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 槙に案内され辿り着いた小桜家は想像以上に広く、最近は感じていなかった彼女のメグムとしての階級を思い知る。
 「スッゲぇ。これってつまり、このマンション丸々あの子の家なわけだろ?どういう財力持ってたらこうなるんだよ。しかも、洒落てんなぁ。まじ、すげぇ」
 「大介あんたさ、本当に恥ずかしいからちょっと黙れよ。幼児みたいに騒ぐな」
 子供の様に騒ぐ大介をエレベータに押し込み、最上階のボタンを押す乙。それを受けた槙は困った表情を作って笑った。
 「満流の父親、メグムが所属してた事務所の社長なんでお金持ってるんです。それに、元々資産家らしいし」
 「金には困らなさそうやんなぁ。大丈夫か?あいつ。ちゃんと常識ある?」
 祖父母宅で豪勢な家を見慣れている一流も、流石に驚きを隠せない。親の金に頼らない主義を取る高橋家では、大富豪の如く裕福な生活を送るのは祖父母夫婦だけだと思っていたのだ。
 最近知ったところによれば実際は、両親も同じく余生を遊んで暮らせるほどの大金を有している。つまりこの家系の裕福さは金そのものではなく“カルト”という権力的遺産の継承によるもので、小桜という満流の親もまた、その財に買われて彼女の人生の補助を受け入れた————そう思うと、淀みない怒りと不信感が沸々と湧いてきた。
 高橋くん、と槙に呼び掛けられて顔を上げる。
 「もうすぐだよ」
 槙はにっこりと穏やかに笑み、そう言った。
 十三階を過ぎ、一番右のランプが点く。静かに開きかけた扉の向こうに待っていたのは、彼が忘れたはずの男だった。
 エレベータの扉が開き切ると、通路ではなく、そのまま屋内につながる。一応家具は有るがそれが置物の様で、生活感のまるでない部屋。閑散とした空間の中に一人、温厚な面持ちで四人を迎える男。
 「お久しぶりです、一流くん。槙さんもいらっしゃい」
 ずん、と胸の奥が疼く。
 「あの時今くらいデカかったら、親父やあんたを刺してでも止めたのに」
 槙の後ろ、相手には聞こえなかっただろう声の大きさで呟き、一人一流は目を伏せる。槙と大介が振り向くかどうかのタイミングで更に後ろに立つ乙に足を軽く蹴られ、彼らの視線が向く頃には笑顔を作って「お久し振りです」と応えた。
 「で?どういうことですか、総吾さん。私、さっき電話した時に総吾さんが匿ってくれると聞いたと思ってたんですけど。話が違いません?」
 前に向き直った槙は固く握り拳を作り、男に訊ねた。左手が、奥の方を指差す。示された方を見ると、部屋の片隅に用意された椅子に腰掛けた無表情な男がこちらをじっと見つめている。
 総吾は目を伏せたまま、何も言わない。
 「そう———ですよね。」
 爪が食い込みそうなほど強く結ばれた彼女の右手が、小刻みに震えていた。
 「満流がここにいない今、貴方を信じ頼りにした私が間違ってました」
 「心配ナドしなくテも、ワタシ、何もしナい。オマエたちガおとなしクシテいレバ。オマエたち、普段ドウリにスル、学校行ク、ココへ帰ル。ワタシ、ミハルだけダ」
 「つまり———見逃す?」
 「そウ、ダ。今はオマエたちに費やス人員モ時間モナイ」
 「何かあったんですか?」
 「オマエには関係ナイ」
 男の顔に、若干不満の色が浮かぶ。
 この状況が何を意味するのか、一流たちには分からない。ただ、カルトにとってこんなことは容易に起こっていいものではなく、自分たちの目に見えない場所で、またも何かが動き始めたのだろうということは何となく判った。守が満流のもとへ向かったことや、槙が逃げ出したことよりずっと重大な何かが彼らを襲ったのだ。
 何があったのだろう。一流の胸には妙な騒ぎがあった。



 カルトが不滅なのには理由があるのだと、守は食事を運んできた青年に教えられた。
 地下の冷たい床に置かれた食器類は氷の様で、持って食べることなどままならない。ローストビーフにフォークを突き刺して食べた。
 「例えバ、一番メに、メンバーはミナ、子を産むコト義務付けられマス。育っタ始めノ子はメンバーになりマス。始めハほとんどのメンバーが捨て駒のようニ酷イ扱い受けまスが、能力ガ認められれバ段々“位”アガリまス。
 二番メに、“上”のモノは、仲間内ニしか顔ヲ見せませン。下に多ク組織ガいマス。裏社会でカルトに歯向かえるモノなど居ないニ等シイ。忠実ナ協力者ガいるのハ、組織ガ長生きする一番の理由デス。」
 他に話し相手はいないのか、よく喋る奴だ。
 雄弁なのは結構だがしかし、そんな大切そうな内情をこんなにもペラペラと口外していいものなのか。それとも、自分のような少壮で能力も持たない人間にばらした所で、何の脅威にもならないということか。饒舌過ぎる語りからは測りかね、へえ、とだけ相槌をうつ。
 顔を赤らめ熱弁する青年は、冷めた返事に反比例する勢いで夢心地に陶酔し始めた。
 「カルトはエイエンでフメツです。ジョーカーが現れ、それが強固なものとなりマシタ」
 「あいつ———あの人、そんな強いんすか?」
 「それはトテモッ!彼女ヲ初メテお目にかかっタ時、ワタシ、コウフンで夜も眠れなかっタ!鮮血に染まッタ彼女ハ、それはもう最高に美しかったのデス。遮られることのナイ歩モ、躊躇イなく銃撃スル姿も、それマデに見たことのナイ程鮮やかデス。あんなニ銃と血が似合う女性はハートのクイーン以来ダ」
 興奮気味に言いはしゃぎ遠い目をする青年。彼は恐らく、彼女がどんな顔で笑うのかなど知りもしないだろう。どれだけ明るく、強く、どれだけの人を引き付け魅了してきたか。それがどれだけ儚く殺那的で、胡散臭い強さを守に見せるか。守が彼女の汚れた姿を知らないように、彼は知らないだろう。彼女はそんなことの為に生まれ、生きているわけではない。
 一頻り喋り倒したかと思えば、青年は徐に立ち上がり、意気揚々と去っていく。
 「大丈夫か、あのオッサン」
 酒でも飲んで酔っていたのかもしれない。鍵も掛けず扉も開けっ放しで遠退いていく背中を見つめ、フォークを空になった皿の上に置きながら守は呟いた。
 カツン、という冷たい音が耳に響く。


 開かれた扉。
 一体、その先にはどんな世界が在るだろうか。明るい?暗い?
 そろそろ慣れただろうと思っていた強烈な臭いは、容赦なく少年らの傷を抉る。
 再び姿を眩ました少女、失った掛け替えのないもの、戻らない時間。歳を重ねても尚力及ばず、またも見守る他先を見る術はなさそうだった。生きることで精一杯、そんな彼らを何と形容しようか。籠のなかの鳥、鎖につながれた犬、動物園の檻のライオン或いは————埃塗れのトランプ?
 これから先、彼らに注がれるのは光か闇か。



 長い夏が終わり、乙の言う通りあっという間に葉が散った。満流の欠席は最初こそ生徒たちに疑問を抱かせたが、それもすぐに止んだ。
 「あれ、コーちゃんまだ帰らないの?」
 生徒会の仲間に声をかけられ、槙は体育科の城、第ニ校舎へと向けられた足を止めた。
 「うん。今、お母さんが体調崩しててお店が大変だから手伝わなきゃいけないんだけど、夕方まではバイトさんがいるから。あんまり早くからいると、却って邪魔しちゃう」
 適当に法螺を吐いて微笑むと、大変だね、頑張って、と微笑み返される。こんな応酬を何度繰り返しただろうか。考えながら、また体の向きを変えて歩きだす。
 一年B組の教室は三階の端、わりかし日当りの良い場所にあるので廊下より数段暖かい。廊下も寒いわけではないが、やはりB組の教室の方が落ちつけた。
 ドアを開けようとすると、槙がそうするより早くドアが音を立てる。悪戯な笑みが槙を迎え、そろそろだと予想していたことを告げる。
 「生徒会ってちゃんと活動あんねんなぁ。裏方やさかいしゃあないんかも知らへんけど、俺行事以外に生徒会が動いてるん見たことなかったわ」
 「一応毎日あるよ。最近は特に行事が多いから。ごめんね、折角今日はサッカー部もオフで、バスケ部も活動短めだったのに」
 「構へん構へん。どうせあと帰るだけや。待ってる間乙さんと大介くんとトランプして遊んでたし」
 「トランプ?」
 「そ。俺のひとり勝ち」
 一流の右手にブイサインが出来る。近づいた顔がそっと淋しげに崩れると、危機感無くてごめんな、と言った。
 「大丈夫よ。明るくいられるならそれに越したことはないし」
 目尻を下げ、彼の上半身が視界に入るよう一歩後ろに下がる。
 「それより、何か面白いことでもあった?凄く楽しそう」
 「え?ああ、面白いことっちゅうか、ニュースやらなんやらと外のこと教えてもろうてん。小桜家に来てから全然テレビつけさせてもらえへんから。それまで習慣だったことやし、いきなり出来へんくなると居心地悪ぅて」
 「一通り聞いたらすっきりした?」
 槙は、だとすれば何だか彼らしいと思った。一流のことをよく知っている訳でもないのに、不思議と腑に落ちる。
 照れ臭そうな苦笑いを前に、はっとして目を逸らした。
 「私もさっき生徒会の人たちが話してるの聞いたよ。なんか、凄いことになってるみたいで」
 一時間程前を想起する。
 本当に凄いことになっているのだ。夏の終わり、秋の始めというべきか、丁度守が槙を迎えに病院へ乗り込んで来た頃だ。そんな時季に事は始まった。
 フランスのある小都市で、警察がカルトの一部メンバーを包囲した。カルト七人と現地の悪質グループ数十人と言う少なくはないが多すぎもしない人数を、百名余りの警察隊で囲んだにも関わらず、結果は惨敗。黒装束に身を包んだ七人、つまりはカルトだけが、戦績に立っていたという。その後間もなく彼らは姿を消し、余韻を残すものの一時は過去のこととして過ぎた。
 数日後、全く同じ事件がアメリカでも起き、再び世間を騒がせる。まるで飛び火するようにしてそれが数ヵ国で相次いだ。死傷者を大勢出すも、勿論肝心のカルト成員は誰一人捕まえられていない。
 「ケータイ借りて映像見せてもらったけど、凄まじいな。どういうやり合いしてたらそうなったんだよっていう。腕とか無くなってんだぜ?それでもまだ片腕で撃ってる」
 「まるで戦争じゃん。だけど、かなり一方的」
 荷物をまとめた大介と乙も会話に加わる。物騒な世の中だね、と乙が苦笑した。

 「すみません先輩」
 帰り道、先を歩く男子二人の背中を見ながら槙が言う。
 「ちゃんと理由も説明しないで、不自由な生活に巻き込んじゃって」
 横目に乙の横顔を覗くと、少し間隔をあけ、一息ついて彼女の口が開く。思うよりずっと落ち着いた声だ。
 「構やしないよ。憶測の範囲でしかないけど、多分事情は飲み込めたし。あいつら、嘘下手だから。まぁ、不自由っちゃ不自由だけど、実家よりずっと快適じゃん。広いし綺麗だし。親なんて、受けられる贅沢は受けとけとか言って、喜んで追い出しやがった。ものは考え様でしょ」
 「でもっ」
 「うちばっかり部外者にすんの、いい加減やめてくんない?何だかんだ言って、うちは春野を幼馴染みみたいに思ってるし、大事なうちのエースをあんな頼りない馬鹿共ばっかりにゃ任せらんないんだよ」
 あっけらかんとした言い種と、芯の有る意志。反論は受け付けそうにもない。中学時代から、彼女は正義感の塊だと言う友人がいくつか在った。その通りだと思った折を彼女に伝えると、「春野には偽善者だって言われるけど」と言って笑う。そして、それでいいんだ、と。
 「偽善だからって正義を唱える人間がいなくなったら、それこそ人類破滅だよ。悪人がいて、正義がいて、やっとこの世界が成り立ってんの」



 満流。君の目に、世界はどのように映りますか?





※。・゜.゜管理者より読者の皆様へ※。・゜.゜

先日、管理者の不手際により関係のない記事を記載してしまったことを、深くお詫び申し上げます。
以後同じ過ちを繰り返さぬ様注意を払っていきます。
誠に申し訳ありませんでした。

※。・゜.゜※。・゜.゜※。・゜.゜※。・゜.゜