「料理のダメ出しはNG」だった母
私の実母は、料理のダメ出しが大嫌いでした。
ちょっと塩を足そうとするのもNG。
「せっかく作ってもらってるんだから文句言うな」
両親からはよくそう言われたものです。
母は、結婚してから料理を覚えたタイプ。
そのわりには上手で美味しかったのですが、
どこかにコンプレックスがあったのかもしれません。
小学生からの「家族のごはん担当」
看護師として働いていた母を助けるために、私は小学校1年生の頃から、家族の朝ごはんを作ったり、弟の離乳食を作ったりしていました。
不思議とそれは「大変」ではなくて、
むしろ楽しいことでしたね。
いつも母は褒めてくれてたしね。
なので当然、一人暮らしをしても料理で困ったことはなく、
今では夫も娘たちも「ママのご飯が食べたい」と言って帰ってきます。
料理は私にとって、ただの家事ではなく クリエイティブでエネルギーが湧く時間。
片付けは正直めんどうだけれど(笑)、
冷蔵庫にあるもので最善の料理を作るのも好きだし、
お金も時間もかけて特別なメニューを作るのも楽しい。
そしてやっぱり、家族の反応は嬉しいものです。
批判されても「平気」な理由
ただ、母と私で決定的に違うところがあります。
それは——
私は料理を批判されても平気だということ。
ちょっと塩辛い、味が変、などと言われても「そうだよね」と受け取れるし、
「じゃあソースかけてね」などと必要なことを各自でやって、美味しく食べてもらえたらそれでいい、と思えます。
つまり、料理に関しては 事実を事実として受け取れる心の余白 があるのです。
もしそれが「苦手分野」だったら?
でもこれがもし、私にとって苦手なことだったら?
頑張って我慢してやっていることだったら?
あるいは、母のようにコンプレックスが伴う分野だったら?
きっと同じようには受け取れないはずです。
ちょっとした一言が大きなダメージになり、
「やっぱり私ってダメなんだ」と落ち込んでしまう。(そしてムカついて反論するw)
母の料理への反応も、きっとそういう背景があったのだと、今になって理解できるのです。
「傷つき」の正体
人は誰かに何かを言われて傷ついたとき、
つい「相手が悪い」と思ってしまいます。
でも実際には、課題の原点は自分にある。
なぜその一言で傷ついたのか?
そこに、どんな思い込みや「こうあるべき」が潜んでいたのか?
ここをクリアしていくと、
また新しい自分に出会えるのだと思います。
あなたはどうでしょうか?
私にとって料理は「安心して批判を受け入れられる分野」でした。
でも他のことでは、まだまだ心が揺れる瞬間があります。
だからこそ、母とのエピソードを通じて、
「なぜ私は揺れるのか?」と自分に問い直すことができるのです。
あなたにとってはどうでしょうか?
ついイラっとしてしまう一言。
心に突き刺さって離れない言葉。
もしかしたらそれは、
自分の中のコンプレックスや「こうあるべき」に触れたからかもしれません。
小さな「リライト」で未来は変わる
人からの言葉で揺れるのは、決して悪いことではありません。
むしろ、それは自分をリライトするチャンス。
「なぜ傷ついたのか」
「本当はどうありたいのか」
そこに気づくことで、
未来に向けて軽やかに進めるようになるのだと思います。
母から受け取った学びとともに、
今日も私は自分を少しずつ書き換えています。
そしてあなたは、
どんな「リライト」をしていきたいですか?

