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【大阪】にじいろスタジオ~BODYMINDCREATION~

    ~親子で創るRainbowDance~
こども達のココロとカラダをクリエイトする共育プロジェクト
    〜育児も自分も楽しみたいママ集合〜
ママ達の子育て仲間、子ども達の遊び仲間を創る育児ラボ

お世話になっている
児童養護施設さんの広報誌に

「ダンス教室」の活動として掲載していただきました(o^^o)





お世話になってもうすぐ2年になります。
いつも勉強させていただくことばかり。


今日も午後から今月末の発表会に向けて
練習です。


発表会まで残りわずか。
ワタシもこども達とともに伴走します(^O^)/
少し前の新聞記事です。
※FBでシェアされていた写真を拝借させていただきました。





映画「永遠のゼロ」を見た中学生の感想。

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教育によって培われた「共通認識」は本能まで変えてしまうのか。
…………..
非常識が常識になってしまう

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これは学校の教育が。。。。ということですが
こどもの一番身近な存在である親の価値観や普段よく使っている
言葉の口癖なんかも、こどもの世界観や価値観、思考のクセをつくっているんだろうなと思う。
親のイイ価値観もそうでない価値観や枠が、自分の価値観になっていくということ。


ワタシは、母が世間体をすごくすごく気にする人だったので
親が離婚していることも
兄弟が不登校であることも
ワタシが死を意識するくらいの家庭内暴力も
誰にも言えませんでした。
言ったらダメだと思ってたのです。
死を意識するくらいの壮絶な毎日でも我慢するしかなったのです。


きっと言えば誰か助けてくれていたはずです。


おそらく母もそういう価値観で育ってきたんでしょうね。
困った時にSOSを出せない。
離婚して、こどもの不登校、仕事、、、
母も誰にも相談できなくて辛かったと思います。


自分を取り巻く世界の価値観や枠は、そこに違和感や疑問を感じるまで
なかなか抜けることはできません。
ましてや、こどもの世界は大人よりも狭いです。


だからこそ、何かに苦しんでいたり、SOSを出したい時に
自分の本当の気持ち、価値観よりも、後天的に培われた価値観や枠が邪魔をしてしまうのでは
と考えます。


自分の意思を発信することの勇気
自分の気持ちを置き去りにしないココロの感度を高める
自分の人生は自分で活かしていくもの、主体的に生きる力


これらを、体験を通じて学べる機会を
RainbowDanceできちんと伝えていきたいな。
ただのダンスでは意味がないし、踊るだけで終わらせるつもりはない。

自分らしく生きる力を育んでほしい。





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キッズダンスのクラスで…


「将来何になるの~?」

という話になりました。

すると1人の女の子が

「お医者さんになりたい」



…と。


ワタシが

「そしたらめっちゃ勉強しなあかんなぁ~^^」


と言うと…。


「大丈夫!パパとママの子やからできるねん!」


と自信満々\(^ー^)/



お父さんとお母さんの子やから大丈夫!って、そんなふうに親の事を信じて信頼している。



親がこうだからこどもも必ずこんなふうになる。

という保証はない。


根拠の無い自信かもしれない。


でもその自信はその子がこれからいろんなコトに挑戦していく時のココロの自信になっていくことは間違いない。



普段から親がこどもに見せている姿勢が、こどもにこんなふうにメッセージを届けてるんだね。


親もこどももお互いが応援しあえて、お互いに良い刺激を与えあえる関係をつくる。


Rainbow Danceでも目指したいところのメッセージでもあります。
前回の記事の続き
クリック「アダルトチルドレン①」


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「アダルトチルドレン」として育ったこどもが
どんな風に生き苦しさを感じながら過ごしていくのか。

本来なら
こどもたちが信頼して甘えたりすることができる両親が…………..
安心して過ごせる居場所である家庭が……………..
そうではないとき。
強い不安や恐怖を感じながら、萎縮しまうことで本当の自分を見失う。


親が世間体にこだわりが強かったりすると
「余計なことを言うな」「普通でないことはいけないことである」ということを学ばせてしまう。
その結果、ほんとに苦しい時にSOSが出せない。
自分でなんとかしようとする。
そして、そのリミッターが超えた時に自殺や犯罪に発展するのだと思う。生き延びたとしても自己肯定感が持てず、心理的に不安定な状況になることが多く生き苦しさを感じながら人生を歩んでしまう。
親の期待に応えようと常に緊張、あるいは親からの暴力などに身の危険を感じながら過ごし、感情を殆ど表に出さずにこども時代を送る。



<アダルトチルドレン>

こんなこどものパターンに分けられるそうです。




■ヒーロー(英雄)
家族の期待を一身に背負い、世間から良い評価をされるこども。
さらなる活躍に家族が期待する。その結果家族が仲良くなっていくように見える。
その期待に応えるため、必要以上に頑張ってしまう。

■プラケーター(世話役)
ヒステリーな母親や元気の無い父親を、いつも元気づけている子。
自分勝手にならないよう、してほしいことがあっても我慢してきた。
親に必要以上に遠慮をしてしまう。自分が我慢することで、平和を保とうとする。

■ピエロ(道化師)
家族の笑いの対象であり続けようとし、例えば家族の間でトラブルが起こったときに
わざとおもしろいことしたりして笑わせたりして不安を誤魔化してきた。

■イネイブラー(支え役)
母親に代わって弟妹の面倒をみたり、父親に代わって母親のケアをしたりと他人の世話を焼くのは得意。自分の問題からは逃げてばかりいる。成人してからも甘え下手になることがある。

■スケープゴート(身代わり)
家族の感情の全部抱え込む。家の中の「ダメ」をひとえに背負いこむ。問題を起こし注目を集めることで、家族の崩壊を防いでいる。

■ロスト・ワン(いない子)
目立たないことによって存在し続ける。
手がかからない、心配させないという意味ではなく、心が傷つくことを免れようとし、孤独な方へ自ら選んでいく。


自分の都合ではなく、親の機嫌や顔色、家の中の雰囲気を優先し
無意識の振る舞いとして出てくる行動パターン。
自分に自信を持たせてくれる(自己肯定感)人の存在、機会がなかったということが問題として挙げられる。

大人になってから誰かにから褒められても、それを素直に受け入れることができない。自分に対して自信がなく、自分を否定してしまう。それは強い生きにくさとなる。自分を肯定してはならない、自信を持ってはならないという根深いメンタルブロック。


結果、自己否定、何かに依存、マイナス思考などになる傾向がある。
それらは強いストレスを生む。
やがて無気力や鬱、神経質、摂食障害などへと繋がるケースもある。 ストレスを溜めこみ、コントロールできず他人を傷付けてしまうこともあるかもしれない。


アダルトチルドレン自体が病気ではないにしても、深い苦しみを背負って生きていく。


ワタシは自分の経験を活かして
そうなる前の問題の芽を摘みたいし
渦中にいる人が、本当の自分で出会うきっかけを社会に発信していきたい。


どんな人でも生まれてきた事に意味があり価値がある。




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児童養護施設さんの発表会で使用するメイキングムービーを作りました^^

まだ写真を差し替えたりしますが、ひとまず第一弾の完成♪



新しいお友達が入ってくるかも?だったり、まだ全員の集合写真を撮れてなかったりで、そのあたりを微調整しながらクオリティを上げていきたいな。



メイキングムービーを作ろうと思ったきっかけは発表会の作品でラストのエンディングで映像を流すという演出でもありますが、一番の目的はこのムービーをこども達の親御さんにプレゼントしたかったのです。
親御さんに渡す…、のが厳しい場合は映像に残すことでこども達の思い出として形に残すプレゼントになるから。



この発表会までの練習風景やエピソードを映像に盛り込むことで、普段一緒に居れない親御さんにこども達の様子を見てもらえたらなぁ~と思ったから。



とはいえ、この第一弾ムービーが完成したら、いろいろチャンスなことが…(・_・;)



こうやってムービーを作ること、発表会で映像を流すことを職員さんから親御さんへ許可をいただくやりとりをしていただいてるのですが…。


やはり施設にいるこども達の家庭背景には、それぞれに様々な事情があり、入所している事情も様々…


定期的に帰省できるこどももいれば、全く帰省できないこどももいたり。

などなど他にも様々なパターン。



親御さんと連絡を取れたり、取れなかったりで、本人の写真を映像で使えないパターンが出てきたりしました。



施設にいるこども達のバックボーンには様々な背景があります。



「こども達に元気を伝えたい!」



中途半端な気持ちでやったらあかん!と改めて思いました。



でも、勝手な思い込みでビビって、想いを出し惜しみしないで、ワタシが出来ることをきちんとしっかりやり続けようと。


誰もが持っている無限の可能性は、みんなに平等^^


生きる喜びを感じるのも誰にでも味わえる人生の醍醐味^^



それを一つひとつの経験の積み重ねを、自分の生きる力にしてもらう。そのきっかけや仕掛けを作るのがワタシの役割。



児童養護施設さんの取り組みに携わらせていただいて、本当に勉強させてもらっています。






「アダルトチルドレン」について


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こどもの頃の経験や体験が大人になってから
それがどんなふうに力が働くのか調べてみました。
備忘録としてシェアします。
誰かの何かの参考になれば嬉しいな^^
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「アダルトチルドレン」
幼少期を機能不全家族の中で育ち、大人になってからもこどもの時代に受けたカラダのココロの心的ダメージを抱え、いろいろな場面で社会的な生活が困難となっている人々のこと。
そのまま訳して子供みたいな大人って意味ではない。


そういった意味でワタシ自身も「アダルトチルドレン」です。
ワタシの生い立ちを書いてくださった記事はこちら→☆☆☆


ワタシは今
人や環境に恵まれたお陰で 悲惨だと思われるような全ての出来事を
ワタシの生まれてきた事の意味
使命に気づくための仕掛けだったんだと思えるようにまでになりました。
感謝しかありません。
何かが少しでもずれていれば、今ここに存在すらしていないかもしれません。
本当にラッキーな女の子です。

傷が気付きに変わり
苦しみが喜びに変わり
憎しみは愛に変わり

今まで歩んできた人生を誇りに思います。

きっかけがあれば、人生はいくらでも変えられる。
なりたい自分になれる。
人生は自分で創っていける。
ワタシの願いは
辛い家庭環境で育ったワタシのように
今もどこかで苦しんでいるSOSを出せないこども・ティーンエイジャーが
勇気を出して、本当の自分に出会ってほしい。
主体的に人生を生きてほしい。
そのきっかけがつくれるメッセージを社会に投げかけること。


そういえばまだ、渦中にいたほやほやの頃
高校生の夏休みの読書感想文の宿題で「アダルトチルドレン」に関する本を読んだこともありました。15~16歳の頃のワタシなりに今の現状をなんとかしたいと思い手にとったんでしょうね。


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アダルトチルドレンは

アルコール依存症の両親の下で育てられ成人した人たちを指していたそうです。
現在では、『機能不な家族環境の下で育った大人たち』という定義に変わっています。
機能していない家族システムに適応することで、自分の気持ちに何らかの折り合いをつけ、本当のココロを置き去りにこども時代を生き延びるものの、思春期を過ぎてからも生き苦しさを感じながら生きて行く。こどもの頃の経験や記憶が傷やトラウマとなり根深く残り感情や行動に障害が残る傾向があるそうです。
その特徴は、アルコール依存症の両親の下で育ったこども以外にも見られることがわかりそれ以外のケースもアダルトチルドレンと呼ぶようになったそうです。

機能不全家族とは、家族がお互いに思いやりを持って助け合うという『本来の家族の機能』が損なわれている家庭のこと。
複雑な家庭……….とワタシは表現していたりします。


例えばこんな感じの例

・親の愛を受けるために、いつも親の顔色を伺う・親の意見に従わなければならない。
・親の世間体や表向きの家族の見え方を気にするあまり
 親子間のコミニュケーションが疎かになっている。
・夫婦関係が悪くて喧嘩が絶えない。
・家庭内の誰かが存在を否定されたり、バカにされたりということがある。
・過保護。こどもに対して過剰な期待をかけて甘やかす・プレッシャーをかけすぎる。
・自立の機会を与えないといった過度の干渉。
・親が感情をコントロールできずにこどもに当たる。(DV、虐待など)
・アルコール、薬物、ギャンブルなどの依存症を持った家族がいる。
・親がこどもを育てるという自覚がない。
・親がこどもを自分の所有物と認識している。
・こどもを一人の人格として認識していない。    ……………………etc。




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パッと見た感じ
どれも親が親としての責任を果たすための十分な精神的成熟が出来ていなかったことに原因が求められるわけだけど……
その親も「アダルトチルドレン」だった場合があるわけで
誰が悪いとかイイとかではなく
誰かがそこに気づいたきっかけで
誰かを責めるのではなく
そうなっていたその循環を良い流れにシフトチェンジすればいいのだと思う。
ワタシはご先祖さまを親を叔母や叔父を兄弟を責めるつもりは全くない。
誰かを責めて責任を求めても、傷つけ合うだけで一ミリも解決しない。


家族内での愛情、親子の絆や繋がりは損得関係なし自然に生まれるもの。
無償の愛を与え合えるのが家族。
そしてそれは無理してやるものでもなく、自然にそういう関係があるのいい。
意図的に作るものでもない。


とはいえ、何かのズレですれ違いで、勘違いでそこができなくなることもある。
それは、コミュニケーション不足や一緒に共有する時間の少なさから起こることだと思う。


仕事が忙しくて家族で共に過ごす時間が少なかったり……………
親子のコミュニケーションをほとんど取ることができなかったり…………………



ということは、意図的にそういう時間を創る必要があるというわけ。


とはいえ、べったりいつも一緒に親子でいる。
家族がいつでもどんな時でも一緒であればいいというのではない。


時間の量ではなく質。


家族お互いが一人ひとりの生き方を尊重、応援できる関係。
離れていても、一緒に居る時間が少なくても、いざという時には
出てきてくれる。助け合える。
それぞれが主体的に生きている。
そんな家族関係、親子関係ができたらいいなと思う。
時間の距離ではなく、ココロの距離があれば大丈夫。
本当のココロの繋がりをワタシは親子に伝えたい。


それは、それぞれを信頼・信用から生まれた関係性、つながりである。
一瞬にできるものではなく、ひとつひとつのできごとを共有した経験や
小さな時間の積み重ねからできる絆や愛情から成り立つもの。



それを家族で親子で、ちょっとずつ創るきっかけを親子ダンスを通じて届けていきたい。


こどもの頃に育まれた絆は、こどもが生きていくうえでの精神的なバックボーンになる。
自己肯定感を育むことが、生きる力を身につけていくことになると考えています。


…………………..つづく  







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今日は児童養護施設さんの発表会の練習日でした^^


先週、1人だけ前転ができなくて悔しくて泣いてた子がこの1週間で出来るようになって。


「せんせい、でんぐりがえりできるようになったぁ!」



と、施設に着くなり、走り寄ってきてくれました。



いつも、1番ゆっくりでのんびりマイペースやのに、今日は1番やる気と集中力を発揮してて驚きました^^



大なり小なり
一つひとつの成功体験が自信の種になるんだねー。


イイぞぉ~~!


こどもの可能性を引き出すお手伝いをするのがワタシのお役目だと思って、児童養護施設さんに携わらせていただいています。


そして、今日は振り付けがイイ感じで入ってて、あ~みんなめっちゃ練習してくれはってんなぁ~~。職員さんもありがとう~♪と思ってたら、どうやら練習は先週以来、一回しかやってないんだって(驚)!



ってことは、みんなの出来がめっちゃイイ、身体能力に集中力がイイからやんか\(^ー^)/


みんなに備わっている力にテンションあがりました!



だから


「これは無理かな~」
「これは難しいかな~」
「無難に…」



なんていう理由は大人の勝手な判断^^


無難にリスク回避してチャレンジを無くすのは、大人の価値観に邪魔されてこどもの可能性を枠にはめちゃうことになると思うねん。


やってみれば、できることがいっぱい!!


こどもの可能性
持っている力を引き出してあげられるよう、前向きなチャレンジをどんどん課していこうと思いました~♪



発表会まで1ヶ月以上もあって、今の段階でイイ感じの流れやから、クオリティけっこう上げれそうで楽しみやわ~♪


お世話になっているNPO法人生涯学習サポート兵庫さんのイベントのお知らせです^^



2月1日(土)姫路市でファミリーコンサートが開催されます。


ココロが暖かくなる
親子で笑顔になる
そこに集まるみんながハッピーになれるイベントです。


お近くの方は是非、足を運んでみてくださいね(^O^)/


詳しくはこちら「うたとあそびのぶんちゃか座ファミリーコンサート」