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    【Hide and seeK】

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 四時間の時が過ぎた。ローペースで始まったハンカチ奪いも、この一、二時間で一気に追い上げ、食堂の人口密度は急上昇。ここへ来て、漸く鬼達にも火が点いたようだった。
 「あれ、はーちゃんも捕まったんだ?意外~。逃げるの億劫だったのかな?」
 満流は宿舎の裏、食堂の側に帰ってきている。島を一周した結果、ここが一番安全性が高かったのだ。一時間くらいなら余裕を持って躱せるだろう。
 雨の匂いがした。湿った土、鉄分を含んだ空気、強くなる潮の香り…————普段、自分がどれだけ淀んだ空気の中で生活しているのかを思い知らされる。
 「つまんないな…」
 満流は、ぽつん、と独り言を洩らした。隠れん坊は隠れるのが巧すぎると退屈な競技だ。
 耳の奥深くで、何かが動く音がする。決して開けてはいけない扉の鍵を開く音だ。

 『なっくん見つけてくれへんし、おもんないよぉ。』

 彼女は昔から、隠れん坊をする度に暇を持て余していた。押し入れの布団の裏、ベッドの下、クローゼットの洋服の後ろ、時には部屋の入り口の扉の上に立ち、忍者の物真似のようなことも。
 結局見つけて貰えず、孤独な時間を一人過ごすこととなる。寂しくて退屈な時間の経過。時計の針も、そういう“つまらない時間”であるほど思ったように速く進んでくれない。
 時刻を確かめる為に開いた携帯電話が、丁度よく震えた。



 From   槙
 Subject 無題
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 満流以外のハンカチ、
 全部集まったよ^∀^。
 こっちはもう自由時間
 みたいになっちゃってる(汗;
 まだ遊んでもいいし、
 早目に切り上げちゃっても
 いいからね(^皿^)v
    ----END----


 もう一度建物の中を覗いた。冷房中の部屋で、トランプをする者、携帯電話で外部と連絡をとる者、テレビを付けて笑顔を作る者———ゲームオーバーを延期させているのが満流唯一人だけとも知らず、彼らは暖かい時間を過ごしている。
 「馬鹿らしくなってきたなぁ。いいや、この際鬼で遊んじゃお。」
 桜色に染められたハンカチを折畳み、半分ほど出して胸ポケットに入れた。真っ直ぐ、西の山に向かう。からかいたい相手は数人いるが、今満流が一番遊びたいのは一流だった。
 特別な理由は何もない。単に苛めてみたくなっただけ。開いた扉の隙間から、悪魔が一匹飛び出したのだ。
 足音を立てて他の鬼に所在がバレない様、出来るだけ軟らかい草の上を歩く。ぎゅっぎゅっという感触が、靴を通して伝わった。それはそれは、遠い昔に度々遭遇していた懐かしい感触。
 中学の時にも学校行事の“鬼ごっこもどき”で何度かこの島を訪れた記憶があったが、そのどれでも満流は鬼役、追いかける側だったので、今のように茂みの中をゆっくり慎重に歩くことはなかった。

 この感じ…知ってる…ダメだ…思い出しちゃいけない………
 どちらが本能で、どちらが理性か。胸の疼疼きを麻痺させるように、力一杯走った。西の山は他の山に比べて広いが、傾斜や高さはないので真っ直ぐ登れば頂上には容易に辿り着く。足が止まった瞬間に襲ってくる息切れ。生まれて初めて、膝が抜ける感覚に教われた。


 ガサガサガサガサッッ
 一流は突然背後を駆け抜けた音に振り向くが、一体何の動物だろうと思っただけで、大して気に留めなかった。
 毎年多くの学生が用いている程だ。野生動物がいたとしても、危険な生き物ではないだろう。
 いつから見つけられなくなったのか。昔、他の友達と隠れん坊をする度、彼女の一人勝ちだった。いくら時間を置いても出てこない彼女を見つけるのはいつも一流の仕事で、自分にとってそれは大した労働ではなかったはずなのだ。
 早く見つけなければならないと、彼は本能的に感じ取った。


 一流と手分けをして探すものの、彼女だけは全く影も形も見せなかった。きっとこの周辺には以内のだろう。緩い傾斜を登りながら、守はそう思っていた。
 滲み出る汗を服の裾で拭う。緩やかとはいえ、四時間も歩き回ればかなりの体力が奪われる。喉はカラカラに乾いていた。
 雨が近いせいか、酸素が薄く息苦しい。この二時間程、山に人影が見えなくなってからはずっと足元を見つめていた視線を、ふと上げてみた。
 「おいッッッ!!」
 守の目が捉えたのは、頂上の方へ全力疾走をしている女のシルエット。身長や体型からして、満流意外には考えられない。
 いや、そんなことより…————
 彼女が向かっているその先は、麓から見る勾配からは想像しかねるほど高度の断崖絶壁となっているはず。勢い余って落ちたりすれば、そのまま海へまっ逆さまだ。
 早く、早く止めねえと……
 迫り来る波の音は、その激しさを象徴している様だった。


 墜ちる—————!!!


 満流が気付いた時には既に遅く、次の瞬間は海の中にいた。呼吸は妨げられ、目は開かない、喉は海水の塩辛さで焼けるように熱い。
 重い身体がふっと軽くなるのを最後に、満流の意識は遠退いた。

 「……っ!………い、おいっ!」
 耳元で叫ぶ激しい声に、ゆっくりと目を開く。それとほぼ同時に襲い掛かる身体の重さと怠さ。べたつく肌には小雨と温い風がまとわり付く。
 「大丈夫か?」
 記憶にある、低い声。焦点が合うまでには、少し時間を要した。
 「ああ、ありたせんぱい……」
 「悪かったな、イツでも渚でもなくて。」
 「あたし……」
 「崖から落ちて、俺が引っ張って泳いで来た。どこだか知んねぇけど。」
 「せんぱいもおちたの…?」
 お陰様でな、彼の声は落ち着いており、それが満流を妙に安心させる。
 「お前、馬鹿なんだろ。何回も来ててよく知ってんじゃねぇの?なんで落ちんだよ。」
 徐々に記憶が戻る。海中の息苦しさや、体内を襲う圧力が鮮明に蘇り、生きていることが不思議に思えてくる。
 「うわ~…あたまがほわんほわんってなってる…」
 「水飲んだんだろ。」
 「ありたせんぱいかっこい~」
 「ハナシを聞け!合わせろ!お前、すげぇやりにくい!!」
 「わざと合わせてないんだよ~。」
 “にっ”と笑うと、守は頬の筋をすっと緩めた。
 「うぜー…おま——」
 「満流。」
 漸く焦点が合う。視界が開け、曇り空と淀んだ海が広がる。
 気分が良いとは言えないが、どうにか上体は起こせた。
 「満流だよ。知ってるでしょう?さっきから“お前”“お前”って、あたしのアイデンティティーは何処へ?」
 「ハイハイ、満流な。」
 「あー、なんかテキトーだー。」
 「んなこたねぇよ…」
 「テキト…———ねえ、この会話……前にも…した?」
 そう言うと、彼は服を絞っている手を止めて彼女を見た。
 どちらも何も言わず、二人の間を包む空間の時が止まる。静かで、心地の良い時間だった。
 思い出せる気がする。満流の中から姿を眩ましていた、三年前の記憶、知る人ぞ知る全国版陸上競技大会。名前は確か、『風雲児杯』。空腹と疲れの印象しか残っていない丸一日だが、そこに、何か大事な忘れ物をしている気がしてならなかった。

 「陸大の日…あたし、初めは、オトさんと居て……」
 思い出そうとすると、ズキズキと頭が割れそうなほどに痛む。眩暈がしそうだ。
 解放される術なら知っている。諦めれば良い。諦めて、忘れてしまえば良いのだ。たとえここで満流が考えることをやめたとしても、誰も彼女のことを責めたりはしないだろう。
 だが、もし、“忘れ物”を取りに行けるとしたら……?
 「オトさんは…百メートルのレースがあったから……あたし、休んでた………?」
 「…ああ。」
 「その日は天気が良かったから、屋内でヒマしてたんだ…知らない人に、一杯話し掛けられて……」
 「ヘェ…?」
 断片的な映像が、無秩序に展開する。何の物語もない、スナップ写真のような記憶の断片。一枚画が変わる度、激しい頭痛が脳を攻撃する。

 気付かぬ内に雨は上がり、晴れ間が覗き始めていた。顔を上げようとすると夕陽が眩しく、正常に目を開けられない。皮膚に付いた雨や海水に混じり、滲み始める汗。
 満流の目から日差しを遮るように、守は彼女の目の前にしゃがんだ。彼はただ、静かに相槌をうつだけ。「それで?」や「だから?」といった先を急かす事を何も言わなければ、「もういい」と言って止めることもしない。

 どうして黙ってるの?知ってるんでしょう?教えてよ、あの日、何があったのか。どうしてあたしが、あの思い出に鍵を掛けてしまったのか。
 あたし、不安で不安で仕方ないよ。頭が痛い。胸も張り裂けそう。足に力が、入らない。
 「……ジュース………お茶……?オトさんが怒って…」
 違う。多分重要なのはそこじゃない。……助けて。
 大きくひんやりした手が満流の頭上に当てられた。



 閉じられた扉を開こう。
 それは忘れ去られた記憶の渦の中。
 時は三年前に遡る。

 “忘れ物”を取りに行けるとしたら。きっと、そこには宝物があるだろう。