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Last letteR
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季節は巡り、それから二度目の春が来た。雪は溶け、桜が蕾を付けだしている。
カルトの殱滅は一瞬世間で囁かれたが、その噂もすぐに静まり、全てが嘘だったように日常が戻っていた。
「おはよーコーちゃん!!」
クラスメイトの一人が槙にかける威勢のいい声。振り返り、にっこりと笑顔を浮かべる。
「おはよう」
「卒業式だねー。うちらのじゃないけど。有田センパイもいなくなっちゃうのかぁ~。結局最後まで声掛けらんなかったよぉ。ちょータイプだったのに」
つまらなさそうに口を尖らせる友人。運命じゃなかったんだよと茶化すと、嬉しげに笑い飛ばしていた。
春の暖かい日差しが背中を差す、といっても、気温はまだまだ低いまま。
「そうだ。君のカレシ、今日来てないみたいなんですけどどういう事でしょう」
「あぁ…。あの人ね、今日は大事な用があるから休むんだって」
「まぁじで!?先輩の卒業式だっていうのに、薄情な後輩だねぇ。コーちゃん、そういう男でいいの?うちの学校、もっといい男結構いるよね?」
「うーん、でも、何故かあの人だったんだよねぇ——ふふっ」
あ、と思う。笑いだしたい衝動を堪え、口を無理矢理閉じていた時のことだった。母親の記憶と重なり、手元にあるはずのない調理器具がある気さえする。
思いに浸ると、友人は不思議そうな顔で首を傾げた。
「コーちゃんがいいって言うんなら、いいんだけどさ…あ、うち、今からミーティングみたい。聞いてね、うちらの威風堂々」
「頑張ってね吹奏楽部さん」
満足そうに手を振る友人に、彼女と入れ代わりで槙に近づいてきた乙と大介が手を振り返す。胸ポケットの花が、風でふわりと揺れた。
「おはようございます、先輩。それから、卒業おめでとうございます」
槙が言うと、本当に単位がギリギリ過ぎてめでたい、と遠い目をする大介。彼はクラブチームのコーチを頼まれ、地元に帰って大学に通いながらコーチを引き受けさせてもらうと張り切っていた。噂によると、選手としてのスカウトをいくつか蹴ったらしい。惜しむような目で彼を見る教師たちを、槙もしばしば廊下で目にした。
一方、乙は有名大医学部の結果待ちとのことだ。医者になってやりたいことがあるらしく、早くから受験勉強に勤しんでいた。
「此処の所全然寄れてないんだけど、どう?アイツの様子は」
乙が槙を見上げる。槙は肩を竦めた。
「相変わらずですね。何話し掛けてもノーリアクション。今日は一流と渚が見に行ってます」
「そっか」
一年と少し前のあの日、渚が小桜総吾の助けを借りて満流と春野を生れ故郷へと連れ帰った。カルトの手を逃れ、見知らぬ山奥を放浪していた守も、現地の警察に保護されやがて日本に帰された。腹部に重症を負った春野は助からなかったが、満流は辛うじて一命を取り留めた。
しかしあれから一年、彼女は壊れ、意識はあるものの心此処にあらず、窓の外にある一点の何かを見つめ続けている。生きた人形だ。何時何が起こるか分からないので、今は事情を知る人間が交代で家へ様子見に行っている。
本来今日は槙の順番だったのだが、生徒会長が卒業式を欠席するわけには行かないからと言って一流と交代した。そして何故か、それに渚も便乗したのだ。
「今ニュース見てたらさ、またカルトの仕業らしい事件が起きたんだってよ。あんなに大騒ぎして潰したのに、何にも収穫ねぇよなぁ」
携帯を閉じながら大介が言う。乙は頷き、あくびをしながら伸びた。槙も口を挟む。
「絶えないよね、模倣犯」
「これからも続くだろうし、恨みだの悲しみだのって言う負の現象はなくならないと思いますよ。私達が、あの子が打ち壊したかったのは————」
チャイムが鳴り、生徒の講堂入りを促す。軽快な音楽が校内に響いた。
槙は柔らかい笑みを浮かべ、一通の小さな封筒をポケットから取り出す。送辞の台本だろうか。それをひらひらとはためかせ、凛として講堂へ向かった。
大介と乙の耳に、彼女の言葉が残る。
『犯したくもない罪を重ねる、虚しい組織の運命ですから』
「ところで大介」
むっとした表情の乙が、彼の胸ぐらを掴む。
「守は何してるわけ?折角の卒業でしょ。あいつ、あと一回遅刻したら留年って言われたらしいじゃん」
「気合いがありゃなんとかなるんだよ、こういうのは」
二人の後ろから声がする。振り向くと、大あくびをする守の姿があった。
「その気合いを、もっと活用しろよ」
大介が苦笑する。時計は、緩やかに回った。
広い広い講堂に鳴り渡る、マイクの音。槙の手には、何も持たれていなかった。
「送辞———早いもので、また、この季節がやってきました。出会いの季節、そして、別れの季節。先輩方、卒業、おめでとうございます。私達在校生の…———」
「アドリブか?あれ」「覚えてるんでしょ」「相変わらず肝が座ってんな」
小声で話す生徒、うとうとしている保護者、聞いているふりをして意識を飛ばす教師。やがて、長くなりそうな祝いの辞に飽きた聴衆の興味が内容から逸れ始める。当然、槙の中では想定されていた範囲のことだ。
「さて先輩方?最後に、生徒会役員の腕が上がり、ここ最近暇を持て余している陳腐な生徒会長の戯れに付き合っていただけますか?」
騒つく講堂。ポケットから、例の封筒を取り出す。
「ここに、一通の手紙があります。中身を拝見したところ、彼の有名な、カルトからの挑戦状のようです—————」
親愛なる、日本随一の学力を誇る君たちへ。
日本一の学力を持つという琳浚高校の君たちに、我々カルトから最初にして最後の挑戦状を送ろう。
警察に回してもらっても結構だが、それごときに屈する我々ではないことだけは理解しておいてもらう。断言する。これは、君たちにしか解けない謎だ。
或る処に、可愛い双子の兄妹がいたとしよう。優しい兄に、気の強い妹だ。
二人はとても仲の良い兄妹だったが、幼い日に両親の手によって引き離される。
兄は親元に残され、その優しさ故に妹の存在を胸中に封じ込めて両親に尽くした。
妹は兄を探し求めるが、その正義感から、非情な親の手から兄を救い出そうとし罪を犯す。
兄妹の仲は拗れ、修復不能の事態に陥るだろう。兄は妹を捨てるかもしれない。そこで問題だ。もし、そんな彼らに懺悔のチャンスが与えられるとすれば、それはどんな場所でだと思う?
ヒントは“始まりの場所”。
我々はそこで君たちの到着を待とう。辿り着いた暁には、何でも好きなものを与える。但し、期限は一日。では、健闘を祈る。
「最後になったが、卒業おめでとう……だ、そうですよ。まぁ、本物かいたずらかは分かりませんが」
マイクを通した槙の声が講堂中に染みる。
ステージの中央に立ち、読み上げた手紙を前に突きだす彼女。逆の手で再びポケットを探り、そこから出した右手を紙に近付けた。一瞬にして手紙は燃え上がり、見る見るうちに煙と化す。
火の粉を落とすことも跡や形を残すこともせずに紙を燃やした槙の行為に、講堂は騒然とした。立ち上がり声を上げる教師もいる。
したり顔の槙が、「式の途中ですよ」と言って制す。
「先輩方が優秀だからこそ、一つ、憶えておいて欲しいんです。
私達は今、学歴や才能がものを言う世界で生きていて、才能や、血の滲むような努力を重ねたことで漸くこの、琳浚高校という立派な高校にまでこぎつけました。きっとそれは、知識欲や上昇思考あってのものでしょう。
しかし忘れないでください。
世界は、知らない方がいいことや、知った所でどうにもならないことで溢れているのだということを。知識や才能や努力では賄えない現実があります。いつか、どうしようもない壁にぶち当たる日が来るでしょう。その時は思い出して欲しい。周りにはどうにもならない苦しみを分かち合い、支え合うことができる仲間がいることを。
——では、先輩方、退屈な生徒会長の、退屈で長い送辞にお付き合い戴きありがとうございました。
先輩方がこの先、自分の信じた道を進んで行けることをお祈り申し上げます。この度はまことに、ご卒業、おめでとうございます」
礼の合図も待たずに頭を深々と下げ、席へ戻る。
「俺、あの子のこういうトコ好きだよ」
大介が後ろから乙と守の間に顔を出す。三人は声を殺して笑った。
報知機の音源を切っておいたのだろう警報が鳴ることもなく、槙の送辞の後は、形式通りの式が淡々と進んだ。
静かであればあるほど、守の気持ちが逸る。
「お前、俺を何だと思ってる?パシリちゃうぞ」
金髪の背中を目で追いながら、渚は頭を掻いた。
春の匂いが辺りに漂い、頬に懐かしい空気が触れる。気の早い桜は、既に花開きかけていた。
前を歩く少年が振り返って笑う。
「マジか、ごめんごめん。パシリやと思うてた」
「ざっけんな!!」
「はははっ」
この日渚は、朝一で満流の元を訪れた。しかし彼女の部屋には既に、前夜から泊まり込みで側に着いていた一流が居り、已むなく事情を話した。
状況を承知した彼が目論んだのが、九年近く世話になり、遂に自分達の手の届きにくい場所へと旅立とうとしている守と大介、特に守への卒業祝いだった。
彼は明晰な頭脳を活かし、それ“らしい”手紙を綴った。無論、頭のいい琳浚の生徒は決して手紙を信じたりはしない。幾ら琳浚が日本でかなり有名な高校だとは言え、カルトが学生を相手になどするはずがないのだ。だから、手紙に反応出来るのは一年前を知る人間だけ、つまり槙、守、大介、乙のみだ。
一流はそれを渚に渡し、槙より先に学校へ辿り着いて生徒会室の机に置いてくるよう指示した。
「俺を半年間も騙してた罰やで」
したり顔の彼が言う。にっ、と口角が上がる。そして前に向き直り、ずっと先に見える少女に声をかけた。
「怪我すんなよーっ!」
振り返る少女。
「見てーっ!たんぽぽぉーっ!!ちょー可愛いから!」
彼女は小さくて黄色い花を高く掲げ、機嫌よく手を振る。
渚が「子どもみたいだ」と呆れると、一流は久しぶりの外なのだから仕方ないと言って笑った。
「なぁイツ。何で満流は、槙だけ殺さなかったんだと思う?」
「さぁな」
「情かな」
「どうやろ。俺はちゃうと思うけど」
楽しそうに、嬉しそうに、いとおしそうに少女を見つめる一流。 「俺がミチなら、自分一人になるまで全員やる。で、サイゴは自殺やな。罪悪感で生きてられへんわ」
少女の名を呼ぶ。彼女は彼に駆け寄り、手を握って「なにっ?」と愛くるしい顔を上げる。一流は一瞬、少しだけ遣る瀬なさそうに微笑み、おかえり満流、と呟いた。
日が暮れ、町が夕方の色に染まっていく。
景色も住む人も昔とはがらりと変わってしまった其処に、懐かしい光景が還ってきた。この日最後の陽を背に浴びながら、少年は少女を受けとめる。
「ただいま一流。今度こそ、本当に」
九つほど歳を重ね、身も心も大きく成長を遂げた二人。ロマンチックな背景も手伝って、それこそ似合いの恋人同士のようだ。
その時不意に、風向きが変わった。
後ろを振り返る。感動もそこそこに、少女は少年の腕から擦り抜けた。
「やっぱ“真似事”じゃ本場には適わねぇな。お兄ちゃんサミシっ」
渚が笑うと、一流は苦笑して「煩い」と言った。
「俺、サッカーがあって良かったー」
「何言ってんだよ。サッカーなんかなくても、ルックスだけでお前の周りは女だらけじゃん」
「好きな女落とせへんかったらそんなん無意味やろ。あーあ。唯間はこんなアホのちんちくりんのどこがええんやろなぁ」
「お前はちょっと自分を謙遜しろ」
真の恋人の腕の中から、少女が呼ぶ。
真似事では見せない、無邪気で、癒しを与えるような笑顔。確かな温もりを持ち、光のような表情。美しい背景がそれを助けたのか、周りの色が霞む程美しく、儚く、現実的だった———やっぱ、満流はすげぇな———渚は思った。
Last letteR
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季節は巡り、それから二度目の春が来た。雪は溶け、桜が蕾を付けだしている。
カルトの殱滅は一瞬世間で囁かれたが、その噂もすぐに静まり、全てが嘘だったように日常が戻っていた。
「おはよーコーちゃん!!」
クラスメイトの一人が槙にかける威勢のいい声。振り返り、にっこりと笑顔を浮かべる。
「おはよう」
「卒業式だねー。うちらのじゃないけど。有田センパイもいなくなっちゃうのかぁ~。結局最後まで声掛けらんなかったよぉ。ちょータイプだったのに」
つまらなさそうに口を尖らせる友人。運命じゃなかったんだよと茶化すと、嬉しげに笑い飛ばしていた。
春の暖かい日差しが背中を差す、といっても、気温はまだまだ低いまま。
「そうだ。君のカレシ、今日来てないみたいなんですけどどういう事でしょう」
「あぁ…。あの人ね、今日は大事な用があるから休むんだって」
「まぁじで!?先輩の卒業式だっていうのに、薄情な後輩だねぇ。コーちゃん、そういう男でいいの?うちの学校、もっといい男結構いるよね?」
「うーん、でも、何故かあの人だったんだよねぇ——ふふっ」
あ、と思う。笑いだしたい衝動を堪え、口を無理矢理閉じていた時のことだった。母親の記憶と重なり、手元にあるはずのない調理器具がある気さえする。
思いに浸ると、友人は不思議そうな顔で首を傾げた。
「コーちゃんがいいって言うんなら、いいんだけどさ…あ、うち、今からミーティングみたい。聞いてね、うちらの威風堂々」
「頑張ってね吹奏楽部さん」
満足そうに手を振る友人に、彼女と入れ代わりで槙に近づいてきた乙と大介が手を振り返す。胸ポケットの花が、風でふわりと揺れた。
「おはようございます、先輩。それから、卒業おめでとうございます」
槙が言うと、本当に単位がギリギリ過ぎてめでたい、と遠い目をする大介。彼はクラブチームのコーチを頼まれ、地元に帰って大学に通いながらコーチを引き受けさせてもらうと張り切っていた。噂によると、選手としてのスカウトをいくつか蹴ったらしい。惜しむような目で彼を見る教師たちを、槙もしばしば廊下で目にした。
一方、乙は有名大医学部の結果待ちとのことだ。医者になってやりたいことがあるらしく、早くから受験勉強に勤しんでいた。
「此処の所全然寄れてないんだけど、どう?アイツの様子は」
乙が槙を見上げる。槙は肩を竦めた。
「相変わらずですね。何話し掛けてもノーリアクション。今日は一流と渚が見に行ってます」
「そっか」
一年と少し前のあの日、渚が小桜総吾の助けを借りて満流と春野を生れ故郷へと連れ帰った。カルトの手を逃れ、見知らぬ山奥を放浪していた守も、現地の警察に保護されやがて日本に帰された。腹部に重症を負った春野は助からなかったが、満流は辛うじて一命を取り留めた。
しかしあれから一年、彼女は壊れ、意識はあるものの心此処にあらず、窓の外にある一点の何かを見つめ続けている。生きた人形だ。何時何が起こるか分からないので、今は事情を知る人間が交代で家へ様子見に行っている。
本来今日は槙の順番だったのだが、生徒会長が卒業式を欠席するわけには行かないからと言って一流と交代した。そして何故か、それに渚も便乗したのだ。
「今ニュース見てたらさ、またカルトの仕業らしい事件が起きたんだってよ。あんなに大騒ぎして潰したのに、何にも収穫ねぇよなぁ」
携帯を閉じながら大介が言う。乙は頷き、あくびをしながら伸びた。槙も口を挟む。
「絶えないよね、模倣犯」
「これからも続くだろうし、恨みだの悲しみだのって言う負の現象はなくならないと思いますよ。私達が、あの子が打ち壊したかったのは————」
チャイムが鳴り、生徒の講堂入りを促す。軽快な音楽が校内に響いた。
槙は柔らかい笑みを浮かべ、一通の小さな封筒をポケットから取り出す。送辞の台本だろうか。それをひらひらとはためかせ、凛として講堂へ向かった。
大介と乙の耳に、彼女の言葉が残る。
『犯したくもない罪を重ねる、虚しい組織の運命ですから』
「ところで大介」
むっとした表情の乙が、彼の胸ぐらを掴む。
「守は何してるわけ?折角の卒業でしょ。あいつ、あと一回遅刻したら留年って言われたらしいじゃん」
「気合いがありゃなんとかなるんだよ、こういうのは」
二人の後ろから声がする。振り向くと、大あくびをする守の姿があった。
「その気合いを、もっと活用しろよ」
大介が苦笑する。時計は、緩やかに回った。
広い広い講堂に鳴り渡る、マイクの音。槙の手には、何も持たれていなかった。
「送辞———早いもので、また、この季節がやってきました。出会いの季節、そして、別れの季節。先輩方、卒業、おめでとうございます。私達在校生の…———」
「アドリブか?あれ」「覚えてるんでしょ」「相変わらず肝が座ってんな」
小声で話す生徒、うとうとしている保護者、聞いているふりをして意識を飛ばす教師。やがて、長くなりそうな祝いの辞に飽きた聴衆の興味が内容から逸れ始める。当然、槙の中では想定されていた範囲のことだ。
「さて先輩方?最後に、生徒会役員の腕が上がり、ここ最近暇を持て余している陳腐な生徒会長の戯れに付き合っていただけますか?」
騒つく講堂。ポケットから、例の封筒を取り出す。
「ここに、一通の手紙があります。中身を拝見したところ、彼の有名な、カルトからの挑戦状のようです—————」
親愛なる、日本随一の学力を誇る君たちへ。
日本一の学力を持つという琳浚高校の君たちに、我々カルトから最初にして最後の挑戦状を送ろう。
警察に回してもらっても結構だが、それごときに屈する我々ではないことだけは理解しておいてもらう。断言する。これは、君たちにしか解けない謎だ。
或る処に、可愛い双子の兄妹がいたとしよう。優しい兄に、気の強い妹だ。
二人はとても仲の良い兄妹だったが、幼い日に両親の手によって引き離される。
兄は親元に残され、その優しさ故に妹の存在を胸中に封じ込めて両親に尽くした。
妹は兄を探し求めるが、その正義感から、非情な親の手から兄を救い出そうとし罪を犯す。
兄妹の仲は拗れ、修復不能の事態に陥るだろう。兄は妹を捨てるかもしれない。そこで問題だ。もし、そんな彼らに懺悔のチャンスが与えられるとすれば、それはどんな場所でだと思う?
ヒントは“始まりの場所”。
我々はそこで君たちの到着を待とう。辿り着いた暁には、何でも好きなものを与える。但し、期限は一日。では、健闘を祈る。
「最後になったが、卒業おめでとう……だ、そうですよ。まぁ、本物かいたずらかは分かりませんが」
マイクを通した槙の声が講堂中に染みる。
ステージの中央に立ち、読み上げた手紙を前に突きだす彼女。逆の手で再びポケットを探り、そこから出した右手を紙に近付けた。一瞬にして手紙は燃え上がり、見る見るうちに煙と化す。
火の粉を落とすことも跡や形を残すこともせずに紙を燃やした槙の行為に、講堂は騒然とした。立ち上がり声を上げる教師もいる。
したり顔の槙が、「式の途中ですよ」と言って制す。
「先輩方が優秀だからこそ、一つ、憶えておいて欲しいんです。
私達は今、学歴や才能がものを言う世界で生きていて、才能や、血の滲むような努力を重ねたことで漸くこの、琳浚高校という立派な高校にまでこぎつけました。きっとそれは、知識欲や上昇思考あってのものでしょう。
しかし忘れないでください。
世界は、知らない方がいいことや、知った所でどうにもならないことで溢れているのだということを。知識や才能や努力では賄えない現実があります。いつか、どうしようもない壁にぶち当たる日が来るでしょう。その時は思い出して欲しい。周りにはどうにもならない苦しみを分かち合い、支え合うことができる仲間がいることを。
——では、先輩方、退屈な生徒会長の、退屈で長い送辞にお付き合い戴きありがとうございました。
先輩方がこの先、自分の信じた道を進んで行けることをお祈り申し上げます。この度はまことに、ご卒業、おめでとうございます」
礼の合図も待たずに頭を深々と下げ、席へ戻る。
「俺、あの子のこういうトコ好きだよ」
大介が後ろから乙と守の間に顔を出す。三人は声を殺して笑った。
報知機の音源を切っておいたのだろう警報が鳴ることもなく、槙の送辞の後は、形式通りの式が淡々と進んだ。
静かであればあるほど、守の気持ちが逸る。
「お前、俺を何だと思ってる?パシリちゃうぞ」
金髪の背中を目で追いながら、渚は頭を掻いた。
春の匂いが辺りに漂い、頬に懐かしい空気が触れる。気の早い桜は、既に花開きかけていた。
前を歩く少年が振り返って笑う。
「マジか、ごめんごめん。パシリやと思うてた」
「ざっけんな!!」
「はははっ」
この日渚は、朝一で満流の元を訪れた。しかし彼女の部屋には既に、前夜から泊まり込みで側に着いていた一流が居り、已むなく事情を話した。
状況を承知した彼が目論んだのが、九年近く世話になり、遂に自分達の手の届きにくい場所へと旅立とうとしている守と大介、特に守への卒業祝いだった。
彼は明晰な頭脳を活かし、それ“らしい”手紙を綴った。無論、頭のいい琳浚の生徒は決して手紙を信じたりはしない。幾ら琳浚が日本でかなり有名な高校だとは言え、カルトが学生を相手になどするはずがないのだ。だから、手紙に反応出来るのは一年前を知る人間だけ、つまり槙、守、大介、乙のみだ。
一流はそれを渚に渡し、槙より先に学校へ辿り着いて生徒会室の机に置いてくるよう指示した。
「俺を半年間も騙してた罰やで」
したり顔の彼が言う。にっ、と口角が上がる。そして前に向き直り、ずっと先に見える少女に声をかけた。
「怪我すんなよーっ!」
振り返る少女。
「見てーっ!たんぽぽぉーっ!!ちょー可愛いから!」
彼女は小さくて黄色い花を高く掲げ、機嫌よく手を振る。
渚が「子どもみたいだ」と呆れると、一流は久しぶりの外なのだから仕方ないと言って笑った。
「なぁイツ。何で満流は、槙だけ殺さなかったんだと思う?」
「さぁな」
「情かな」
「どうやろ。俺はちゃうと思うけど」
楽しそうに、嬉しそうに、いとおしそうに少女を見つめる一流。 「俺がミチなら、自分一人になるまで全員やる。で、サイゴは自殺やな。罪悪感で生きてられへんわ」
少女の名を呼ぶ。彼女は彼に駆け寄り、手を握って「なにっ?」と愛くるしい顔を上げる。一流は一瞬、少しだけ遣る瀬なさそうに微笑み、おかえり満流、と呟いた。
日が暮れ、町が夕方の色に染まっていく。
景色も住む人も昔とはがらりと変わってしまった其処に、懐かしい光景が還ってきた。この日最後の陽を背に浴びながら、少年は少女を受けとめる。
「ただいま一流。今度こそ、本当に」
九つほど歳を重ね、身も心も大きく成長を遂げた二人。ロマンチックな背景も手伝って、それこそ似合いの恋人同士のようだ。
その時不意に、風向きが変わった。
後ろを振り返る。感動もそこそこに、少女は少年の腕から擦り抜けた。
「やっぱ“真似事”じゃ本場には適わねぇな。お兄ちゃんサミシっ」
渚が笑うと、一流は苦笑して「煩い」と言った。
「俺、サッカーがあって良かったー」
「何言ってんだよ。サッカーなんかなくても、ルックスだけでお前の周りは女だらけじゃん」
「好きな女落とせへんかったらそんなん無意味やろ。あーあ。唯間はこんなアホのちんちくりんのどこがええんやろなぁ」
「お前はちょっと自分を謙遜しろ」
真の恋人の腕の中から、少女が呼ぶ。
真似事では見せない、無邪気で、癒しを与えるような笑顔。確かな温もりを持ち、光のような表情。美しい背景がそれを助けたのか、周りの色が霞む程美しく、儚く、現実的だった———やっぱ、満流はすげぇな———渚は思った。