今年のイタリアでのオリンピック。

金銀銅、メダリストかどうかに関わらず

「勝ち負けのステージにいない」選手

明らかに増えていると感じました。

もちろん、これまでもいました。

でも今は、

10代や20代の選手が自然にこう語る。

「勝ち負けより、この競技を通して、私は何を表現したいのか」

負け惜しみやたてまえや、

言葉遊びではなく、

この視点に立てる若者が

こんなに多いことに、感動しています。

自分の人生と競技が、ちゃんとリンクしている。

身体とのリンク。

これを抜きにして、覚醒は語れない。

スポーツを極めることは、

マインドを制することとほぼイコール。

緊張、不安、焦り、期待。

そのすべてが身体に出る。

だからこそ、

自分の内側を整え続けるしかない。

誤魔化しは通用しない世界です。

勝ちたい気持ちが悪いわけではありません。

むしろ、そこを通らないと見えない景色もある。

でも——

勝ち負けだけに自分の価値を置いたままだと、

エネルギーはどうしても外に向き続ける。

他者比較。

評価。

結果。

そこに軸がある限り、

どこか苦しい。

一方で、

「私は何を表現するのか」

ここに軸を置いた瞬間、

世界は驚くほどシンプルになる。

やることは同じでも、

エネルギーの質が変わる。

そして不思議なことに、

そこから追い風が吹き始める。

努力はしている。

でも、力みがない。

宇宙の応援が加速する、という感覚。

本人の“脳力”も拡張していく。

今まで使っていなかった回路が、

自然と動き出すように。

だから結果が出ることもある。

でもそれは、

「勝つためだけに頑張った結果」とは

まったく質が違う。

私はそう感じています。

これはスポーツの話だけではありません。

私たちの日常も同じ。

「認められたい」

「負けたくない」

「成功したい」

そのステージにいる自分を否定する必要はない。

でも、もし少し視点を上げてみたら。

「私は、この人生で何を表現したいのだろう?」

と問い直してみたら。

景色は、変わるかもしれません。

メダルの色よりも、

肩書きよりも、

評価よりも。

本当に問われているのは——

どの意識のステージで、生きているか。


勝ち負けを超えた先にある軽やかさ。


今年はそんな心境に至る方が

スポーツ界以外でも爆増する気がしますピンクハート