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Lost a beam of heR
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舗装されていない地面はゴツゴツしていて、横になっていると点在する石が身体中を刺した。腹の辺りの重みで、起き上がろうにも身動きが取れない。
「さすがヤツらの娘、と言ったところか」
額に冷たくて固い感触がある。満流は目の前の人物から視線を逸らし、ただ一点を見つめ続けていた。ピクリとも動かない、春野が地面に横たわる。
「スバラシイお褒めの言葉をどうもね。あいつらに育てられた記憶って、あんまりないけど」
「あぁ、そうか。君は“捨てられた方”だったな。の割りにはよく、ご両親に仕えてたじゃないか。こんな汚れ仕事まで引き受けて、君は賢いのか馬鹿なのか分からない。本気で、ヤツらに付いていけばカルトが潰せるとでも思ったか?それとも何か弱味でも握られているのか?そうでなければ———」
陶酔したように満流を見下す男。満流は漸く男と目を合わせ、挑発的に微笑んだ。
「喋るのが好きな男だね。上司によく、馬鹿だって言われない?」
暗がりで見えなかった男の顔が近づき、汚れきった顔で満流の視界を塞ぐ。全身に鳥肌が立った。
「ジョーカーといえど、ここから形勢逆転は無理だからな!裏切り者め、嘗めた真似をしやがって。精々苦しみながらこの世を去れ。下級の者がどんなに辛い思いをしていたかとも知らずに!見てみろ!これだけの人数しか残っていないじゃ…————」
「形勢逆転が、なんだって?」
背後の声に反応し、顔を上げた男のから色が消える。
開けた視界に映ったのは、月をうっすらと隠して霞んだ空と、男を見下ろす蔑むような瞳。不定形な雪が月光に照らされながらちらつく。春野だ。
満流は涼しい表情で続けた。
「残念だね。折角ハートのキングに仕事を貰えたのに、あたし相手に時間稼ぎだなんて……一つ、いいことを教えてあげる。時間稼ぎをする時はね、それを敵に悟られちゃいけない。それと、相手の勢力も調べとかなきゃ、ね?」
額に当てられた銃を払い、今度は満流の方から顔を近付ける。
「ま、“下っぱ”にそこまで求めないか。所詮、ハートのキングの捨て駒でしょ。置いていかれたの、分かってる?」
「どうしてお前が生きている!?さっきまで確か…に———」
男は崩れ落ち、目を開けたまま闇に消えた。
顔面に血の雨を浴び、視界から男が消えると、荒れ果てた地には見知った顔が幾つかある。彼女自身も気付かぬ間に、彼女らの背後は再び戦場となっていたらしい。
最悪の気分でその場に座りこむと、その上に春野が覆い被さった。
「あと、少しですから…」
春野は呟き、静かに目を閉じる。満流は、彼女の肩越しに雪を見た。冷たく、儚く、殺那的な、とめどない雪。ぼんやりそれを見つめ、続く言葉を聞き損ねる。
頭上を影が覆うと、春野は顔を上げた。
「葉流さん、流さん………優しい嘘を、ありがとうございました————私、後悔しませんよ。“春野”にも、お二人の娘にも慣れなかったけど、禄に人道上も歩けなかったけど、それでも後悔はないし、恨んだりもしません」
ねぇ流さん。腹部を押さえ、彼女はかすかな笑みを浮かべた。
コレで———借りは…返せましたか——————?
「まな……」
春野が流に抱き上げられ、満流は全身に伸し掛かっていた重みから、ふっ、と解放された。何も言えないまま、何もできないまま、ただ、春野の腹部を眺めていた。
空気が慌ただしく動きだす。明は春野と満流に応急手当てを施し、彼女の上着を満流に掛けた。
「ごめんなみっちゃん。嫌なことさせてもうて」
そして、彼女は言った。ありがとう、と、切実な声で。
「誰かがやらなあかん、こないなこと、長く続いたらあかんて、皆分かってた。うちかて、“こんな世界、さっさと消えてなくなればイイ”、“誰かうちらを止めてくれ”って、何度そう思ったことか————でも同時に、それは自分の役目じゃないって、逃げてたんや。悪魔にも正義にもなれへん、最低で中途半端なニンゲンやってん。おおきに。満流、ほんまに、ありがとう」
「あきらさん……あたし————」
余りに大きすぎる罪と責任に押し潰されそうで、もう、無理だと叫びたかった。
五十余りの“人”から生を奪い、その数倍に及ぶ人から家族を奪った。そこに残ったものはなく、悲しみだけが生まれていることを、まさか知らないとは言えない。
ならば、自分がやっていることは一体何なんだろう。
生産性も何もないただの人殺しではないか。死のうとしているたった数人のために、その何倍の命を犠牲にしたのか。
考えれば考えるほど本来の目的を見失いそうになり、全てを捨てて壊れてしまいそうだった。
何より恐いのが、身内である彼らを手に掛けることだ。恐らく、彼らは銃を向けられても無抵抗なままだろう。それが当然だと言わんばかりに、黙って身を委ねるのだ。満流はそれが、途轍もなく恐かった。
「満流」
流の声に呼ばれ、頭の中にある闇の一本道から辛うじて逃れた。
「……なに?」
「真奈を、生まれた場所に返したって」
ライトブルーの真っ直ぐな瞳と目が合う。吸い込まれそうになった満流は、すぐに顔を背けた。
「自分でやりなよ。それまで待ってあげるから」
「満流」
「いやだ」
「ミチ」
「いやだってば!自分が拾ったコドモでしょ?アンタ親じゃん。ちゃんと最後まで自分で責任持ちなよ。冗談じゃない、あたしに押し付けないで、死にかけの奴の面倒なんてみたくな———…い」
何年振りかに味わう、頬の痛み。寒さに冷えた頬はその痛みを倍増させ、皮膚の億の奥まで浸透した。
小桜の家に出されて八年、小桜の両親は家を開け続け、美樹は満流に対して高値品を扱うかのように甘かった。そもそも、モデルとなり顔を商品にした彼女に手を上げる者など、何処にもなかったのだ。
痛みは浸透し、不思議と満流の頭を冷やした。
「……ごめん。言い過ぎた」
素直に謝る満流に、流は年甲斐もなく泣きそうな声で言う。
「自分の不幸を、真奈のせいにするな。恨むなら、俺を恨んでくれ。この、碌でもない親を」
どのくらいの時間が過ぎたか。
夜が明け辺りが明るくなると、彼らは何かの液体を被り始める。容器から流れ出るぽこ、ぽこ、という音。
ねぇ。
静かに目を閉じて微かに寝息を立てる春野の傍ら、少し離れた場所から、何処へとはなく満流が声をかけた。
「もし、あたしたちが後継者としての価値がないくらい駄目な子供でも、同じ様に、愛してくれてた?」
数秒の沈黙。明が吹き出し、続いて葉流と流も笑いだした。
「馬鹿ねぇ、みっちゃん」
「オマエ、そないなことも分からへんのか」
明と流の、然も愉しげな声が響く。子供がはしゃぐような、あどけない騒ぎで、苛立ちさえ憶えるくらいだ。
「真面目に聞いてんですけどーぉ」
最後まで緊張感のない親達に、満流も気を抜く。ずっと凍っていた彼女の表情が、漸く柔らかに綻んだ。
その顔で安心した葉流が、にっと笑った。
「愛したよ、どんな世界でも、どんな子でも。地より、海より深くね」
サヨナラミチル
声が絶えるか絶えないかの内に、目の前に大火が広がる。彼らは笑い、涙を流しながら消えていった。
「——…っっ!!」
立ち上がろうとした満流を、眠っていたはずの春野が引き止める。
「お願いします。あの中、半端な熱さじゃないですから、お願いします、苦しむくらいなら、先に」
銃を握らされ、その先の記憶はとんだ。撃ったかもしれない、撃たなかったかもしれない。
近付くヘリコプターの爆音、誰かに手を引かれて走る感触。そんなものよりもただ、しんしんと降り積もる雪の白と、赤とのコントラストだけが満流の脳裏に焼き付く。
ぼんやりと空を見つめる彼女は、最後に一筋の涙を流していた。
————ワタシハ、ドコデナニヲシテイタ、ダレダッタッケ————
神に指差され、悲しき生を授かった青い鳥、ジョーカー。
壊れ、記憶と心を失い、涙を流した君が、いつか、再び声を上げて笑える日が来ますように。
Lost a beam of heR
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舗装されていない地面はゴツゴツしていて、横になっていると点在する石が身体中を刺した。腹の辺りの重みで、起き上がろうにも身動きが取れない。
「さすがヤツらの娘、と言ったところか」
額に冷たくて固い感触がある。満流は目の前の人物から視線を逸らし、ただ一点を見つめ続けていた。ピクリとも動かない、春野が地面に横たわる。
「スバラシイお褒めの言葉をどうもね。あいつらに育てられた記憶って、あんまりないけど」
「あぁ、そうか。君は“捨てられた方”だったな。の割りにはよく、ご両親に仕えてたじゃないか。こんな汚れ仕事まで引き受けて、君は賢いのか馬鹿なのか分からない。本気で、ヤツらに付いていけばカルトが潰せるとでも思ったか?それとも何か弱味でも握られているのか?そうでなければ———」
陶酔したように満流を見下す男。満流は漸く男と目を合わせ、挑発的に微笑んだ。
「喋るのが好きな男だね。上司によく、馬鹿だって言われない?」
暗がりで見えなかった男の顔が近づき、汚れきった顔で満流の視界を塞ぐ。全身に鳥肌が立った。
「ジョーカーといえど、ここから形勢逆転は無理だからな!裏切り者め、嘗めた真似をしやがって。精々苦しみながらこの世を去れ。下級の者がどんなに辛い思いをしていたかとも知らずに!見てみろ!これだけの人数しか残っていないじゃ…————」
「形勢逆転が、なんだって?」
背後の声に反応し、顔を上げた男のから色が消える。
開けた視界に映ったのは、月をうっすらと隠して霞んだ空と、男を見下ろす蔑むような瞳。不定形な雪が月光に照らされながらちらつく。春野だ。
満流は涼しい表情で続けた。
「残念だね。折角ハートのキングに仕事を貰えたのに、あたし相手に時間稼ぎだなんて……一つ、いいことを教えてあげる。時間稼ぎをする時はね、それを敵に悟られちゃいけない。それと、相手の勢力も調べとかなきゃ、ね?」
額に当てられた銃を払い、今度は満流の方から顔を近付ける。
「ま、“下っぱ”にそこまで求めないか。所詮、ハートのキングの捨て駒でしょ。置いていかれたの、分かってる?」
「どうしてお前が生きている!?さっきまで確か…に———」
男は崩れ落ち、目を開けたまま闇に消えた。
顔面に血の雨を浴び、視界から男が消えると、荒れ果てた地には見知った顔が幾つかある。彼女自身も気付かぬ間に、彼女らの背後は再び戦場となっていたらしい。
最悪の気分でその場に座りこむと、その上に春野が覆い被さった。
「あと、少しですから…」
春野は呟き、静かに目を閉じる。満流は、彼女の肩越しに雪を見た。冷たく、儚く、殺那的な、とめどない雪。ぼんやりそれを見つめ、続く言葉を聞き損ねる。
頭上を影が覆うと、春野は顔を上げた。
「葉流さん、流さん………優しい嘘を、ありがとうございました————私、後悔しませんよ。“春野”にも、お二人の娘にも慣れなかったけど、禄に人道上も歩けなかったけど、それでも後悔はないし、恨んだりもしません」
ねぇ流さん。腹部を押さえ、彼女はかすかな笑みを浮かべた。
コレで———借りは…返せましたか——————?
「まな……」
春野が流に抱き上げられ、満流は全身に伸し掛かっていた重みから、ふっ、と解放された。何も言えないまま、何もできないまま、ただ、春野の腹部を眺めていた。
空気が慌ただしく動きだす。明は春野と満流に応急手当てを施し、彼女の上着を満流に掛けた。
「ごめんなみっちゃん。嫌なことさせてもうて」
そして、彼女は言った。ありがとう、と、切実な声で。
「誰かがやらなあかん、こないなこと、長く続いたらあかんて、皆分かってた。うちかて、“こんな世界、さっさと消えてなくなればイイ”、“誰かうちらを止めてくれ”って、何度そう思ったことか————でも同時に、それは自分の役目じゃないって、逃げてたんや。悪魔にも正義にもなれへん、最低で中途半端なニンゲンやってん。おおきに。満流、ほんまに、ありがとう」
「あきらさん……あたし————」
余りに大きすぎる罪と責任に押し潰されそうで、もう、無理だと叫びたかった。
五十余りの“人”から生を奪い、その数倍に及ぶ人から家族を奪った。そこに残ったものはなく、悲しみだけが生まれていることを、まさか知らないとは言えない。
ならば、自分がやっていることは一体何なんだろう。
生産性も何もないただの人殺しではないか。死のうとしているたった数人のために、その何倍の命を犠牲にしたのか。
考えれば考えるほど本来の目的を見失いそうになり、全てを捨てて壊れてしまいそうだった。
何より恐いのが、身内である彼らを手に掛けることだ。恐らく、彼らは銃を向けられても無抵抗なままだろう。それが当然だと言わんばかりに、黙って身を委ねるのだ。満流はそれが、途轍もなく恐かった。
「満流」
流の声に呼ばれ、頭の中にある闇の一本道から辛うじて逃れた。
「……なに?」
「真奈を、生まれた場所に返したって」
ライトブルーの真っ直ぐな瞳と目が合う。吸い込まれそうになった満流は、すぐに顔を背けた。
「自分でやりなよ。それまで待ってあげるから」
「満流」
「いやだ」
「ミチ」
「いやだってば!自分が拾ったコドモでしょ?アンタ親じゃん。ちゃんと最後まで自分で責任持ちなよ。冗談じゃない、あたしに押し付けないで、死にかけの奴の面倒なんてみたくな———…い」
何年振りかに味わう、頬の痛み。寒さに冷えた頬はその痛みを倍増させ、皮膚の億の奥まで浸透した。
小桜の家に出されて八年、小桜の両親は家を開け続け、美樹は満流に対して高値品を扱うかのように甘かった。そもそも、モデルとなり顔を商品にした彼女に手を上げる者など、何処にもなかったのだ。
痛みは浸透し、不思議と満流の頭を冷やした。
「……ごめん。言い過ぎた」
素直に謝る満流に、流は年甲斐もなく泣きそうな声で言う。
「自分の不幸を、真奈のせいにするな。恨むなら、俺を恨んでくれ。この、碌でもない親を」
どのくらいの時間が過ぎたか。
夜が明け辺りが明るくなると、彼らは何かの液体を被り始める。容器から流れ出るぽこ、ぽこ、という音。
ねぇ。
静かに目を閉じて微かに寝息を立てる春野の傍ら、少し離れた場所から、何処へとはなく満流が声をかけた。
「もし、あたしたちが後継者としての価値がないくらい駄目な子供でも、同じ様に、愛してくれてた?」
数秒の沈黙。明が吹き出し、続いて葉流と流も笑いだした。
「馬鹿ねぇ、みっちゃん」
「オマエ、そないなことも分からへんのか」
明と流の、然も愉しげな声が響く。子供がはしゃぐような、あどけない騒ぎで、苛立ちさえ憶えるくらいだ。
「真面目に聞いてんですけどーぉ」
最後まで緊張感のない親達に、満流も気を抜く。ずっと凍っていた彼女の表情が、漸く柔らかに綻んだ。
その顔で安心した葉流が、にっと笑った。
「愛したよ、どんな世界でも、どんな子でも。地より、海より深くね」
サヨナラミチル
声が絶えるか絶えないかの内に、目の前に大火が広がる。彼らは笑い、涙を流しながら消えていった。
「——…っっ!!」
立ち上がろうとした満流を、眠っていたはずの春野が引き止める。
「お願いします。あの中、半端な熱さじゃないですから、お願いします、苦しむくらいなら、先に」
銃を握らされ、その先の記憶はとんだ。撃ったかもしれない、撃たなかったかもしれない。
近付くヘリコプターの爆音、誰かに手を引かれて走る感触。そんなものよりもただ、しんしんと降り積もる雪の白と、赤とのコントラストだけが満流の脳裏に焼き付く。
ぼんやりと空を見つめる彼女は、最後に一筋の涙を流していた。
————ワタシハ、ドコデナニヲシテイタ、ダレダッタッケ————
神に指差され、悲しき生を授かった青い鳥、ジョーカー。
壊れ、記憶と心を失い、涙を流した君が、いつか、再び声を上げて笑える日が来ますように。