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   【Uneven or besT】

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 「ターゲットって誰なんだろうな。俺女の子がいいな、可愛い子希望☆」
 「シネ、大介。マジうざいあんた。」
 「ははっ!ジョーダンだって。女の子がシネとか言っちゃ駄目よ、オトちゅあ~ん。」
 「シネ、まじで。」
 奪ったハンカチの山を見つめる。どれも水色。体育科の連中や、陸上の名手と謳われる人間も捕まえたが、結局皆同じ色の“布切れ”しか持っていなかったのだ。
 ターゲットなら分かっている。アイツだ。メグム。アイツしかいない。
 実は、ターゲット以外を追うことは鬼にとって何のメリットもない。“ターゲットを捕らえる”か、“生徒全員を捕まえる”とゲーム終了。どちらにしても、ターゲットからハンカチを奪わないかぎり鬼に勝ちはない。逆に言えば、ターゲットさえ捕まえれば鬼の勝ちなのだ。けれど、鬼達は一般の生徒もちゃんと追う。これはゲームだ。ストレスを晴らし、運動不足を解消し、友人を増やすための遊び。本気になるのは馬鹿馬鹿しいこと。
 けれど、それでも…
 「誰なんだろうなって、メグムに決まってんでしょ。守じゃなけりゃ、アイツしかいない。」
 拳を握り締める。歯痒い。
 苛立つ乙を横目に、大介は出来るだけ明るく努めた。
 「乙、本当はメグムだけを追いたいだろ~。」
 「当たり前だよ。アイツ、人が捌けて逃げやすくなんの待ってる。うちや守が居ようが居まいが、道さえ空けば逃げ切る自信があんだよ、アイツには。悔しい。アイツがそう思ってることが、それに何にも言い返せないことが、悔しい。悔しいし、ムカつく。だから今日は絶対捕まえたい。」
 乙は舌打ちした。あのアマ。男心を揺さ振る可愛らしい顔が、どす黒い腹の内を明かすように歪む。それを見て苦笑する大介。
 「攻撃的だな、俺の彼女は。」
 「黙れよ誑し。」


 『とんだデコボコカップル』

 大抵の人間が二人をそう呼ぶ。
 文武両道、愛嬌ある顔立ち、男勝りで負けず嫌い、プライドはエベレスト級の石垣乙と、馬鹿の天才、眉目秀麗、軟派で女っ誑しで浮気性、ナンパとバスケが生き甲斐の橘大介。確かに、どう考えても互いに相手を間違っている。
 だが、恋愛は理屈じゃない。なんだかんだでもうすぐ一周年、今ではすっかり公認の仲だ————が。
 「あ~っ♪だいすけだぁ☆オトちゃんも~。聞ーたよ~!二人とも鬼らしいねぇ。がんばれぇ」
 茂みから現れた女生徒、一年の時に知り合った友達の友達の友達。大介がさりげなくその肩に腕を回す。
 「おー、アイ~!頑張るぜ!!……ってちょ、軽やかに逃げんなよー☆お前のハンカチも、捕らなきゃなんだからさ。」
 「え~?見逃してよぅ。ま、大介に捕まるんならいっかぁ☆」
 「まじでぇ!?アイ優し~!さぞもてるんだろうな、悪い男に引っ掛かんなよ☆」
 「引っ掛かったら大介が助けてね☆」
 「任せろ!飛んでく☆」
 女は“布切れ”を大介に渡すと、二人に手を振って去って行った。
 さっきからずっとこの調子だ。これについて、乙は何も口出ししない。したところで直らないことは周知の事実。虚しいだけの無駄なことはしたくない、彼女はそういう価値観の持ち主。
 それにしても、最近は特に苛立つことが多い。誰かに打ち明けられたらいいのだが、プライドが邪魔してそれが出来ないでいた。
 林を抜けると、北の山がある。高く険しい山で、何が住んでいるかも分からないような鬱蒼とした山道なので、恐らく誰も中には入らないだろう。頂上を見上げると、その背後の雲行きが怪しかった。
 「雨がくるかも。中に入った奴、いなけりゃ良いんだけど。」
 「あー。確かに降りそうな匂いだな。ま、入った様子は無さそうだ。」
 乙が大介を見上げる。意識しなくとも自分の顎が持ち上がっているのが分かるくらいの二人の身長差。
 ズキン。
 心の中で音がして、思わず目を逸らした。
 「何で分かんの。」
 「そこの叢に春野ちゃんと槙ちゃんが居て、その先の草は手折れてねぇもん。他の道から入ろうと思うと、ケータイの電波立たねえしな。通んねえだろ?迷子になったら終わりだぜ?」
 やけに詳しい…もしかして体験談だったり?そう言おうとして、結局止めた。自分が凄く嫌な奴に思えてくる。
 「確かに入んない。でもよく見えたね、春野と唯間のこと。」
 「彼女と身長と視力だけが自慢だかんな。」
 大介が笑う。悪戯っ子のような幼い笑みだ。
 「何だソレ。」
 冷たい言い方をしてしまう。そうしないと、熱くなった顔を見られそうで悔しかった。
 槙と春野は何の抵抗もなく、乙が「少しは抵抗すればいいのに、可愛くない」と言うと、春野は「ゲームごときに熱くなるのは馬鹿馬鹿しい、乙が言いそうなことじゃん」と言って笑った。
 不思議と、春野の言葉には腹が立たない。単純に、そうか、と流せる。
 「須木先輩に逃がしてもらった癖に。」
 ズボンのベルト通しに結んだハンカチを外しながら槙が戲笑を浮かべる。春野は淡々と、抑揚なく応えた。
 「突き返されたハンカチ押し付けんのも面倒だった。」
 「しかも乙先輩に捕まって、世話ないわね。」
 「オトに捕まるんなら別に構わない。面倒だし、暑いし、もういい。」
 「結局あんたは面倒なんだろ。さっさと帰れよ馬鹿春野。」
 やっぱり苛々する。
 本音を口に出さないよう抑えるどころか、八つ当たりまでしそうだと考え、何も言わずに山の中に入る。どうか誰も追ってきませんように、そう祈った。

 大介が追う様に足を動かすが、槙がそれを止め、春野が彼女の後ろを姿を追った。「大丈夫ですよ」不安げな大介に、彼女はそっと声を掛ける。低くて静かな声だった。
 「あれでも春野は、“あの道”のプロですから。」

 乙は意外に、歩くのが速かった。草木が生い茂り、足の踏み場もない、道無き道をすたすたと歩く。全身から漏れる“付いて来るなよ”オーラ。
 どんよりとした曇り空が、次第に雨を引き寄せる。汗に混じり、ベトベトと嫌な空気がまとわり付く。
 ついに、我慢の限界が来た。

 「他の女と喋ってほしくないなら、そう言えばいいでしょ。何で我慢するわけ?」
 木の陰で小さくなる乙に見兼ねて、春野が漸く声を掛けた。
 「うるせーよ」と覇気の無い小声が返ってくる。声の震えを抑えるのに、いっぱいいっぱいなのだろう。
 「陸上の大会以来…満流サンはオトを苦手だって言うけど、似てるよね、二人。」
 「あんた、あいつのこと“サン”付けて呼んでんの?」
 「呼ぶよ。“メグム”は芸名でも、本名だからね。あの人実は凄い人なんだよ。」
 虫がいないことを確かめ、乙の傍に春野も座った。
 “凄い人”。春野は、アイツのことをそう言った。何がどう凄いのかは分からないが、彼女はそういう嘘はつかない。
 しばらく乙を見つめたあと、間をあけた後に彼女が再び口を開く。
 「何でもかんでも溜め込む癖があんだよね。オトと同じ。
 損な性格してるよね。変に意地張るから、嫌なことがある度気持ちを閉じて、無理して笑って…………終に壊れた。泣き方忘れたとか言って、泣かないし怒らない。いつか爆発するよ、アレ。
 オトも壊れたい?泣き方も笑い方も忘れて、気持ちに蓋しとく?それとも、誰かが何とかしてくれるとか思ってる?誰も気付きやしないよ。言わなきゃ伝わんない。『そんなに女が好きなら他行けよ』くらい言って泣き付いてみなよ。てか、そんくらい言わなきゃあの男には分かんないんじゃない?」
 あたし、あんたの泣き顔キライじゃないよ。
 まるで「犬もキライじゃない」とでも言うような軽い口調で、嫌味でもなく彼女は言った。
 「うちも、キライじゃない。春野のやる気の無さ。」
 「誉めてないよ、それ。」
 「あんたも誉めれてないけどね。」
 「あたしの場合は“キライじゃない”の方に希少価値があんだよ。」
 自分で言うかな。そう思うと、何故か笑えてきた。本当のことを言ってぶつかり合うのも悪くない。苛立つからではなく、決定的なことを言わないためでもなく、自分と相手の関係をあやふやにしないための言葉。心が揺らぐ前に立ち上がる。
 「言ってくるよ。」
 「あ、そ。是非泣いてね。」
 ムカつく程穏やかな声が言った。湿気と共に、大自然の匂いを運んでくる空気。だが、乙には全く気にならなかった。
 「泣かねぇよ!むしろど突いてやるね!」
 以前傷めた足が少し痛い。無意識に止まろうとする膝を、無理矢理にでも折り曲げて走る、走る、走る。歩幅を広げ、徐々にスピードを上げた。

 「だぁいすけぇぇえ!」
 「あれ、乙?」
 彼女の声は、濁りが無くてよく響くので、他の音声と混ざろうが、遠くにいようが迷わず聞き分けられる。いや、きっと透る声で無くとも、彼女の声だけは聞き分ける自信がある。
 「ありゃ、相当キレてんな……」
 口喧嘩では、到底適わない。大介もまた、彼なりに反省していた。つい数分前、槙に言われた言葉を思い出す。

 『子どもじみた事ばかりしてるから、愛想尽かされちゃったんじゃないですかっ☆?』

 文武両道、可愛らしい顔付きだが、口は悪いし男勝り。素直でない、意地っ張り、プライドはエベレスト級に高く、曲がったことが嫌いな彼女。折角の容姿も無駄に成る程、なりふり構わない性格。
 どんな口説き文句も、甘い言葉もあっさり切り捨て、嫉妬をさせようとした暁にはその何倍も悔しい思いをする程の鮮やかさで受け流す。十七年近く生きていながら、彼女のような女は初めてだった。

 茂みの奥から、服に泥や葉屑を一杯付けた乙が見えた。少しだけだが、目が腫れている。それでもきっと彼女は、自分にだけは涙を見せないのだろう。相当ど突かれるな、ありゃ。
 「割り当てとか、もうどーでもいい!満流探しに行く!それと、………いつまでも他の女に手ぇ出してんじゃねーぞコラッ!!!」
 「へっ…?」
 一瞬、彼女が発した言葉の理解に躓く。次の瞬間、思うより先に口が動いた。自然と口がにやける。
 「お前のそーゆーとこ、“大好き”だよ!」

 誰と誰が、デコボコだって?こいつ以外、有り得ねえよ!

 口にこそ出さなかったが、二人して同じ事を考えていた。