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【Boring rulE】
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夏休みが始まると共に、多くの生徒が三日間に渡る合宿へと旅立つ。
向かう場所は海に浮かぶ小さな無人島。その島は昔から学生たちの野外活動に用いられており、“無人島”とはいえ宿泊施設も食料になる自然の植物もある。ある程度は道路も舗装してあるので、住もうと思えば十分生きていけるだろう。
降り立った地には、懐かしい匂いが広がっていた。
何の匂いだろう。
一応記憶を巡らせてみたが、思い出せる気配がなかったのですぐに諦める。昔のことには拘らない。それがあらゆることを許すコツだ。
「はぁぁぁぁあい!皆さん、長時間の船旅アンドちょこっとバスお疲れぇっす!…——」
生徒会の二年生が溌剌とした声をあげる。スピーカーも通さない元気な地声に驚きつつも、数百の瞳は注目した。
——…この後の動きは、各自配られたスケジュールに従って動いてくださぁいっ。そんじゃ解散!
「…て、適当やな。」
宿泊施設の前に停まったバスから土に足を着けたばかりの一流が言う。手元にはバス内で配られた三日分の日程と島の地図。集合時間、場所、施設の造りから部屋割りまで、全て一つの冊子になっている。
「去年もこんなだったぞ。毎年なんじゃね?自分たちで考えて動けってことだろ。」
「まぁ何とかなる。イツ、お前地図読めるだろ?時間なら俺でも読めるしな!」
「時間くらい小学生でも読めるわアホ。」
と、守と大介。三人はスケジュールで昼食まで自由時間であることを確認し、渚と合流すべく進学科のバスの方へと向かった。
一応道路は舗装してある。本当に、“一応”。アスファルトから一歩外れれば土、草、木。視線を上げると視野一杯に山。電気の気配がまるでない。案の定、携帯電話のアンテナは愛想の欠片も無く「圏外」と表示していた。
「あ。」
ふいに一流の足が止まる。二人が彼の視線を追うと、言わずと知れた満流の姿。やはり、気まずいだろうか、守は恐る恐る振り返って一流を見た。
渚はバスの側でクラスメイトたちにいじられている。その少し手前、二十メートル程先に立っている満流と槙。彼女らもまたクラスメイトに囲まれているが、人が通ればそれにくらいは気付くだろう。
「気にすんな。俺らが用あんのは渚だ。」
守が頭を軽く小突くと、一流は黙って頷いた。
守にだけは、満流のことを教えている——出会う前に妹がいたこと、再開したこと、再び兄妹として過ごすことを拒まれたこと。一連の話の中、彼は何も言わずじっと一流を見つめていた。「どうすればええ?」一流が聞いても、「俺が決めることじゃない」彼はあっさり聞き流した。
「おーおー渚、お前にも友達いたのか!」
「ぁ"あ"ん!?どういう意味っすか!」
「ちゃいますよ大介くん。友達やなくて主従関係やわ。」
「ちょ、イツ調子乗んな!」
「ヘェ……。」
「はい、そこ、信じない!これだから守くんは。一流の言うこと何でも信じる…」
「心配すんな渚!俺たちがいるじゃあないかっ!」
「もーいーよっ!!」
四人の笑い声は、当然満流たちにも届く。しかし、彼女は渚の大声に一度振り向いただけで、すぐ向き直ってもとの会話を続けた。
槙はそんな満流を見て、余計な事をしただろうかと少し反省する。彼女は何も言わないが、既に冊子には目を通してあるはず、となれば、班…部屋割りのメンバーは当然の如く確認済みだろう。いい気分になる、はずがない。
部屋割りはなるべく希望をとり四人部屋、班は男女二つの部屋のメンバーをくじ引きで組み合わせる。不本意とはいえ、よりによって渚や一流と同じ班だ。渚はともかく、一流と同じ班というのは気まずいだろう。
だが、このままでは彼女は立ち止まったまま前進できなくなる。そんな予感を槙は感じたのだ。
「楽しい合宿になるといいなっ!」
向日葵のように元気良く屈託のない笑顔を見ながら、大きく息を吸う。新鮮な空気を十分チャージし、そうねと答えた。誰かが「コーちゃんが企画したんたもん、楽しいに決まってる」と言った声に背中を押され、其処に自分の存在意義を感じる。
もう一度渚たちがいた方に目をやると、彼らの姿はなかった。そこにはバスの機体に綴られた、ゴシック体の“Rinshun”という赤い文字だけが残された。
警鐘が鳴る。
昼食は自由席、バイキング。本当に旅行ノリだ、全てが自己責任なこの合宿は、渚にそういう印象を与える。
「はーい皆さん、食べながらでいいので聞いてくださぁい。そこの二年生、聞き逃して迷子になって、熊に襲われても知りませんよ……」
慣れた口調で数百人の会話を止める槙。物怖じする様子もなく、自分が全校生徒を率いているのだということを弁えた口振りだ。彼女の辞書に、“緊張”、“年功序列”と言った単語はないらしい。
彼女は大抵のことを機械的に進める。今回もまた、頭にインプットされたマニュアル通りにルール説明をした。
昼食後一時間の休憩、一時間後に鳴る爆竹で、名物“鬼ごっこ”が始まる。着替え、準備運動等は各自で済ませること。
ルールは至って単純。
爆竹の鳴る二時から七時までの五時間、島の全てを駆使して十人の“鬼”から逃げ切ること。ただし、海には入らないこと。
見事逃げ切った生徒には漏れなく一万円の商品券。生徒全員が捕まったり、鬼が狙う“ターゲット”が捕まったりしたら即終了。
一応鬼もターゲットに宛てられた生徒も非公開。携帯電話は使用許諾。
「今から名前の入ったハンカチを配るので、見える場所に着用してください。それを奪われた時点で“捕まった”とするので、手元から失われた人はこの食堂に戻って来て下さい。なるべく自力で。七時になったらまた爆竹が鳴ります。逃走中の人も爆竹を合図に戻って来て下さい。」
要は五時間、ハンカチを死守すればいい。鬼は全員のハンカチを取ればいい。数を考えれば難しい様に思えるが、島は大して広くないし、建造物も殆ど無いので隠れる場所は限られている。まして、追いかける人間の八割が体育科。
鬼に有利に作られていた。
「鬼は開始まで施設離れたらあかんて。ヒマやなぁ。」
冷たく冷やされたオレンジジュースを飲みながら、退屈そうに一流が言う。渚はデザートのブドウを口に入れ、飲み込んでから笑った。気のせいかもしれないが、野菜や果実は大自然に囲まれて食べる方が美味い。
「しゃあないだろ。他の奴の場所、先に知ってたらすぐ捕まんじゃん。」
「せやけど~」
一流が口を尖らせる。動きたくてウズウズしているのだろう。それに比べ、折角の合宿に、何処か冷めた態度なのは守だ。
「五時間もあんだ。他の奴探しながら島中みてまわろうぜ。明日の飯に使えそうなもんが何かあるかもしんねえし。食えるかどうかは大介に毒味させて…」
「え、ちょ、おかしくね?俺毒味役?」
顔色も変えず言う守の肩を、大介が大袈裟に揺する。
渚は、この島に対しての興味が守に存在しないことを感知した。一流に甘い彼の口はかわいい後輩に合わせた発言をしているが、煩相が目や態度から滲み出ている。
行事嫌いの癖に、一体何をしにこの合宿に参加しているのだろう。渚を含め、三人とも同じ疑問を持っていた。それでも上手く突っ込めないのは、自分達が臆病なのか、彼の纏うオーラがそうさせないのか。自然と話は逸れてゆく。
「大介くん腹強いもんな。少々変なもん食っても平然としてるし。」
「お前も強えだろ渚!」
「てか変なもん食って平然としてたら毒味の意味ないやん。」
確かに。
そうしている内に時間が過ぎ、一杯だった食堂の人口密度が一気に十一人になった。
(いつの間にか強制的に割り当てられた)鬼十人と、槙。
スミマセン勝手に決めちゃって、けろっとした顔で簡単に誤る。
「別にイイケド。うち、今年は守が“ターゲット”だと思ったのに、違うんだね。」
初めに口を開いたのは、パッと見“お嬢さん”の石垣乙。サッカー部マネージャー。背が低く、ひわふわキラキラの“黙っていれば”確実にモテそうな外見に対し、中身は男勝り。一流は彼女を一言『怖い』と評す。
「迷ったんですけど、有田先輩面倒臭がって自ら捕まりに行きそうだったんで。少しでも多く捕まえてくれたほうが、学校側としても助かりますし。
“ターゲット”は他の生徒とは違う色のハンカチを持ってます。捕獲次第すぐに本部に連絡してください。」
「“ターゲット”って俺たちも知ってる人?」
「さあ?誰が誰を知ってて誰を知らないだなんて、私は知らないもの。ただ言っとくけど、鬼の誰よりも逃げる才能があると踏んで私はその人を選んだわ。」
「時間内にゲームを終わらせた場合、俺達に報酬は?」
「勿論ありますよ。」
「さっすがコーちゃんだね☆」
槙の目尻が下がる。それじゃ、後は頼みます。そう言って渚達の前から姿を眩ました。
「じゃ、これコピーしてきますね☆」
体育科一年の軽佻そうな女が廊下を走る。
「アノコの態度、気に入らない。運動嘗めてんじゃん?」
乙が開きっぱなしのドアを睨んだ。
「夏休みとはいえネイルなんて、テニスはあれでいいわけ?あの長くてうねうねした髪も、切ってやりたい。」
「オト、人のこと言えんのかよ。お前も髪長えだろ。」
「うちは進学科だし、マネージャー。アイツはプレイヤー。立場が違う。因みに守、アンタの怠惰に満ちた態度も気に入んない。」
「あーハイハイ。」
苛立ち始める乙を大介が抱き上げ、二人の軽い言い争いは軽いまま終わった。長身の大介と乙が並ぶと、兄妹に見える。
「乙、俺と北の林行こ~。守はイツと行くだろ?お前ら体力も足もあんだから一番広そうな西の山。渚、お前はスギと港ら辺な。郁ちゃんと…ジュンかな。この辺一体。アリスちゃんとヤマモンで東の谷頼んでいいか?」
バラバラな個々を素早く、且つ的確に二人一組にわけ、場所を割り振る。こういう作業は大介の得意分野だ。
異議異存はなく、あっという間に作戦はたてられた。各々アップを始める。
「守くん、ターゲットって誰やと思います?」
「多分……オマエの妹だと思う。」
「満流?」
「前に、陸大で会ったって言っただろ?俺も大介も単なるリレーの助っ人だったから始め何も知らなくて、内容聞いて驚いた。あの大会さ、全国から集まった強豪校同士の、男女差別なしの試合だったんだよ。つまり全部、男女合同。俺、あいつと走って、負けた。
一年は知んねえけど、二年じゃ走ることにかけては俺がトップなんだよな、一応。その上を行く奴って、イツか、オトか、あいつくらいしか知らねえもん。」
「俺、守くんより速くなんて走れませんよ。てか、乙さん足速かったんですか。」
「故障して走るのやめたけど、短距離でオトに適う奴、多分いねえよ。何回か現役で走ってんの見たけど、ありゃ鳥肌モン。」
「意外やわぁ…」
「あぁぁぁん!?!?」
部屋の隅から罵声がした。自然とそっちに注目が集まる。元凶は、渚と須木。
「どー見ても男七の女三だろ!まさかお前、俺を女と間違えたんじゃねーだろーな!!」
どうやら、揉めているらしい。渚が須木を女と勘違いしていたのだろうと、二年生たちはすぐに気付いた。
「男だったんすか!?」
「ふっざっけっんっ、な!!!!俺は正真正銘、オトコだよ!」
「へー…俺てっきり胸のない女子かと……」
何が笑えるって?
「ぷっ……渚、真面目に言うてますね、アレ。」
「アイツの天然、凶器だな。」
「弄られキャラ、渚の役目やったのに、須木くんにうばわれましたね。」
「ソコ!聞こえてんぞ!弄られキャラなんて称号、いらねえんだよ、ばかっ!」
今頃、多くの生徒が隠れ家を探しているだろう。時計はもう、二時五分前を指している。
つまらないルール説明は終わった。
さあ、どんなドラマを見せてくれる?
漸く逃げる気になった影が、食堂の側に立つ木が揺れると同時に消える。
【Boring rulE】
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夏休みが始まると共に、多くの生徒が三日間に渡る合宿へと旅立つ。
向かう場所は海に浮かぶ小さな無人島。その島は昔から学生たちの野外活動に用いられており、“無人島”とはいえ宿泊施設も食料になる自然の植物もある。ある程度は道路も舗装してあるので、住もうと思えば十分生きていけるだろう。
降り立った地には、懐かしい匂いが広がっていた。
何の匂いだろう。
一応記憶を巡らせてみたが、思い出せる気配がなかったのですぐに諦める。昔のことには拘らない。それがあらゆることを許すコツだ。
「はぁぁぁぁあい!皆さん、長時間の船旅アンドちょこっとバスお疲れぇっす!…——」
生徒会の二年生が溌剌とした声をあげる。スピーカーも通さない元気な地声に驚きつつも、数百の瞳は注目した。
——…この後の動きは、各自配られたスケジュールに従って動いてくださぁいっ。そんじゃ解散!
「…て、適当やな。」
宿泊施設の前に停まったバスから土に足を着けたばかりの一流が言う。手元にはバス内で配られた三日分の日程と島の地図。集合時間、場所、施設の造りから部屋割りまで、全て一つの冊子になっている。
「去年もこんなだったぞ。毎年なんじゃね?自分たちで考えて動けってことだろ。」
「まぁ何とかなる。イツ、お前地図読めるだろ?時間なら俺でも読めるしな!」
「時間くらい小学生でも読めるわアホ。」
と、守と大介。三人はスケジュールで昼食まで自由時間であることを確認し、渚と合流すべく進学科のバスの方へと向かった。
一応道路は舗装してある。本当に、“一応”。アスファルトから一歩外れれば土、草、木。視線を上げると視野一杯に山。電気の気配がまるでない。案の定、携帯電話のアンテナは愛想の欠片も無く「圏外」と表示していた。
「あ。」
ふいに一流の足が止まる。二人が彼の視線を追うと、言わずと知れた満流の姿。やはり、気まずいだろうか、守は恐る恐る振り返って一流を見た。
渚はバスの側でクラスメイトたちにいじられている。その少し手前、二十メートル程先に立っている満流と槙。彼女らもまたクラスメイトに囲まれているが、人が通ればそれにくらいは気付くだろう。
「気にすんな。俺らが用あんのは渚だ。」
守が頭を軽く小突くと、一流は黙って頷いた。
守にだけは、満流のことを教えている——出会う前に妹がいたこと、再開したこと、再び兄妹として過ごすことを拒まれたこと。一連の話の中、彼は何も言わずじっと一流を見つめていた。「どうすればええ?」一流が聞いても、「俺が決めることじゃない」彼はあっさり聞き流した。
「おーおー渚、お前にも友達いたのか!」
「ぁ"あ"ん!?どういう意味っすか!」
「ちゃいますよ大介くん。友達やなくて主従関係やわ。」
「ちょ、イツ調子乗んな!」
「ヘェ……。」
「はい、そこ、信じない!これだから守くんは。一流の言うこと何でも信じる…」
「心配すんな渚!俺たちがいるじゃあないかっ!」
「もーいーよっ!!」
四人の笑い声は、当然満流たちにも届く。しかし、彼女は渚の大声に一度振り向いただけで、すぐ向き直ってもとの会話を続けた。
槙はそんな満流を見て、余計な事をしただろうかと少し反省する。彼女は何も言わないが、既に冊子には目を通してあるはず、となれば、班…部屋割りのメンバーは当然の如く確認済みだろう。いい気分になる、はずがない。
部屋割りはなるべく希望をとり四人部屋、班は男女二つの部屋のメンバーをくじ引きで組み合わせる。不本意とはいえ、よりによって渚や一流と同じ班だ。渚はともかく、一流と同じ班というのは気まずいだろう。
だが、このままでは彼女は立ち止まったまま前進できなくなる。そんな予感を槙は感じたのだ。
「楽しい合宿になるといいなっ!」
向日葵のように元気良く屈託のない笑顔を見ながら、大きく息を吸う。新鮮な空気を十分チャージし、そうねと答えた。誰かが「コーちゃんが企画したんたもん、楽しいに決まってる」と言った声に背中を押され、其処に自分の存在意義を感じる。
もう一度渚たちがいた方に目をやると、彼らの姿はなかった。そこにはバスの機体に綴られた、ゴシック体の“Rinshun”という赤い文字だけが残された。
警鐘が鳴る。
昼食は自由席、バイキング。本当に旅行ノリだ、全てが自己責任なこの合宿は、渚にそういう印象を与える。
「はーい皆さん、食べながらでいいので聞いてくださぁい。そこの二年生、聞き逃して迷子になって、熊に襲われても知りませんよ……」
慣れた口調で数百人の会話を止める槙。物怖じする様子もなく、自分が全校生徒を率いているのだということを弁えた口振りだ。彼女の辞書に、“緊張”、“年功序列”と言った単語はないらしい。
彼女は大抵のことを機械的に進める。今回もまた、頭にインプットされたマニュアル通りにルール説明をした。
昼食後一時間の休憩、一時間後に鳴る爆竹で、名物“鬼ごっこ”が始まる。着替え、準備運動等は各自で済ませること。
ルールは至って単純。
爆竹の鳴る二時から七時までの五時間、島の全てを駆使して十人の“鬼”から逃げ切ること。ただし、海には入らないこと。
見事逃げ切った生徒には漏れなく一万円の商品券。生徒全員が捕まったり、鬼が狙う“ターゲット”が捕まったりしたら即終了。
一応鬼もターゲットに宛てられた生徒も非公開。携帯電話は使用許諾。
「今から名前の入ったハンカチを配るので、見える場所に着用してください。それを奪われた時点で“捕まった”とするので、手元から失われた人はこの食堂に戻って来て下さい。なるべく自力で。七時になったらまた爆竹が鳴ります。逃走中の人も爆竹を合図に戻って来て下さい。」
要は五時間、ハンカチを死守すればいい。鬼は全員のハンカチを取ればいい。数を考えれば難しい様に思えるが、島は大して広くないし、建造物も殆ど無いので隠れる場所は限られている。まして、追いかける人間の八割が体育科。
鬼に有利に作られていた。
「鬼は開始まで施設離れたらあかんて。ヒマやなぁ。」
冷たく冷やされたオレンジジュースを飲みながら、退屈そうに一流が言う。渚はデザートのブドウを口に入れ、飲み込んでから笑った。気のせいかもしれないが、野菜や果実は大自然に囲まれて食べる方が美味い。
「しゃあないだろ。他の奴の場所、先に知ってたらすぐ捕まんじゃん。」
「せやけど~」
一流が口を尖らせる。動きたくてウズウズしているのだろう。それに比べ、折角の合宿に、何処か冷めた態度なのは守だ。
「五時間もあんだ。他の奴探しながら島中みてまわろうぜ。明日の飯に使えそうなもんが何かあるかもしんねえし。食えるかどうかは大介に毒味させて…」
「え、ちょ、おかしくね?俺毒味役?」
顔色も変えず言う守の肩を、大介が大袈裟に揺する。
渚は、この島に対しての興味が守に存在しないことを感知した。一流に甘い彼の口はかわいい後輩に合わせた発言をしているが、煩相が目や態度から滲み出ている。
行事嫌いの癖に、一体何をしにこの合宿に参加しているのだろう。渚を含め、三人とも同じ疑問を持っていた。それでも上手く突っ込めないのは、自分達が臆病なのか、彼の纏うオーラがそうさせないのか。自然と話は逸れてゆく。
「大介くん腹強いもんな。少々変なもん食っても平然としてるし。」
「お前も強えだろ渚!」
「てか変なもん食って平然としてたら毒味の意味ないやん。」
確かに。
そうしている内に時間が過ぎ、一杯だった食堂の人口密度が一気に十一人になった。
(いつの間にか強制的に割り当てられた)鬼十人と、槙。
スミマセン勝手に決めちゃって、けろっとした顔で簡単に誤る。
「別にイイケド。うち、今年は守が“ターゲット”だと思ったのに、違うんだね。」
初めに口を開いたのは、パッと見“お嬢さん”の石垣乙。サッカー部マネージャー。背が低く、ひわふわキラキラの“黙っていれば”確実にモテそうな外見に対し、中身は男勝り。一流は彼女を一言『怖い』と評す。
「迷ったんですけど、有田先輩面倒臭がって自ら捕まりに行きそうだったんで。少しでも多く捕まえてくれたほうが、学校側としても助かりますし。
“ターゲット”は他の生徒とは違う色のハンカチを持ってます。捕獲次第すぐに本部に連絡してください。」
「“ターゲット”って俺たちも知ってる人?」
「さあ?誰が誰を知ってて誰を知らないだなんて、私は知らないもの。ただ言っとくけど、鬼の誰よりも逃げる才能があると踏んで私はその人を選んだわ。」
「時間内にゲームを終わらせた場合、俺達に報酬は?」
「勿論ありますよ。」
「さっすがコーちゃんだね☆」
槙の目尻が下がる。それじゃ、後は頼みます。そう言って渚達の前から姿を眩ました。
「じゃ、これコピーしてきますね☆」
体育科一年の軽佻そうな女が廊下を走る。
「アノコの態度、気に入らない。運動嘗めてんじゃん?」
乙が開きっぱなしのドアを睨んだ。
「夏休みとはいえネイルなんて、テニスはあれでいいわけ?あの長くてうねうねした髪も、切ってやりたい。」
「オト、人のこと言えんのかよ。お前も髪長えだろ。」
「うちは進学科だし、マネージャー。アイツはプレイヤー。立場が違う。因みに守、アンタの怠惰に満ちた態度も気に入んない。」
「あーハイハイ。」
苛立ち始める乙を大介が抱き上げ、二人の軽い言い争いは軽いまま終わった。長身の大介と乙が並ぶと、兄妹に見える。
「乙、俺と北の林行こ~。守はイツと行くだろ?お前ら体力も足もあんだから一番広そうな西の山。渚、お前はスギと港ら辺な。郁ちゃんと…ジュンかな。この辺一体。アリスちゃんとヤマモンで東の谷頼んでいいか?」
バラバラな個々を素早く、且つ的確に二人一組にわけ、場所を割り振る。こういう作業は大介の得意分野だ。
異議異存はなく、あっという間に作戦はたてられた。各々アップを始める。
「守くん、ターゲットって誰やと思います?」
「多分……オマエの妹だと思う。」
「満流?」
「前に、陸大で会ったって言っただろ?俺も大介も単なるリレーの助っ人だったから始め何も知らなくて、内容聞いて驚いた。あの大会さ、全国から集まった強豪校同士の、男女差別なしの試合だったんだよ。つまり全部、男女合同。俺、あいつと走って、負けた。
一年は知んねえけど、二年じゃ走ることにかけては俺がトップなんだよな、一応。その上を行く奴って、イツか、オトか、あいつくらいしか知らねえもん。」
「俺、守くんより速くなんて走れませんよ。てか、乙さん足速かったんですか。」
「故障して走るのやめたけど、短距離でオトに適う奴、多分いねえよ。何回か現役で走ってんの見たけど、ありゃ鳥肌モン。」
「意外やわぁ…」
「あぁぁぁん!?!?」
部屋の隅から罵声がした。自然とそっちに注目が集まる。元凶は、渚と須木。
「どー見ても男七の女三だろ!まさかお前、俺を女と間違えたんじゃねーだろーな!!」
どうやら、揉めているらしい。渚が須木を女と勘違いしていたのだろうと、二年生たちはすぐに気付いた。
「男だったんすか!?」
「ふっざっけっんっ、な!!!!俺は正真正銘、オトコだよ!」
「へー…俺てっきり胸のない女子かと……」
何が笑えるって?
「ぷっ……渚、真面目に言うてますね、アレ。」
「アイツの天然、凶器だな。」
「弄られキャラ、渚の役目やったのに、須木くんにうばわれましたね。」
「ソコ!聞こえてんぞ!弄られキャラなんて称号、いらねえんだよ、ばかっ!」
今頃、多くの生徒が隠れ家を探しているだろう。時計はもう、二時五分前を指している。
つまらないルール説明は終わった。
さあ、どんなドラマを見せてくれる?
漸く逃げる気になった影が、食堂の側に立つ木が揺れると同時に消える。