この季節のベランダは最高です。
何もないと掃除しやすいんだけど
やはりグリーンを入れるべきか…うーむ。
娘の一人が映画が観たいと言うので
付き添いついでに私も映画をみることに。
ちょうどお互いの上映時間がうまく重なる上に
私も心惹かれる映画があったので
チケットを買った後は、鑑賞終了まで自由行動に。
自分のための映画鑑賞なんて
本当に何年振りだろう・・・
アレ、マジで思い出せんくらい昔の話かも。汗
希林さんが観たくて選んだ作品でした。
『世の中にはすぐ答えがわかるものと、
長い時間をかけて少しずつわかるものがある』
主人公の女性は、長年のお茶のお稽古を通じて
そのことを会得します。
私自身は「リーディング」を通じてこれを実感しています。
すぐに答えが得られるものと、
相談者が長いプロセスで自分で気づいていく事の、
ある一過程の関わりだけを許されるものがあるなあと。
アカシックリーディングをしていると
本当に情報は膨大で、
ありとあらゆる切り口で情報を得ることができます。
苦手な人には難解であっても、
これが合っている人にとっては
飽きることのない一生モノのツールだと思います。
だけど、リーディングでなんでもわかる訳ではなくて。
その人が、今知ってもいいことだけしか
情報は公開されません。
スキルがある人なら、より解読できる部分は増えたとしても
「今、知っていいこと」以上は誰にも絶対に読めないし、伝えられません。
ですので今現在の『真実』だったことが、
次の周期では真実ではなくなる…と言うことも
大いにありうる訳です。
じゃあ。
リーディングなんて意味ないんじゃないの?
そんな風に思えてしまうかもしれませんね。
私が自分の先を知りたいときは
自分自身でリーディングします。
信頼できる仲間に答え合わせをお願いすることはあっても、
基本軸は自分のアカシックリーディングがメイン。
その時に、例えば『Aだよ』って読みとったとします。
すると私は『A』へと向かいながらその時自分にできること、
与えられていることを信じてやります。
試行錯誤しながら、時には悩んで再リーディングも重ねながら。
で、ようやく『A』にたどり着くと
『実はBでした♡』と判明して愕然と!ということもあったりします。
でもよくよく振り返って考察すると
なるほど。
いきなり『B』に直行したのでは
気づけなかったこと、得られなかった経験、ご縁などなど…
『A』を経たからこそ、『B』にたどり着いた時には
『C』の扉を開ける準備ができる自分へと成長している!
間違いなく、この繰り返しで人生は紡がれている
ということが理解できるようになり、全てを信じることができるので
目の前の状況に落胆しすぎることもなく、
今おかれた状況に不安になることも無いし、
『これは失敗だった』と感じることもありません。
なので映画の主人公が茶道で得たものは
私にとってはリーディングで得たものであり、
今すぐわかる情報を重ねて、大いなる源を知るための材料とする
ことなのです。
今の自分に必要な情報は得られるという自信は、
私の人生を、安心と静かな喜びで満たしてくれています。
たまにはドカンと気持ちが落ちたり、
キラキラヒャッホウ!なこともありつつ。
不足がない、という状況は
最高の幸せだなあと。
茶道からでも、スポーツからでも、
ヨガや芸術や、ビジネスなどなど
なんでも自分なりに極めたものから生きるヒントは得られます。
私の場合はそれが『リーディング』だった、というだけのこと。
今日の映画のおかげで、
その辺りの情熱がまたふつふつと。
自分のための時間って、ホント大事ですね![]()
以前なら、普通にストーリーを追ったり
時には周りの観客に意識が向いたり、
せいぜい監督の意図や、俳優の気持ちを汲んだり・・・
そんな視野でしか映画を観れていなかったと思うのですが。
今回は映画を観ながら、↑のようなことは3〜4割。
5割以上は多次元から、
複数の情報を同時に取りながら視ている自分に気づきました。
「綾子さんは一体どうやって視えてるの?」と
何度も尋ねられて、これまでは自分でもよく説明できなかったんですが
自分が何をどう視ているか?が今日は少し解明した気がします。
その辺りのコアなお話は(そんなの興味あります??![]()
)
『お茶会soulサミット in zoom』で、リクエストがあれば喋ります。笑
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