

 

というわけで……

 

 

不肖レインボー祐太

本日この場を借りまして

新筆名

 

七色祐太

 

への完全改名を

全世界に宣言致し候

御贔屓におかれましては

今後とも変わらぬご愛顧の程

願い上げ奉り候

 

 

 

こうして見事、名前も一新、

心新たに大きな一歩を踏み出す

この瞬間の、

なんと清々しいことでしょう……。

 

 

 

ああ、気のせいか、

そんな私に向かって、

田野辺氏のあの声が、

どこからか

聞こえてくるような気がします。

 

 

 

「うしろ、

 そのままなんだが……」